連載「単元別のつまずき研究——その単元で、生徒は実際に何をどう誤るか」全50回の第37回です。学習の仕方の目次を見る
「私は昨日、公園で犬を見ました。犬はとても小さかったです」——この二文を英語にしたとき、最初の「犬」に a を付けるか the を付けるかで手が止まる生徒は少なくありません。日本語には冠詞がないため、a と the の使い分けは中学生から高校生、さらには大学生になっても最後まで残る誤りの代表です。
冠詞の誤りは、文法問題を解く場面よりも、英作文やスピーキングで自分の言葉を組み立てるときに表面化します。三単現の s や過去形の ed は「気をつければ直せる」段階に達しやすいのに対し、冠詞は「気をつけようとしても、どこに何を付ければよいのか判断できない」という状態が長く続きます。
今回は、冠詞の誤りがなぜ最後まで残るのかを、第二言語習得の研究に基づいて整理します。そのうえで、実際の誤答例と、机の前で1対1で確かめる手順を示します。冠詞を「感覚」ではなく「判断の手がかり」として教えるための材料にしてください。
なお、この記事で扱うのは英語の冠詞 a と the の使い分けです。無冠詞や複数形の扱いにも触れますが、中心は「話し手が聞き手にどう示したいか」という意味の選択にあります。
要点(結論から)
- 冠詞の誤りは、単なる「付け忘れ」ではなく、話し手が「聞き手にとって特定できるか」を判断できないところから生じます。
- 冠詞の選択には「定(definite)」と「特定(specific)」という二つの意味の軸が関わります。学習者はこの二つを混同しやすいことが研究で示されています。
- 冠詞を持たない言語を母語とする学習者は、英語の冠詞規則を「翻訳の補助」としてではなく、意味の区別として学び直す必要があります。
結論——冠詞の誤りは「形の欠落」ではなく「意味の選択」で起きる
- 冠詞の誤りは、単なる「付け忘れ」ではなく、話し手が「聞き手にとって特定できるか」を判断できないところから生じます。
- 冠詞の選択には「定(definite)」と「特定(specific)」という二つの意味の軸が関わります。学習者はこの二つを混同しやすいことが研究で示されています。
- 冠詞を持たない言語を母語とする学習者は、英語の冠詞規則を「翻訳の補助」としてではなく、意味の区別として学び直す必要があります。
- 冠詞の誤りは上級者にも残ります。ただし、誤りの種類は「無作為な間違い」から「一貫した別ルールの適用」へと変化します。
- 指導では、文法訳の説明よりも「その名詞が聞き手の頭の中に一つに定まるか」を問いかける手順が有効です。
理由——冠詞は「意味のパラメータ」を選ぶ判断だから
冠詞の選択は「定」と「特定」の二軸で説明できる
英語の冠詞をめぐる研究では、a と the の使い分けが「定(definite)」という一つの軸だけでは説明しきれないことが指摘されてきました。たとえば、次のような場面を考えます。話し手が「ある特定の一冊の本」を頭に思い浮かべていて、聞き手はその本の存在を知らない場合、英語では a book と言うのが自然です。話し手にとっては「特定の本」でも、聞き手にとっては「どの本か定まらない」からです。
このように、冠詞の選択には「聞き手が対象を一つに定められるか」という定の軸と、「話し手が対象を特定のものとして指しているか」という特定の軸が関わります。第二言語習得の研究では、この二つの軸が学習者の冠詞選択にどう影響するかが調べられてきました。
Ionin T, Ko H, Wexler K, et al. Article Semantics in L2 Acquisition: The Role of Specificity. Language Acquisition. 2004;12(1):3-69.
この研究は、冠詞を持たない言語であるロシア語と韓国語を母語とする成人の英語学習者を対象に、冠詞の選択が「定」と「特定」のどちらの意味特徴に引きずられるかを調べたものです。結果として、学習者は「定」の軸だけでなく「特定」の軸にもアクセスしており、母語からの転移やインプットだけでは説明できない選択をすることが示されました。
つまり、冠詞の誤りは「英語にないものを母語から持ち込んだ」という単純な転移ではなく、人間が本来持つ意味の区別を英語の冠詞に当てはめようとする過程で起きるのです。このことは、指導において「日本語には冠詞がないから難しい」と片付けるだけでは不十分であることを示しています。
冠詞を持たない母語の学習者は「別のルール」を作りやすい
冠詞を持たない言語を母語とする学習者は、a と the の使い分けを学ぶとき、自分なりの規則を作って運用しようとします。たとえば「初出なら a、二回目以降なら the」というルールは、教室でよく教えられる便利な目安ですが、これだけでは説明できない文がすぐに出てきます。「太陽」は初出でも the sun ですし、「昨日見た犬」は初出でも the dog になり得ます。
学習者が作りやすい別ルールの一つが「話し手が特定のものを思い浮かべているなら the を付ける」というものです。しかし英語では、話し手が特定していても聞き手が特定できなければ a を使います。この「話し手の特定」と「聞き手の定」の区別が、冠詞を最後まで難しくしている要因です。
冠詞の習得に関する別の研究も、冠詞体系の習得が長期にわたることを示しています。
Master P. The English article system: Acquisition, function, and pedagogy. System. 1997;25(2):215-232.
この研究は、英語の冠詞体系が学習者にとって習得の難しい領域であり、その機能の理解と運用には段階的な指導が必要であることを論じています。冠詞は一度説明して終わりではなく、さまざまな文脈で繰り返し判断させることで少しずつ安定していくものです。
誤りは消えるのではなく「質が変わる」
初学者の冠詞の誤りは、a と the を無作為に入れ替える、あるいはすべて無冠詞にするといった形で現れます。しかし学習が進むと、誤りは「一貫した別ルール」によるものへと変化します。たとえば「特定のものには the」というルールを過剰に適用し、聞き手が知らない対象にまで the を付けてしまうといった誤りです。
この段階の誤りは、一見すると「まだ冠詞が身についていない」ように見えますが、実は学習者が意味の区別に気づき、自分なりの仮説を立てて検証している証拠でもあります。指導者は、この「誤った一貫性」を単なる間違いとして消すのではなく、どの軸で判断しているのかを見極めて、もう一つの軸を意識させる必要があります。
冠詞の誤りが最後まで残るのは、冠詞が文法項目というより、話し手の意図と聞き手の知識状態を結びつける意味選択の装置だからです。形を覚えるだけでは解決できず、文脈の中で「聞き手は今、この名詞を一つに定められるか」を判断する練習が欠かせません。
誤答の例——冠詞の判断を「聞き手の視点」で確かめる
| よくある誤答 | その子が考えていること | 確かめる問いかけ |
|---|---|---|
| I saw dog in the park. | 日本語に冠詞がないので、名詞をそのまま置けば通じると思っている。 | 「その犬は、聞いている人にとって一匹に決まる犬? それとも初めて出てくる犬?」 |
| I bought the book yesterday. (聞き手はその本を知らない) | 自分がどの本か知っているから the を付けた。話し手の知識だけで判断している。 | 「あなたが買った本を、聞いている人は前から知っている? それとも今初めて聞いた?」 |
| She is the teacher. (職業を初めて紹介する場面) | 「先生」という特定の役割を思い浮かべて the を付けた。 | 「聞いている人にとって、先生が一人に決まる? それとも『先生という仕事をしている人』という紹介?」 |
| I need an advice. | 「一つの助言」と数えられる気がして a を付けた。不可算名詞の区別がまだ曖昧。 | 「advice は一つ二つと数えられる? それとも、まとまりで捉えるもの?」 |
| The dogs are friendly. (犬一般について初めて述べる場面) | 「犬」という種類を特定のものとして捉えて the を付けた。 | 「今から『犬というもの全体』の話をする? それとも、すでに話題に出た特定の犬たちの話?」 |
机の前で1対1で確かめるときは、次の手順が有効です。
- まず、その名詞が「聞き手の頭の中に一つに定まるか」を尋ねます。定まるなら the、定まらないなら a か無冠詞の候補になります。
- 次に、その名詞が「一つ二つと数えられるか」を尋ねます。数えられる単数なら a、数えられないなら無冠詞や some などの選択になります。
- 最後に、文全体が「特定のものの話」なのか「種類全体の話」なのかを尋ねます。種類全体なら複数形や無冠詞が入る余地が出てきます。
- この三つの問いを、口頭で答えさせてから冠詞を選ばせます。正解を先に言わず、判断の順序を体験させることが大切です。
小学生には、冠詞の規則を抽象的に教えるよりも、「初めて出てくるものには a、もう分かっているものには the」という二段階の目安から入ります。絵本の読み聞かせで、同じ犬が二回目に出てきたときに the dog に変わることを一緒に確認するだけでも、冠詞の役割への気づきが生まれます。
中学生には、教科書の本文を使って「この名詞は初出か、既出か」を色分けさせる活動が有効です。そのうえで、初出でも the が付く例(the sun や the station など、文脈がなくても一つに定まるもの)に触れ、「初出なら a」の例外を体験させます。
高校生には、英作文の添削場面で「聞き手は誰か」を意識させます。読者を想定した文章では、読者が知らない情報に the を付ける誤りが目立ちます。書いた英文を読み返し、名詞ごとに「読者はこれを特定できるか」と問いかける習慣を作ります。
よくある誤読——研究結果を「単純な二分法」にしない
「特定のものには the」という誤用
冠詞の研究で示された「特定(specific)」という概念は、しばしば「話し手が特定のものを思い浮かべているなら the を付ける」という単純なルールに読み替えられがちです。しかし、これは研究の知見の誤用です。研究が示しているのは、学習者が「定」と「特定」の二つの軸の間で揺れながら冠詞を選ぶということであり、「特定なら the」という規範を示したものではありません。
実際の英語では、話し手が特定の本を思い浮かべていても、聞き手がその本を知らなければ a book です。この区別を飛ばして「特定=the」と教えると、学習者は「自分が知っているから the」という誤ったルールを強化してしまいます。研究結果を指導に使うときは、「特定」を「話し手の頭の中の事情」として説明し、それがそのまま冠詞の選択を決めるわけではないことを強調する必要があります。
「冠詞は後から自然に身につく」という誤読
冠詞の習得が長期にわたるという研究結果を、「だから焦らなくてよい」「自然に任せていれば身につく」と読むのも誤りです。研究が示しているのは、冠詞の習得には段階があり、学習者は自分なりの仮説を作りながら進むということです。自然に任せれば正しい冠詞が身につくという主張ではありません。
むしろ、誤った仮説が固定化すると、上級者になっても「特定のものには the」という過剰適用が残ります。指導者が「聞き手の知識状態」という視点を明示的に与えることで、学習者の仮説をより英語の規則に近づけることができます。冠詞は「待てば直る」項目ではなく、「判断の手がかりを与えれば変わる」項目です。
今週やること——冠詞の判断を三つの問いで可視化する
- 教科書か問題集から英文を一つ選び、名詞をすべて丸で囲みます。それぞれの名詞について「聞き手はこれを一つに定められるか」を口頭で答えさせます。
- 生徒が書いた英作文を一つ取り上げ、冠詞の誤りを直す前に「この名詞は初出か既出か」「数えられるか」「種類全体の話か」の三つを尋ねます。正解を教える前に、生徒自身に判断させます。
- 同じ名詞を a と the で入れ替えた二つの文を作り、意味がどう変わるかを説明させます。たとえば「I saw a dog.」と「I saw the dog.」の違いを、聞き手の知識状態の違いとして言えるかを確かめます。
この記事で言えないこと
この記事で紹介した研究は、特定の言語を母語とする成人学習者を対象にしたものであり、日本の小中高生にそのまま当てはまるとは限りません。年齢や学習環境、母語の構造によって、冠詞の誤りの出方や習得の順序は変わります。ここで述べた「定」と「特定」の区別も、すべての学習者に同じように意識させるべきものではありません。
また、冠詞の誤りには、ここで扱った意味の選択以外にも、音韻的な要因や、書くときの注意配分の問題が関わることがあります。たとえば、話すときには正しく使えても、書くときに脱落するケースは、意味の理解不足ではなく別の処理の問題かもしれません。この記事の枠組みだけで、すべての冠詞の誤りを説明できるわけではありません。
さらに、冠詞の習得には長い時間がかかるため、短期間の指導で誤りが消えることを保証するものではありません。ここで示した手順は、判断の枠組みを与えるためのものであり、それだけで冠詞が安定するわけではないことをご理解ください。個人差が大きく、ある生徒には有効でも別の生徒には別の手立てが必要になる場合があります。
当塾の立場
冠詞の基本的な枠組み——「聞き手が特定できるか」「数えられるか」「種類全体か」——は、家庭でも十分に確認できます。教科書の本文や絵本を使い、名詞を指さしながら「これは初めて出てきた? それとももう分かっている?」と尋ねるだけでも、冠詞への意識は変わります。冠詞の導入や気づきの段階は、塾に行かなければできないことではありません。
そのうえで、塾が担えるのは、生徒が作った英作文の中から「その子特有の冠詞ルール」を見つけ出し、誤った一貫性を崩すことです。たとえば、生徒が「特定のものには the」というルールで書いていると分かったら、聞き手が知らない特定の対象を a で書く例を一つだけ示し、その場で「なぜ a なのか」を説明させます。このように、その子の仮説に合わせて一点だけ揺さぶる作業は、1対1の個別指導で行いやすい支援です。
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出典
- Master P. The English article system: Acquisition, function, and pedagogy. System. 1997;25(2):215-232.
- Ionin T, Ko H, Wexler K, et al. Article Semantics in L2 Acquisition: The Role of Specificity. Language Acquisition. 2004;12(1):3-69.

