連載「単元別のつまずき研究——その単元で、生徒は実際に何をどう誤るか」全50回の第26回です。学習の仕方の目次を見る
「係数を合わせるだけならできるのに、molの計算になると急に手が止まる」。化学を教えていると、そんな場面によく出会います。化学反応式の数字合わせはできても、その式が粒子の数の関係を表しているという実感が薄いまま、記号操作だけが先に進んでしまうのです。
たとえば「水素と酸素から水ができる反応」を書かせると、多くの生徒は矢印の左右で原子の数をそろえようとします。ところが「水素分子が2個、酸素分子が1個、水分子が2個」という関係を、目に見えない粒の集まりとして思い浮かべているかというと、必ずしもそうではありません。係数を合わせる作業と、粒子の数を数える作業が、頭のなかで別々の引き出しに入っていることが多いのです。
今回の記事では、化学反応式とモルをめぐるつまずきを「記号操作と粒子像が切れている」という観点から整理します。研究が示す三つのレベル、つまり現象・粒子・記号のつながりを手がかりに、生徒がどこで誤るのか、どう確かめればよいのかを具体的に述べます。
あらかじめ結論を言えば、化学反応式とモルの指導では、計算の手順を教える前に、粒子のイメージを言葉と図で往復させる時間を確保することが大切です。計算が速い子ほど、粒子像を飛ばして記号操作に逃げている可能性があります。以下、順に説明します。
要点(結論から)
- 化学反応式の係数合わせができることと、粒子の数の関係を理解していることは別です。係数合わせは記号操作として成立してしまうため、粒子像の欠落が見えにくくなります。
- モル計算のつまずきの多くは、モルを「粒の数を束ねた単位」として捉えられていないことに由来します。計算式だけを覚えても、比例の意味が抜けると応用が利きません。
- 化学の理解には、現象・粒子・記号の三つのレベルを行き来する経験が必要です。この往復が少ないと、記号だけが独り歩きします。
結論——化学反応式とモルは、粒子像を先に育ててから記号操作につなぐ
- 化学反応式の係数合わせができることと、粒子の数の関係を理解していることは別です。係数合わせは記号操作として成立してしまうため、粒子像の欠落が見えにくくなります。
- モル計算のつまずきの多くは、モルを「粒の数を束ねた単位」として捉えられていないことに由来します。計算式だけを覚えても、比例の意味が抜けると応用が利きません。
- 化学の理解には、現象・粒子・記号の三つのレベルを行き来する経験が必要です。この往復が少ないと、記号だけが独り歩きします。
- やさしい計算問題では、生徒は数学的な手順ではなく、自分なりの非数学的な方略を使うことがあります。この方略を無視して公式を押しつけると、かえって混乱を招きます。
- 指導では、まず粒子の図を描かせ、その図と化学反応式を対応させ、それからモルという束の考え方を導入する順序が有効です。
理由——記号操作が先に進むと、粒子像との接続が切れたまま固定される
化学の理解は三つのレベルで成り立っている
化学を学ぶとき、生徒は目に見える現象と、目に見えない粒子の世界と、それを表す記号の世界を同時に扱うことになります。実験で気体が発生するのを見るのが現象のレベル、原子や分子が組み替わる様子を思い浮かべるのが粒子のレベル、化学反応式や化学式で表すのが記号のレベルです。
この三つのレベルを意識的に行き来できることが、化学の概念理解を深めるうえで重要だと指摘されています。
Gabel D. Use of the particle nature of matter in developing conceptual understanding. Journal of Chemical Education. 1993;70(3):193.
ところが学校の授業では、時間の制約もあって、記号のレベルに重心が置かれがちです。化学反応式を書いて係数を合わせる練習は、紙の上で完結します。粒子のレベルを飛ばしても、正しい答えにたどり着けてしまうのです。その結果、生徒のなかで「化学反応式は数合わせのパズル」という理解が固定されていきます。
たとえば「水素と酸素が反応して水ができる」という式を書くとき、係数を合わせる作業だけに集中している生徒は、水素分子が酸素分子と衝突して水分子に変わるという粒子の組み替えを思い浮かべていません。式の左右で原子の数が合っていればよい、という記号上の規則だけが前面に出ます。これでは、のちにモルが出てきたとき、式の係数が粒子の数の比を表しているという発想につながりません。
モルは粒子の数を束ねる単位だが、計算手順として覚えられやすい
モルは、原子や分子のような小さな粒を大量に扱うための単位です。粒の数を束ねて扱うことで、目に見える量と粒子の数を橋渡しします。ところが、実際の学習場面では「グラムを分子量で割るとモルになる」という計算手順として導入されることが多く、粒子の数を束ねるという本来の意味が後回しになります。
計算手順として覚えた生徒は、問題の数値を公式に当てはめることはできても、なぜその計算で粒子の数がわかるのかを説明できません。たとえば「水が何モルあるか」と聞かれて、質量を分子量で割る操作はできても、その結果が水分子の個数の束を表しているという実感がないのです。
この状態で化学反応式の係数とモルを結びつけようとすると、生徒は二つの記号操作を別々に覚えることになります。係数合わせは係数合わせ、モル計算はモル計算、という具合です。本当は、化学反応式の係数がそのまま粒子の数の比を表し、その比がモルの比として使えるという一本の線があるはずなのですが、その線が見えないまま二つの手順が並立してしまいます。
やさしい問題では、生徒は自分なりの非数学的な方略を使う
化学の計算問題を解くとき、生徒は必ずしも教わった通りの数学的な手順を使うわけではありません。特に計算がやさしい問題では、生徒が自分で編み出した非数学的な方略が現れることが報告されています。
SCHMIDT H, JIGNÉUS C. STUDENTS´ STRATEGIES IN SOLVING ALGORITHMIC STOICHIOMETRY PROBLEMS. Chem. Educ. Res. Pract.. 2003;4(3):305-317.
この研究では、やさしい計算問題では生徒が非数学的な方略を使い、問題が難しくなると数学的な方略に移る様子が示されています。また、化合物中の元素の質量分率や百分率を計算する方略が、非数学的な方略に近い形として現れることも指摘されています。
ここから言えるのは、生徒の頭のなかには、教えた公式とは別の、自分なりの考え方の回路があるということです。その回路を無視して「この公式を使いなさい」と指示すると、生徒は自分の考え方を否定されたように感じ、公式を丸暗記する方向へ逃げます。すると、ますます粒子像から遠ざかります。
むしろ、生徒が自分で編み出した方略を聞き取り、それが粒子の数の比とどうつながるかを一緒に確かめることで、記号操作と粒子像の接続を回復できます。やさしい問題で見せる非数学的な方略は、指導の出発点として価値があるのです。
誤答の例——粒子像が抜けたまま記号操作だけが進む典型
| よくある誤答 | その子が考えていること | 確かめる問いかけ |
|---|---|---|
| 化学反応式の係数を、矢印の左右で元素ごとに数が合うように機械的に合わせる。たとえば水の生成で、係数を「1、1、1」のままにしてしまう。 | 「HとOが左右に同じ数だけあればいい。係数はただの数合わせで、分子のまとまりは意識していない」 | 「水素分子1個と酸素分子1個が反応したら、水分子は何個できる? 酸素原子は余らない?」 |
| 「水が1モルできる」と聞いて、水分子が1個できると答える。 | 「モルは個数のことだと思っている。1モル=1個という感覚が抜けない」 | 「1モルは何個の集まり? 1ダースが12個の集まりなのと同じように、モルにも決まった個数があるよ」 |
| 化学反応式の係数とモルを無関係に扱い、係数を合わせたあと、モル計算は別の公式で行う。 | 「係数は式を整えるための飾り。モルは質量から計算するもの。二つは別の単元だと思っている」 | 「この式の係数は、粒子の数の比を表しているよ。係数が2対1対2なら、モルの比も2対1対2になる。そう考えると計算はどうなる?」 |
| 質量を分子量で割る計算はできるが、出てきた値が何を意味するか説明できない。 | 「公式に当てはめれば答えは出る。でも、その値が粒子の数の束だとは思っていない」 | 「いま出てきた数は、何の数? グラム? それとも粒の集まりの数?」 |
| やさしい問題で、教えた比例式を使わず、独自の手順で答えを出す。その手順を説明できない。 | 「なんとなくこれで合ってたから。式の意味はわからないけど、答えは合う」 | 「その手順、おもしろいね。どうしてそれで合うのか、図を描きながら一緒に考えてみよう」 |
机の前で1対1で確かめるときは、次の手順が有効です。
- まず化学反応式を書かせ、係数を合わせさせます。その際、「なぜその係数にしたのか」を言葉で説明させます。数合わせの規則だけを言う場合は、粒子像が抜けている可能性があります。
- 次に、反応の前後を粒子の図で描かせます。分子を丸で囲むなどして、反応前の分子の数と反応後の分子の数を対応させます。このとき、原子の数が保存されていることを図の上で確認します。
- その図と化学反応式を並べ、係数が図のどの部分に対応するかを指さしで確認します。係数が粒子の数の比を表していることを、図と言葉で往復させます。
- それからモルを導入します。1モルを「決まった個数の集まり」として説明し、図の分子1個を1モルに置き換えても比が変わらないことを確かめます。
- 最後に、質量とモルの換算を扱います。このとき、公式を先に与えず、生徒が自分で考えた手順を聞き取り、それが粒子の数の比とどうつながるかを一緒に整理します。
小学生の段階では、化学反応式やモルはまだ扱いませんが、粒子のイメージの土台は作れます。たとえば、水が蒸発して見えなくなる現象を「見えなくなっただけで、小さな粒になって空気中に広がった」と説明することで、目に見えない粒を想像する習慣を育てられます。この経験が、のちの化学の粒子像につながります。
中学生では、化学反応式の係数合わせが始まります。この時期に「数合わせのパズル」として定着させないことが重要です。反応の前後で原子の数が保存されることを、モデル図を使って確認しながら係数を合わせる練習を重ねると、記号操作と粒子像の接続が保たれます。
高校生では、モルが本格的に登場します。中学生のうちに粒子像が育っていれば、モルを粒子の数の束として自然に受け入れられます。逆に、中学生のときに記号操作だけで乗り切ってきた生徒は、高校のモル計算で急に手が止まります。その場合は、高校の内容に入る前に、中学レベルの反応を粒子の図で描き直すところから始めるとよいでしょう。
よくある誤読——研究結果を「計算練習は不要」と読み替えない
「非数学的な方略がある」を「公式を教えなくてよい」と誤用する
先に紹介した研究では、やさしい計算問題で生徒が非数学的な方略を使うことが示されています。この結果を「生徒は自分で方略を作れるのだから、公式を教える必要はない」と読むのは誤りです。
SCHMIDT H, JIGNÉUS C. STUDENTS´ STRATEGIES IN SOLVING ALGORITHMIC STOICHIOMETRY PROBLEMS. Chem. Educ. Res. Pract.. 2003;4(3):305-317.
研究が示しているのは、生徒が自分なりの方略を持つという事実です。それは、指導の出発点として生徒の方略を聞き取ることの重要性を示唆していますが、公式や数学的な手順を一切教えなくてよいということではありません。むしろ、生徒の方略と数学的な方略を橋渡しすることが指導の役割です。
生徒の方略をそのまま放置すると、問題が複雑になったときに限界が来ます。やさしい問題で通用した手順が、難しい問題では使えなくなり、そこで初めて混乱するのです。生徒の方略を尊重しつつ、それが粒子の数の比という原理とどう結びつくかを明示的に教える必要があります。
「三つのレベル」を「三つの段階」と誤読する
現象・粒子・記号の三つのレベルは、順番に通過すれば終わりという段階ではありません。この三つを何度も行き来すること自体が化学の理解です。
Gabel D. Use of the particle nature of matter in developing conceptual understanding. Journal of Chemical Education. 1993;70(3):193.
「まず現象を見せ、次に粒子を教え、最後に記号を教えれば完了」と読むと、記号の学習に入ったあとに粒子へ戻る機会が失われます。実際には、化学反応式を書くたびに粒子の図へ戻り、モルを計算するたびに現象のレベルへ立ち返るという往復が欠かせません。
この誤読をすると、授業の前半で粒子モデルを扱ったからといって、後半の計算練習では粒子像を呼び出さなくてもよい、という指導になりがちです。そうではなく、記号操作の最中にこそ粒子像を確認する問いかけを挟むことが、三つのレベルをつなぐ鍵になります。
今週やること——粒子像と記号操作を往復する小さな習慣を作る
- 化学反応式を1つ選び、係数を合わせる前に、反応の前後の粒子の図を描かせます。分子を丸で囲み、原子の数が保存されることを図の上で確認してから、係数を合わせます。
- モルの計算問題を解かせるとき、答えを出す前に「その値は何の数か」を言葉で言わせます。グラムなのか、モルなのか、粒子の個数なのかを区別できない場合は、公式の適用を急がずに図へ戻ります。
- 生徒が自分なりの手順で正解を出したら、その手順を否定せずに聞き取ります。その手順が粒子の数の比とどうつながるかを、図を描きながら一緒に確かめます。
この記事で言えないこと
この記事で紹介した研究は、特定の学習者集団を対象にしたものであり、すべての生徒に同じつまずきが現れるとは限りません。化学反応式とモルの理解の仕方には個人差が大きく、粒子像が育っている生徒もいれば、記号操作に強みを持つ生徒もいます。
また、ここで述べた指導の順序は、あくまで一つの考え方です。生徒の既有知識や学習履歴によって、適切な順序は変わります。特に、すでに記号操作に習熟している生徒に対して、粒子の図を描くことを強制すると、かえって学習意欲を損なう場合もあります。
さらに、この記事では化学反応式とモルに焦点を絞っているため、化学平衡や酸塩基反応など、他の単元との関連については扱っていません。つまずきの背景には、比例の概念や単位の理解など、数学的な要因も関わりますが、それらを十分に検討することはできていません。
当塾の立場
化学反応式とモルのつまずきは、家庭でも十分に確かめられます。教科書の図を一緒に見ながら「この式の係数は、粒の数の比だよ」と声をかけるだけでも、記号操作と粒子像の接続を助けます。特別な教材は必要ありません。まずは、お子さんが化学反応式を書いたとき、「その係数、どういう意味?」と聞いてみてください。
そのうえで、塾が担える部分があるとすれば、生徒が自分で編み出した非数学的な方略を丁寧に聞き取り、それを粒子の数の比という原理につなぐ個別の対話です。集団授業では流れてしまう「その子なりの考え方」を、1対1で扱い、図と式とことばの往復を伴走するのが個別指導の役割だと考えています。
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出典
- Gabel D. Use of the particle nature of matter in developing conceptual understanding. Journal of Chemical Education. 1993;70(3):193.
- SCHMIDT H, JIGNÉUS C. STUDENTS´ STRATEGIES IN SOLVING ALGORITHMIC STOICHIOMETRY PROBLEMS. Chem. Educ. Res. Pract.. 2003;4(3):305-317.

