古文の主語の省略は敬語と助動詞から補う練習として扱う|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方

連載「単元別のつまずき研究——その単元で、生徒は実際に何をどう誤るか」全50回の第35回です。学習の仕方の目次を見る

「この古文、主語がどこにも書いていないのに、どうして訳せるんですか」——個別指導の机で、生徒が本文を指さしながらそう尋ねてきます。一文の中に「誰が」「何を」したのかを示す語が見当たらず、前後の文から人物を補おうとしても、敬語や助動詞の知識が追いつかずに手が止まってしまうのです。

古文の読解でつまずく生徒の多くは、単語の意味が分からないのではなく、文の構造を追う手がかりを失っています。とりわけ主語の省略と助動詞は、現代語にはない省略の多さと、似た形の助動詞が並ぶことから、学習の初期に大きな壁になります。学校の定期テストでは「本文中の『給ふ』の主語は誰か」といった設問が頻出しますが、ここで点を落とす生徒は少なくありません。

この記事では、古文の主語の省略と助動詞をめぐって、生徒が実際にどのような誤り方をし、その背景にどんな読みの癖があるのかを整理します。そのうえで、机の前で1対1の対話を通じて、生徒自身が主語を補う手順を身につけるための具体的な問いかけを紹介します。

なお、本記事は第二言語の読みの研究や語彙学習の研究を参照しながら、古文という「現代の生徒にとってのもう一つの言語」を学ぶ際のつまずきを考えます。研究知見をそのまま古文に当てはめることには慎重であるべきですが、読み手が未知の語や省略された要素にどう向き合うかを考える手がかりにはなります。

要点(結論から)

  • 古文の主語の省略は、単なる「省略」ではなく、敬語・助動詞・文脈という複数の手がかりから人物を特定する読みの作業です。生徒には「省略されているから分からない」ではなく「手がかりを集めて決める」と伝えます。
  • 助動詞の学習では、まず「意味」よりも「接続」と「主語に対する働き」を優先します。尊敬・謙譲・丁寧の区別が主語の特定に直結するためです。
  • 生徒が主語を誤る典型的な場面は、尊敬語を「動作をする人への敬意」ではなく「文の中心人物への敬意」ととらえてしまうことです。これが主語の取り違えを生みます。

結論——主語の省略は「敬語と助動詞の情報から補う」練習として扱う

  • 古文の主語の省略は、単なる「省略」ではなく、敬語・助動詞・文脈という複数の手がかりから人物を特定する読みの作業です。生徒には「省略されているから分からない」ではなく「手がかりを集めて決める」と伝えます。
  • 助動詞の学習では、まず「意味」よりも「接続」と「主語に対する働き」を優先します。尊敬・謙譲・丁寧の区別が主語の特定に直結するためです。
  • 生徒が主語を誤る典型的な場面は、尊敬語を「動作をする人への敬意」ではなく「文の中心人物への敬意」ととらえてしまうことです。これが主語の取り違えを生みます。
  • 助動詞「る・らる」「す・さす」「む・むず」などは、意味を丸暗記させず、文中で「誰が誰に何をするか」を決める材料として扱います。意味の分類より先に、主語との関係を問います。
  • 指導では、一文を訳させる前に「この文の主語は誰か」「それを決めた根拠はどの語か」を必ず尋ねます。訳文の正しさよりも、主語を決めた過程を言語化させることが有効です。

理由——省略された主語は、助動詞と敬語の情報なしに補えない

古文の省略は「書いていない」のではなく「書かなくても分かる」仕組みで成り立つ

古文では、現代語以上に主語が省略されます。しかしそれは、書き手が不親切なのではなく、敬語や助動詞、文脈によって「誰の動作か」を示す仕組みが整っているからです。たとえば「給ふ」という尊敬語があれば、動作の主体は身分の高い人物だと分かります。「奉る」という謙譲語があれば、動作の受け手が身分の高い人物だと分かります。このように、古文の省略は、他の語が主語の情報を肩代わりしている状態です。

ところが、生徒はこの仕組みを「省略=情報がない」ととらえがちです。現代語の感覚では、主語が書いていなければ「誰がやったか分からない文」になります。その感覚のまま古文に向かうと、敬語や助動詞に目を向けず、前後の人名だけを探して主語を決めようとします。結果として、尊敬語の動作主を誤って身分の低い人物にしてしまうのです。

第二言語の読みの研究では、読み手は未知の要素に出会ったとき、文全体の手がかりを使って意味を補おうとすることが指摘されています。Kodaは、読みの過程が言語をまたいでどのように異なるかを論じる中で、読み手が文の構造や語の手がかりを統合して理解を組み立てることを重視しています。

Koda K. Insights into Second Language Reading. 2005.

古文の主語の省略も、これと同じように、文中の複数の手がかりを統合して補う作業です。生徒に必要なのは「省略されているから分からない」というあきらめではなく、「どの語が主語の手がかりになるか」を探す読みの構えです。

助動詞は「意味の暗記」より「主語と敬意の方向」で整理する

古文の助動詞は数が多く、意味も多岐にわたります。学校では「る・らる」には受身・可能・自発・尊敬の四つの意味がある、といった形で整理されます。しかし、この四つの意味を丸暗記しても、実際の文章でどの意味になるかを判断できなければ、主語の特定には結びつきません。むしろ、意味の多さに圧倒されて、助動詞を「訳すための面倒な付属品」と感じてしまう生徒もいます。

指導では、助動詞を「主語を決めるための情報」として位置づけ直すと、生徒の反応が変わります。たとえば「る・らる」の尊敬の意味は、動作の主体が身分の高い人物であることを示します。受身の意味は、動作を受ける人物が主語になることを示します。このように、助動詞の意味は、そのまま主語の情報と結びついています。意味の分類を覚えることと、主語を特定することは、別々の作業ではないのです。

また、助動詞の接続は、形を見分けるための手がかりになります。たとえば「給ふ」は四段活用の動詞の未然形に付く場合と、他の活用に付く場合で意味が変わります。接続を手がかりにすることで、生徒は「何となく」ではなく「形から」助動詞を判断できるようになります。これは、語彙学習において、単語の意味だけでなく形や使われ方の知識が重要だとされる指摘とも重なります。

Nation I. Learning Vocabulary in Another Language. 2022.

助動詞を「形と主語の情報」の両面から整理することで、生徒は暗記の負担を減らし、読解の中で助動詞を使えるようになります。

敬語の「誰から誰へ」を意識しないと、主語は必ずずれる

古文の敬語は、現代語の敬語と同じように、尊敬・謙譲・丁寧の三つに分けられます。しかし、現代語の敬語が「話し手から聞き手へ」の敬意を中心に動くのに対し、古文の敬語は「動作の主体」「動作の受け手」「語り手」の関係で決まります。この違いを意識しないまま訳すと、主語がずれます。

たとえば「帝、女御に文を奉らせ給ふ」という文を考えます。「奉ら」は謙譲語で、動作の受け手である女御を高めます。「給ふ」は尊敬語で、動作の主体である帝を高めます。つまり、この文の主語は帝であり、帝が女御に文を送るという構造です。ところが、敬語の方向を意識しない生徒は「奉る」を見て「女御が何かした」と誤って主語を女御にしてしまいます。

この誤りは、敬語を「丁寧な言い方」という一括りの印象でとらえていることに由来します。現代語の「お送りする」は謙譲語ですが、生徒はこれを「丁寧語」と呼んで済ませることがあります。その結果、古文でも「奉る」を「丁寧な表現」とだけとらえ、誰が誰を高めているかを考えません。主語の特定には、敬語の種類と方向を逐一確認する習慣が必要です。

指導では、敬語が出てくるたびに「この敬語は誰の動作を高めているか」「動作の主体は誰か」「受け手は誰か」の三つを問います。この問いを繰り返すことで、生徒は敬語を「主語を決める装置」として使えるようになります。

誤答の例——主語の取り違えは「敬語の方向」と「助動詞の意味」で起こる

よくある誤答 その子が考えていること 確かめる問いかけ
「奉る」の主語を身分の高い人にしてしまう 「奉る」は丁寧な言い方だから、えらい人の動作だと思っている 「奉る」は誰の動作をへりくだらせている? 動作の受け手は誰?
「給ふ」の主語を身分の低い人にしてしまう 「給ふ」は「もらう」に似ているから、受け取る人が主語だと思っている 「給ふ」は誰の動作を高めている? 動作をしているのは誰?
「る・らる」を受身と決めつけて訳す 「る・らる」は受身と習ったから、まず受身で訳そうとしている この文で受身にすると、動作の主体と受け手はどうなる? 文脈と合う?
主語が書いていない文で、前の文の主語をそのまま使う 主語が変わるときは必ず書いてあるはずだと思っている 敬語や助動詞は、前の文と同じ主語を示している? 別の人物を示していない?
「む」を「意志」とだけ訳して、誰の意志かを言わない 「む」は「〜しよう」と訳せば十分だと思っている 「〜しよう」と思っているのは誰? その人物は文中のどの語から分かる?

机の前で1対1で確かめるときは、次の手順で進めます。

  1. まず、生徒に一文を音読させます。その際、敬語や助動詞に印を付けさせます。印を付けることで、主語の手がかりになる語を視覚的に区別します。
  2. 次に、印を付けた語について「この語は誰の動作を高めているか」「この助動詞は誰の動作について述べているか」を尋ねます。生徒が答えられない場合は、選択肢を二つに絞って「この人物とこの人物、どちらの動作か」と問います。
  3. そのうえで、文全体の主語を一文で言わせます。「この文の主語は誰か」を「〜が」の形で答えさせ、主語を明示した現代語訳を作らせます。
  4. 最後に、前後の文と合わせて、その主語で意味が通るかを確認します。通らない場合は、敬語か助動詞の解釈に戻って修正します。

学年別の注意点です。小学生は、古文に触れる機会が限られているため、まず「昔の言葉には、主語を書かなくても分かる仕組みがある」という導入から始めます。敬語の種類を細かく教えるより、「この言葉はえらい人の動作に使う」という大まかな方向を体感させることが先です。中学生は、定期テストで「主語は誰か」を問われるため、尊敬・謙譲・丁寧の区別と、助動詞の基本的な接続を結びつけます。高校生は、助動詞の意味が文脈によって変わることを理解させ、特に「る・らる」の受身と尊敬の判別を、主語と動作の関係から判断する練習を重ねます。

よくある誤読——「助動詞の意味を全部覚えれば読める」は誤り

誤用されがちな研究の読み方——「語彙が多ければ読める」という単純化

語彙学習の研究は、語彙の知識が読みの理解を支える重要な要素であることを示しています。しかし、この知見は「単語や助動詞の意味をたくさん覚えれば古文が読める」という単純な主張にすり替えられることがあります。実際には、語彙の知識は「形」「意味」「使われ方」の複数の側面から成り、それらを文の中で統合する力が求められます。

Nation I. Learning Vocabulary in Another Language. 2022.

古文の助動詞でいえば、「る・らる」の四つの意味を言えることと、文中でどの意味になるかを判断できることは別の力です。意味の暗記だけでは、主語の省略を補う読みには結びつきません。むしろ、助動詞の形と接続、そして主語との関係をセットで学ぶことが必要です。

正しい読み方——読みの研究は「手がかりの統合」を重視する

第二言語の読みの研究は、読み手が文の複数の手がかりを統合して理解を組み立てる過程を重視します。Kodaの研究は、読みが一つの言語の知識だけでなく、文の構造や語の手がかりをどう結びつけるかに依存することを示しています。

Koda K. Insights into Second Language Reading. 2005.

この視点に立てば、古文の主語の省略は「欠けた情報」ではなく「他の語が担う情報」としてとらえられます。生徒に必要なのは、敬語・助動詞・文脈という複数の手がかりを集め、それらを統合して主語を決める練習です。研究知見を古文指導に生かすなら、「覚える量を増やす」ではなく「手がかりの使い方を教える」方向になります。

今週やること——主語を決める三つの問いを毎回の音読に組み込む

  1. 古文の文章を読むとき、最初の一文で「この文の主語は誰か」を必ず問います。主語が書いていなくても、敬語や助動詞から決めさせます。答えられない場合は、主語の候補を二つに絞って選ばせます。
  2. 敬語が出てきたら「誰の動作を高めているか」「動作の受け手は誰か」を口頭で言わせます。これを毎回繰り返し、敬語の方向を意識する習慣を作ります。
  3. 助動詞「る・らる」「す・さす」「む・むず」については、意味を列挙させるのではなく、その助動詞が「誰の動作について述べているか」を一文で言わせます。意味の暗記より、主語との結びつきを優先します。

この記事で言えないこと

この記事で参照した研究は、第二言語の読みや語彙学習に関するものであり、古文教育の効果を直接測定したものではありません。したがって、ここで述べた指導の手順が、すべての生徒に同じように有効であるとは言えません。研究知見はあくまで「読み手が手がかりを統合する」という一般的な視点を提供するものであり、古文の助動詞や敬語の指導にそのまま適用できる保証はないのです。

また、主語の省略と助動詞のつまずきは、生徒の言語的な背景や学習歴によって大きく異なります。現代語の文法に強い生徒は、古文の文法を比較しながら学ぶことで早く理解できるかもしれません。一方、現代語の文法自体に苦手意識がある生徒は、古文の敬語を学ぶ前に、現代語の「誰が誰に何をするか」という文の構造から確認する必要があります。この記事で示した手順は、あくまで一つの出発点です。

さらに、古文の読解には、主語の省略と助動詞以外にも、単語の意味、係り結び、和歌の修辞など、多くの要素が関わります。主語の特定だけができても、他の要素でつまずけば読解は進みません。この記事は、あくまで「主語の省略と助動詞」という一つの単元に焦点を絞ったものであり、古文読解全体のつまずきを網羅するものではありません。

当塾の立場

主語の省略と助動詞の基本は、家庭でも十分に練習できます。教科書の古文を一文ずつ音読し、「この文の主語は誰か」「どの語が手がかりか」を親子で確認するだけでも、読みの構えは変わります。市販の文法書を見ながら、敬語の種類を一つずつ確認するのも有効です。まずは家庭で、主語を決める問いかけを続けてみてください。

そのうえで、塾が担えるのは、生徒が主語を決めた「過程」を丁寧に聞き取り、誤った判断の癖を修正することです。たとえば、生徒が「奉る」の主語を身分の高い人にしてしまったとき、その場で「なぜそう思ったか」を尋ね、敬語の方向を一つずつ確認します。この対話は、一人で問題を解くだけでは気づきにくい部分です。当塾では、このような1対1の問いかけを通じて、生徒が自分の読みの癖に気づき、手がかりを統合する力を育てることを目指します。

出典

  1. Koda K. Insights into Second Language Reading. 2005.
  2. Nation I. Learning Vocabulary in Another Language. 2022.

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