【連載第6回】授業料が変わると、誰が動くのか——1,000ドルで進学率が4ポイント動く、という推定の読み方

授業料が変わると、誰が動くのか

これまでの5回は、家計が払う側の話でした。今回は視点を裏返します。費用のほうを動かしたら、進学はどれだけ変わるのか。

経済学はこれを価格弾力性の問題として扱います。値段が変わったとき、需要がどれだけ動くか。教育の場合、需要とは進学のことです。

結論を先に言います。米国の独立した2つの研究が、援助が1,000ドル増えると進学率がおよそ3〜4パーセントポイント上がるという、近い値に行き着いています [1] [2]費用は、たしかに進学を動かします。

ただし、そのあとに難しい話が続きます。動いたのが誰だったかという問題です。

1. ジョージア州の実験——中間層以上への援助

最初の研究は、ジョージア州のHOPE奨学金を扱ったものです [1]。著者が問題にしたのは、連邦政府と各州が中間所得層および高所得層の大学生を対象にした援助政策を次々に成立させていたことでした。低所得層への援助ではなく、中間層以上への援助が何をもたらすのか。

著者は、近隣の州を対照群として使うという方法で、ジョージア州のHOPE奨学金の効果を推定しました。ジョージア州でだけ制度が始まり、隣接する州では始まらなかった。その差を利用します。

結果です [1]

  1. ジョージア州の制度は、18歳から19歳の全員の大学進学率を7.0から7.9パーセントポイント高めた可能性が高い。
  2. 援助1,000ドル(1998年ドル)ごとに、ジョージア州の大学進学率は3.7から4.2パーセントポイント上がった。
  3. 著者はこれを、中間層・高所得層の若者の進学率に対する「驚くほど大きな影響」と表現している。

ここで著者自身が置いた留保が重要です。連邦のHope奨学金とジョージア州の制度には主要な違いがあるため、これらの推定値は、連邦Hope奨学金の予測される効果に対する「気前のよい上限」として扱われるべきである [1]研究者が自分の出した数字を「上限として読め」と書いているとき、それは読者への指示です。

方法についても一言。近隣州を対照群に使うという発想は、「制度が始まらなかった世界」を近隣州で代用するものです。ジョージア州で進学率が上がったとしても、それが全米的な景気や進学率の趨勢によるものなら、隣の州でも同じだけ上がっているはずです。隣の州で起きなかった分だけが、制度の効果だと考える。第4回・第5回で見た回帰不連続や操作変数法と並ぶ、因果を取り出すための代表的な設計のひとつです。

2. カリフォルニア州の検証——まったく別の設計で

2本目は、カリフォルニア州のCalGrantという制度を扱った研究です [2]

著者はまず、この分野の問題を指摘します。州政府と連邦政府は大学の価格を手厚く補助しているが、これらの補助が大学進学に与える影響の推定は、うまく識別されてこなかった。つまり、補助と進学の相関は見えても、補助が進学を引き起こしたかどうかは分からない状態だった、ということです。

著者は回帰不連続デザインを使いました。CalGrantの受給資格は、所得・資産・高校のGPAという3つの特性それぞれについて最低基準を満たすことを要求します。受給資格の次元が複数あることを利用して、ある次元の境目での不連続を、他の2つの次元を満たしているかどうかで条件づけて推定するという検証が可能になります。第4回で見たフロリダ州の研究と同じ発想ですが、3次元あるぶん検証が厳しくなっています。

データは、1998年と1999年の学資援助申請者15万人について、その後の大学進学を測定する新しい収集方法によって作られました [2]

結果です [2]

学資援助の申請者のあいだで、給付の受給資格が大学進学に与える影響は大きく(3から4パーセントポイント)、カリフォルニア州の私立4年制大学を選ぶことに対してはより大きな影響があった。

3. 二つの数字が近いことの意味

ジョージア州の推定は1,000ドルあたり3.7〜4.2パーセントポイント [1]、カリフォルニア州の推定は3〜4パーセントポイント [2]

ここで注意が要ります。この2つは厳密には同じものを測っていません。ジョージア州の推定は援助1,000ドルあたりの効果として表現されており、カリフォルニア州の推定は受給資格そのものの効果です。対象も違います——ジョージア州は18歳から19歳の全員、カリフォルニア州は学資援助の申請者に限られています。

それでも、まったく別の州、別の制度、別の統計手法で、同じ桁の数字が出たことには意味があります。片方は近隣州を対照群とする方法、もう片方は3次元の受給資格境界を使う回帰不連続。設計の異なる研究が近い値に行き着くことは、その値が特定の手法の産物ではないことの、ゆるやかな傍証になります。

第3回で、塾の効果をめぐる研究が結論に至っていないこと [6] を見ました。それと比べると、価格に対する進学の反応は、かなり安定して観測されている現象だと言えます。

「私立4年制大学の選択に対してより大きな影響」という部分にも触れておきます。給付の受給資格は、進学するかどうかだけでなく、どこへ進学するかも動かしていました。費用の制約は、進学の可否という粗い水準だけでなく、進学先の選択という細かい水準にも効いている——そう読めます。第2回で見た「学費の安い国立」と「自宅から通える私立」の比較 [7] が、家計にとって現実の選択であることの裏づけでもあります。

4. 「援助を増やしても、大学が値上げするだけ」は本当か

授業料の補助を議論すると、必ず出てくる反論があります。援助を増やしても、大学がその分だけ授業料を上げてしまえば、家計は何も楽にならないという主張です。

この主張を検証した研究があります [3]。著者らは、公立大学における州内学生と州外学生の授業料および在籍者数の決定要因を分析しました。

結果は3点です [3]

  1. 公立大学は州外からの在籍者を主として学生の質を高めるために使っており、州からの配分の減少を埋め合わせるために使っているのではない。
  2. おおむね、州外の在籍者数は、大学が課す州外授業料の水準に対して比較的感応的ではない。
  3. 公立大学が、学生への連邦または州の学資援助の増加に反応して、州内あるいは州外の授業料を引き上げているという証拠は見いだされなかった。

3点目が、冒頭の反論に対する直接の検証です。少なくともこの分析の対象と期間において、援助の増加が授業料の値上げに吸収されたという証拠はありませんでした。

2点目も、前節までと合わせて読むと興味深い。州外の在籍者数は授業料に比較的鈍感でした。つまり、価格への反応は誰についても同じではない。州外から来る学生——多くはより恵まれた層です——は、値段が上がっても動きにくい。価格弾力性は、層によって違います。

この1点目も見逃せません。公立大学が州外の学生を受け入れる動機は、財政の穴埋めではなく学生の質の向上だったというのが、著者らの分析結果です [3]。大学の行動を「金に困ってやっている」と説明したくなる直感が、データでは支持されなかったということです。制度の担い手が何を目的に動いているかについても、思い込みと実証はしばしばずれます。

5. 動いたのは誰だったのか

ここで、ジョージア州の研究に戻ります。この論文には、進学率の上昇とは別に、もう一つの発見が書かれていました [1]

証拠は、ジョージア州の制度が、黒人と白人のあいだ、および低所得層と高所得層のあいだの大学進学の格差を広げたことを示唆している。

進学率は7〜8ポイント上がった。しかし同時に、格差は広がりました。この2つは矛盾しません。制度が中間層以上を対象にしていたからです。もともと進学していた層が、より確実に進学するようになった。もともと進学していなかった層は、対象外だったために動かなかった。

著者は、連邦のHope奨学金についても同様の効果を持つならばと続けています [1]誰を対象にするかの設計が、平均の効果とは別に、分布の形を決めます。

この論点は本連載の第7回で正面から扱います。ここでは、「進学率が上がった」という報告だけでは、その政策が何をしたか分からないことを確認しておきます。

この構造は、第4回で見たウェストバージニア州の研究 [8] と合わせると、さらに複雑になります。あちらでは、奨学金が金銭的制約を緩めるのではなく学業への誘因として働いていることが示唆されました。もしそうであれば、費用を下げることの効果は「払えるようになる」経路だけでは説明できません。値段が下がったから動いたのか、条件がついたから動いたのか。価格弾力性という枠組みは、この2つを区別しません。

6. 日本に置き換えるとき、何に気をつけるか

第4回で見たとおり、日本の高等教育の修学支援新制度は令和6年4月に多子世帯や私立の理工農系の学部等に通う中間層等へ支援対象を拡大し、令和7年4月から多子世帯について所得制限なく授業料・入学金が一定額まで減免対象となりました [4]

支援対象が低所得層から中間層へ広がるという動きは、ジョージア州の研究が扱ったのと同じ方向の変化です。この回の知見が示唆するのは、そうした拡大が進学率の平均を押し上げる一方で、分布に対して何をするかは別に見る必要があるということです。

ただし、本稿は日本の制度について効果の推定値を一切持っていません。本連載で引用できた日本の一次資料は、費用の実額(子供の学習費調査、学生生活調査)と制度の構造(文部科学省)と学歴収益率の総説だけです。日本の授業料政策の効果を推定した研究を、この連載はまだ確認していません。

7. 弾力性という言葉が隠すもの

「価格弾力性」という言葉は、需要が価格に対してどれだけ反応するかを一つの数字で表します。便利ですが、この回の3本を並べると、その便利さが何を隠すかが見えてきます。

第一に、反応する層としない層があります。州外の在籍者数は州外授業料に比較的鈍感でした [3]。一方、学資援助の申請者のあいだでは受給資格が3〜4ポイントの差を生みました [2]同じ「教育の需要」でも、誰について測るかで弾力性は変わります。一つの数字で語れるものではありません。

第二に、反応の中身が複数あります。価格が動いたとき、変わりうるのは「進学するかどうか」だけではありません。「どこへ進学するか」も変わります [2]。進学率という一つの指標だけを見ていると、進学先の移動は見えません。

第三に、平均が上がることと分布が改善することは別です。ジョージア州では進学率が7〜8ポイント上がり、同時に格差が広がりました [1]弾力性が大きいという報告は、それ自体では政策の成否を語りません。誰が動いたかを見るまでは。

この3点は、家計にとっても実務的な含意を持ちます。「制度ができたから進学しやすくなった」という一般論は、自分の家庭に当てはまるとは限りません。自分がどの層に属し、どの制度の対象に入り、費用が下がったときに実際に何を選び直すのか——そこまで具体化してはじめて、弾力性の話が自分の話になります。

8. 【反証】この回が言えないこと

第一に、3本とも米国の研究であり、2000年代前半のものです。ジョージア州の推定は1998年ドル建てです [1]。カリフォルニア州のデータは1998年と1999年の申請者です [2]四半世紀前の米国の数字を、現在の日本に換算して使うことはできません。

第二に、著者自身が「上限として扱え」と書いています。ジョージア州の3.7〜4.2パーセントポイントという値は、連邦制度の効果を予測するうえでの気前のよい上限だと明記されています [1]。この数字を「標準的な効果」として引用するのは、著者の指示に反します。

第三に、カリフォルニア州の推定は「学資援助の申請者のあいだで」の効果です [2]。申請すらしなかった層について、同じ効果が出るとは述べられていません。申請という行為自体が選択なので、ここには第4回で見た「知らないという壁」 [5] が関わってきます。

第四に、授業料が上がらなかったという知見には範囲があります。Rizzo & Ehrenberg が検証したのは公立大学であり、分析の対象期間における話です [3]。私立大学について、あるいは別の時期について、同じことが成り立つとは述べられていません。

第五に、Dynarski (2000) と Kane (2003) の数字を並べましたが、前述のとおり両者は厳密には同じ量を測っていません。本稿が「同じ桁の数字が出た」という慎重な言い方をしているのは、そのためです。平均して3.5パーセントポイント、といった合成をしてはいけません。

第六に、Kane (2003) と Dynarski (2000) の一方は全米経済研究所の作業論文です [2]。査読誌の版とは扱いが異なります。

9. 実務——面談で使える3つの問い

  1. 使える制度に、申請していますか。カリフォルニア州の研究が測ったのは「申請者のあいだでの」効果でした [2]。申請していない家庭は、この効果の外側にいます。制度の存在を知り、申請するところまでが前提条件です。
  2. 費用が下がったら、進路の選択肢は実際に増えますか。価格が進学を動かすことは繰り返し観測されています。しかし、動くかどうかは家庭によって違います。費用が理由で外している選択肢が、いまありますか。あるなら、それが制度で埋まる金額かどうかを確かめる価値があります。
  3. その制度は、どの層を対象にしていますか。対象の設計が分布を決めます [1]。自分の家庭が対象の内側にいるのか、境目にいるのかで、取るべき行動が変わります。

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まとめ

  1. ジョージア州のHOPE奨学金は、近隣州を対照群とする推定で、18歳から19歳の全員の進学率を7.0〜7.9パーセントポイント高めた援助1,000ドル(1998年ドル)あたり3.7〜4.2パーセントポイント [1]
  2. 著者自身が、これらを連邦制度の効果に対する「気前のよい上限」として扱うべきだと明記している [1]
  3. カリフォルニア州のCalGrantでは、3次元の受給資格境界を用いた回帰不連続と15万人の申請者データにより、受給資格が進学に3〜4パーセントポイントの影響を与え、私立4年制大学の選択に対してはより大きな影響があった [2]
  4. 設計の異なる2つの研究が同じ桁に行き着いたことは、その値が手法の産物ではないことのゆるやかな傍証になる。ただし両者は厳密には同じ量を測っていない。
  5. 公立大学が学資援助の増加に反応して授業料を引き上げたという証拠は見いだされなかった [3]。また公立大学は州外在籍者を学生の質を高めるために使っており、州外の在籍者数は州外授業料に比較的感応的でなかった
  6. 一方、ジョージア州の制度は黒人と白人、低所得層と高所得層のあいだの進学格差を広げたことが示唆されている [1]。進学率の上昇と格差の拡大は両立する。
  7. 3本とも米国の2000年代前半の研究であり、本連載は日本の授業料政策の効果を推定した研究をまだ確認していない

出典

本文中の番号に対応します。書誌を確認し、抄録に直接あたったものだけを挙げています。結論に反する記述も、同じ基準で載せています。

  1. 【HOPE奨学金・中間層への援助】Dynarski, S. (2000). Hope for Whom? Financial Aid for the Middle Class and Its Impact on College Attendance. National Tax Journal, 53(3, Part 2), 629-661. DOI: 10.17310/ntj.2000.3s.02(被引用334件)
  2. 【CalGrant・回帰不連続・15万人】Kane, T. J. (2003). A Quasi-Experimental Estimate of the Impact of Financial Aid on College-Going. NBER Working Paper No. 9703. DOI: 10.3386/w9703(全米経済研究所の作業論文。被引用204件)
  3. 【授業料は援助に反応して上がったか】Rizzo, M. J. & Ehrenberg, R. G. (2003). Resident and Nonresident Tuition and Enrollment at Flagship State Universities. NBER Working Paper No. 9516. DOI: 10.3386/w9516(作業論文。被引用111件)
  4. 【日本の制度】文部科学省「制度の概要——高等教育の修学支援新制度」。令和6年4月・令和7年4月の支援対象拡大に関する記述。
  5. 【情報という壁】Dinkelman, T. & Martínez A., C. (2013). Investing in Schooling In Chile. The Review of Economics and Statistics, 96(2), 244-257.(本連載第4回で詳述)
  6. 【塾の効果をめぐる研究の非決着】Bray, M. (2014). The impact of shadow education on student academic achievement: Why the research is inconclusive and what can be done about it. Asia Pacific Education Review, 15(3), 381-389.(本連載第3回で詳述。書誌事実のみ
  7. 【大学生の費用・実額】独立行政法人日本学生支援機構(2024)令和4年度学生生活調査報告。表3「設置者別の学生生活費」(本連載第2回で詳述)
  8. 【誘因として働く奨学金】Scott-Clayton, J. (2011). On Money and Motivation. The Journal of Human Resources, 46(3), 614-646.(本連載第4回で詳述)

連載「教育費は、家計に何をするのか」(全10回)

教育費を、労働経済学・教育経済学・公共経済学の実証研究から検討する全10回の連載です。学歴の「返り」ではなく、家計の「支払い」の側だけを扱います。

  1. 教育費は、どこへ消えているのか——公立中学生の保護者が払う金の3分の2は、学校の外に出ている
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  6. 授業料が変わると、誰が動くのか——1,000ドルで進学率が4ポイント動く、という推定の読み方(この記事)
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  9. 家計はなぜ払いすぎ/払わなすぎるのか——費用の誤認と情報介入(公開予定)
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宮川 涼 Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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