連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第32回です。学習の仕方の目次を見る
勉強がすらすら進むとき、私たちは順調だと感じます。ところが学習研究が繰り返し示してきたのは、すらすら進む練習ほど、後に残らないという不都合な事実でした。逆に、途中で詰まり、思い出すのに苦労する練習のほうが、時間が経ってからの成績は高くなります。
この現象は望ましい困難と呼ばれます。すべての困難が良いわけではありません。役に立つ困難と、ただ邪魔なだけの困難があります。この回では、その境目を扱います。
要点(結論から)
- 練習中の成績と、後の学習の定着は一致しない。むしろ逆を向くことがある。
- 間隔を空ける、順序を混ぜる、思い出す形にする。いずれも練習中の成績を下げ、後の保持を高める。
- これらは「望ましい困難」と呼ばれ、学習を促す条件として整理されてきた。
結論——手応えの良い練習を疑う
- 練習中の成績と、後の学習の定着は一致しない。むしろ逆を向くことがある。
- 間隔を空ける、順序を混ぜる、思い出す形にする。いずれも練習中の成績を下げ、後の保持を高める。
- これらは「望ましい困難」と呼ばれ、学習を促す条件として整理されてきた。
- ただし、困難であれば何でもよいわけではない。本人がその困難を乗り越えられることが条件になる。
- 実務的には、練習の手応えではなく、時間を空けた後の再現率で方法を判断する。
理由——難しくすると、なぜ残るのか
観察できるのは学習ではなく遂行である
ソーダストロームとビョークは、学習と遂行を区別する必要を論じた総説を発表しました。
Soderstrom NC, Bjork RA. Learning Versus Performance: An Integrative Review. Perspectives on Psychological Science. 2015;10(2):176-199.
指導の第一の目標は長期的な学習、すなわち長期の保持と転移を支える比較的永続的な変化を作ることにあります。ところが、指導や訓練の過程で私たちが観察し測定できるのは遂行——その場でどれだけできたか——です。そして遂行は、長期の変化が起きたかどうかの指標としてしばしば当てになりません。
この区別は、この連載で何度か触れてきた「手応えと結果のずれ」の理論的な核心にあたります。ずれるのは偶然ではなく、測っているものが違うからです。
困難を意図的に入れる
ビョークとビョークは、この知見を実務向けに整理し、学習を高める困難を望ましい困難として提示しました。
Bjork EL, Bjork RA. Making things hard on yourself, but in a good way: Creating desirable difficulties to enhance learning. In: Psychology and the Real World. 2011.
代表的なものとして、練習の間隔を空けること、種類を混ぜること、読み返しではなく思い出す形にすること、文脈を変えることが挙げられます。いずれも練習中の成績を下げますが、後の保持を高めます。
具体例——手応えと結果が逆を向く場面
| 方法 | 練習中の手応え | 時間を空けた後 |
|---|---|---|
| 同じ単元を続けて解く | 良い(できる感覚) | 低い |
| 単元を混ぜて解く | 悪い(詰まる) | 高い |
| 教科書を読み返す | 良い(分かる感覚) | 低い |
| 白紙に書き出す | 悪い(書けない) | 高い |
| 直後に復習する | 良い(すぐ出る) | 低い |
| 間隔を空けて復習する | 悪い(忘れている) | 高い |
左列と右列が逆を向いています。だから、手応えを頼りに方法を選ぶと、体系的に悪いほうを選んでしまうことになります。
今日からできること
- 「忘れたころ」を待ってから復習する。 忘れていることに焦らない。思い出す作業が効いています。
- 単元を混ぜて解く。 詰まるのは正常です。実際の試験でも、単元は指定されません。
- 読み返しを、書き出しに置き換える。 手応えは落ちますが、第24回と第29回で述べた理由から有利です。
- 手応えで方法を評価しない。 評価するのは、数日後に再現できたかどうかです。
- 詰まった時間を、失敗と数えない。 詰まっている時間が、まさに効いている時間です。
学年で変えるところ
- 小学生——困難が強すぎると続きません。混ぜる範囲を狭くし、できる感覚を保ちながら少しずつ導入します。
- 中学生——「できる感覚」を求めて同じ問題を繰り返しがちな時期です。混ぜる練習を意図的に入れる価値があります。
- 高校生——範囲が広く、実際の試験が混合形式です。最初から混ぜる形で練習するほうが本番に近くなります。
なぜ困難が定着を生むのか
説明はいくつかありますが、共通しているのは取り出す作業が記憶を変えるという点です。楽に出てくる状態では、取り出しの作業がほとんど発生しません。苦労して思い出すとき、その経路が強化されます。
間隔を空けることが効くのも、同じ理由で説明できます。直後であれば、内容はまだ頭に残っています。取り出す必要がありません。忘れかけてから思い出すと、実際に取り出しの作業が起きます。
混ぜることが効くのは、少し違う経路です。同じ種類の問題を続けて解くとき、どの手順を使うかは考える必要がありません。前の問題と同じだからです。混ざっていると、毎回どの型を使うかを判断することになります。この判断こそが、試験で要求される作業です。
いずれの場合も、練習中の作業が本番の作業に近づいています。第24回で述べた符号化と検索の対応が、ここでも働いています。楽な練習は、本番とは違う作業を練習していることになります。
方法を評価する手順
手応えで判断しないなら、何で判断するのか。実務的には、次の手順が使えます。
- 同じ量の内容を、2つの方法で扱う。 単元Aは従来の方法、単元Bは新しい方法で。
- 数日空ける。 空けることが要点です。直後に測ると遂行しか見えません。
- 同じ形式で確認する。 白紙に書き出す、同じ問題数を解く。条件を揃えます。
- 再現できた数を比べる。 感覚ではなく件数で比べます。
この手順は手間がかかりますが、一度やっておく価値があります。自分にとってどの方法が効くのかを、他人の意見ではなく自分の記録で決められるようになるからです。第3回で述べた実測の考え方が、そのまま学習法の選択にも使えます。
なお、比べるときには条件を揃えてください。難しい単元に新しい方法を当てて「効かなかった」と結論するのは、方法ではなく難度を測っています。
「望ましくない困難」との違い
困難なら何でもよいわけではありません。ここを誤解すると、ただ効率の悪い勉強になります。
望ましい困難は、本人が乗り越えられるものです。思い出せそうで思い出せない、混ざっているが判別できる。取り組めば処理が起きます。
望ましくない困難は、処理が成立しないものです。前提知識がまったくない内容、読めない文字、指示が不明確な課題。困難ではありますが、そこで起きているのは学習ではなく停滞です。
見分ける基準は、手が出るかどうかです。詰まりながらも何かを試せているなら、望ましい困難です。何も試せず固まっているなら、難度が高すぎます。第21回で述べた前提の確認が、ここでも必要になります。
熟達の度合いで、適切な困難は変わる
同じ課題でも、学習者の熟達度によって適切さが変わります。初学者には支援が必要で、熟達者には困難が必要です。この関係は、第39回で扱う専門性逆転の話につながります。
実務的には、次のように運用できます。新しい単元では、まず例題と説明で型を作る。型ができたら、間隔を空け、混ぜ、思い出す形に切り替える。最初から困難を入れると、前提がないまま停滞します。
この順序を誤ると、両方向に失敗します。いつまでも支援のある練習を続けると定着しません。最初から困難だけを課すと、手が出ずに終わります。判断の基準は、その内容について型ができているかどうかです。
困難には費用もある
望ましい困難を導入すると、同じ時間で進む量が減ります。混ぜて解けば1問あたりの時間が伸び、間隔を空ければ忘れている分を思い出す時間がかかります。この費用は実在します。
したがって、無条件に困難を増やせばよいわけではありません。判断の材料になるのは、残り時間と、必要な保持期間です。
明日のテストのために今夜覚えるなら、保持期間は1日です。この場合、直前にまとめて詰め込む方法は合理的でありえます。遂行を上げることが目的だからです。一方、入試まで数か月あり、その間ずっと使える形にしたいなら、保持期間は長くなります。ここでは困難を入れる価値があります。
つまり、方法の良し悪しは目的によって変わります。詰め込みが常に悪いのではなく、長期の保持を目的とする場面で詰め込みを選ぶのが誤りです。この区別を持っていると、定期テスト前と受験勉強で方法を変える判断が説明できます。
実務的には、定期テスト直前の数日は遂行を上げる方法を使い、それ以外の期間は困難を入れた方法を使う。両方を使い分けるのが現実的です。ただし、直前の方法だけで通してしまうと、範囲が累積する試験で行き詰まります。
よくある失敗——「分かりやすい授業」を求めすぎる
説明が分かりやすいことは、良いことに見えます。実際、理解の入口では有効です。しかし、分かりやすさは遂行を高める働きであって、必ずしも学習を高めるわけではありません。
聞いているあいだ、内容は筋が通って見えます。その感覚は、自分で再現できることを意味しません。第24回で述べた再認と再生の違いです。
したがって、分かりやすい説明を受けた後には、必ず自分で再現する作業を置く必要があります。説明を聞く、教科書を読む、動画を見る。いずれも入口としては有効ですが、そこで止まると遂行だけが上がります。
保護者ができること——「できていない」ように見えても止めない
望ましい困難を取り入れた勉強は、傍から見ると効率が悪く見えます。詰まっている、忘れている、間違えている。心配になって、もっと分かりやすい方法を勧めたくなります。
次の3点を知っておくと、判断が変わります。
- 詰まっているのは、正常な状態である。 練習中の成績が低いことは、方法が悪い証拠にはなりません。
- 判断は、数日後の再現で行う。 その場でできたかどうかではなく、間を空けて確認します。
- 手が出ないほどの難度は、別問題である。 詰まると固まるは違います。何も試せていないなら、前提が欠けています。
2つ目が要点です。判断の時点を後ろにずらすだけで、方法の評価が正確になります。
続かなければ意味がない
望ましい困難には、心理的な副作用があります。手応えが悪いぶん、自信が下がりやすい。第15回で扱ったとおり、自己評価は次の行動に影響します。効く方法でも、続かなければ結果は出ません。
この問題への対処は、第1ブロックで扱った設計と組み合わせることです。記録を残して、できるようになった数を見えるようにする。終わり方を、確実にできることで締める。手応えの悪さを、別のところで補います。
もう一つ有効なのは、詰まることの意味をあらかじめ知っておくことです。混ぜて解けば詰まるのが正常だと知っていれば、詰まりを失敗として受け取らずに済みます。同じ経験でも、解釈が変われば続きやすさが変わります。
手応えの悪さは他の練習にも現れる——詰まる練習の効用
手応えの良い練習を疑う視点は、暗記の場面にも当てはまります。単語帳を眺めて「見たことがある」と感じるだけの時間は、進んでいる感覚があります。しかし、何も見ずに意味を言おうとすると言葉が出てこないことがあります。この詰まりこそが、記憶を引き出す練習になっていると考えられます。
数学の解法を読む場面でも同じです。解説を読んでいると分かった気になりますが、その場で紙を伏せて自分で書いてみると、途中で止まることがあります。この止まる経験は不快ですが、次に同じ問題に会ったときの手がかりになります。時間帯でいえば、寝る前よりも、少し間を空けた翌日のほうが思い出しにくく、その分だけ練習になります。
作文や記述の練習にも通じます。模範解答を読むだけでは書けるようにならず、白紙の前に座って書き出そうとする時間が必要です。書けない時間は無駄に見えますが、そこで言葉を探す過程が後に残るのだと考えられます。道具を変えるだけでも、手応えは変わります。
難しさの加減が分からなくなる——易しすぎても難しすぎても
困難を加えようとすると、どこまで難しくすればよいかで迷うことがあります。難しくしすぎると手が止まり、まったく進まなくなります。逆に易しすぎると、以前と同じ手応えの良い練習に戻ってしまいます。自分で解ける問題と解けない問題の境目を探す作業が、実際には最も難しい部分です。
つまずきの一つは、詰まった瞬間に答えを見てしまうことです。少し考えて分からなければ解説を開く習慣がついていると、思い出す時間がほとんど残りません。まずは短い時間だけ自分で粘り、それでも出なければ手がかりを一つだけ見る、という段階を決めておくと続けやすくなります。
もう一つは、手応えの悪さを能力の不足と受け取ってしまうことです。思い出せないのは、覚えていないからではなく、引き出す練習をしていないからであることがあります。この区別がつかないまま落ち込むと、練習そのものを避けるようになります。続けられる範囲で難しさを調整することが大切だと考えられます。
この記事で言えないこと
望ましい困難として挙げられる各手法は、それぞれ別の研究群によって支えられており、効果の大きさも条件も異なります。まとめて「困難は良い」と扱うと、個別の条件が見えなくなります。
また、どの程度の困難が適切かを事前に決める方法は確立していません。本人の前提知識、時間の余裕、扱う内容によって変わります。ここで示したのは、手応えを判断基準にしないという原則であって、難度の設定表ではありません。
当塾の立場
間隔を空ける、混ぜる、書き出す。いずれも費用はかかりません。そして、どれも家庭で実行できます。
武蔵野個別指導塾で気をつけているのは、授業内で「できた」状態を作って終わらせないことです。その場でできることは、遂行が上がったことを示すにすぎません。次回の冒頭に、前回の内容を予告なしで確認する。間を空けて再現できるかどうかを、指導の成果の指標にしています。分かりやすく教えることと、定着させることは別の作業だと考えています。
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出典
- Soderstrom NC, Bjork RA. Learning Versus Performance: An Integrative Review. Perspectives on Psychological Science. 2015;10(2):176-199.
- Bjork EL, Bjork RA. Making things hard on yourself, but in a good way: Creating desirable difficulties to enhance learning. In: Psychology and the Real World. 2011.

