連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第9回です。学習の仕方の目次を見る
同じ2時間の勉強でも、「しんどかった」と記憶される日と、「悪くなかった」と記憶される日があります。その差を作っているのは、総量ではありません。いちばんつらかった瞬間と、終わり方です。心理学ではこれをピーク・エンドの法則と呼びます。
そして記憶された経験の質は、次にまた同じことをするかどうかの判断に効きます。つまり、今日の勉強の終わり方が、明日机に向かうかどうかを部分的に決めているということになります。
この記事では、この現象を示した実験を確認したうえで、勉強の「終わり方」を設計する具体的な手順を扱います。
要点(結論から)
- 経験の記憶は、持続時間ではなくピークと終了時の強さに強く影響される。
- 冷水に手を入れる実験では、つらい時間が長いほうを、多くの人が「また選ぶ」と答えた。終わりが少し楽だったからである。
- 医療の現場でも、処置全体の痛みの評価は、ピークの強さと終了時の強さに強く相関した。
結論——最後の10分の設計が、翌日の行動を左右する
- 経験の記憶は、持続時間ではなくピークと終了時の強さに強く影響される。
- 冷水に手を入れる実験では、つらい時間が長いほうを、多くの人が「また選ぶ」と答えた。終わりが少し楽だったからである。
- 医療の現場でも、処置全体の痛みの評価は、ピークの強さと終了時の強さに強く相関した。
- 学習でも、努力を要する課題の後に易しい課題を置くと、その経験の記憶が変わることが示されている。
- 実務的な結論は単純。最後に解く問題を、確実に解けるものにする。 難問で終わらない。
理由——記憶される経験は、実際の経験とずれる
より長く苦しいほうを、人は選んだ
カーネマンらの実験は、この分野でよく知られています。参加者は2つの試行を経験しました。短い試行では、14 °Cの水に片手を60秒入れます。長い試行では、同じ条件の60秒の後、水温を15 °Cまでわずかに上げながら、さらに30秒続けます。
Kahneman D, Fredrickson BL, Schreiber CA, Redelmeier DA. When More Pain Is Preferred to Less: Adding a Better End. Psychological Science. 1993;4(6):401-405.
客観的には、長い試行のほうが不快な時間の総量は多いはずです。にもかかわらず、後からどちらを繰り返すか選ばせると、多数が長いほうを選びました。終わりがわずかに楽だったことが、経験全体の評価を書き換えたことになります。
この結果が示すのは、持続時間が記憶にほとんど反映されないということです。研究者はこれを持続時間の無視と呼びます。3時間の勉強と2時間の勉強は、記憶の上ではあまり区別されません。区別されるのは、つらさの山と、終わり際の状態です。
実際の医療現場でも同じ形が出た
レデルマイヤーとカーネマンは、大腸内視鏡を受けた154名と、砕石術を受けた133名について、処置中の痛みを実時間で記録し、後日の全体評価と比べました。
Redelmeier DA, Kahneman D. Patients’ memories of painful medical treatments: real-time and retrospective evaluations of two minimally invasive procedures. Pain. 1996;66(1):3-8.
全体の痛みの評価は、痛みのピーク強度(P<0.005)と、終了時の強度に強く相関していました。実験室だけの現象ではなく、現実の、しかも本人にとって重大な経験でも同じ構造が見られたことになります。
学習の場面で確かめた研究
フィンは、努力を要する学習経験について、その記憶と、その後の学習選択の関係を検討しました。2つの実験は、学習経験の終わり方を操作したときに、経験の評価と次の選択がどう変わるかを扱っています。
Finn B. Ending on a high note: Adding a better end to effortful study. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition. 2010;36(6):1548-1553.
勉強は本質的に努力を要する活動で、多くの場合、易しい部分と難しい部分が混ざっています。順番は自由に決められます。ここに設計の余地があります。
具体例——終わり方を3通り比べる
| 終わり方 | 最後の10分にやること | 記憶に残りやすい感覚 | 翌日 |
|---|---|---|---|
| 難問で終わる | 解けない応用問題に挑む | 「できなかった」 | 開くまでの抵抗が大きい |
| 中断で終わる | 時間切れで途中のまま閉じる | 「終わっていない」 | 再開の負荷が高い |
| 確実な問題で終わる | 解ける計算・覚えた語の確認 | 「できた」 | 開くまでの抵抗が小さい |
3行目は手抜きに見えるかもしれません。しかしここで狙っているのは学習量ではなく、次に開く確率です。1日の学習量を最大にする設計と、1か月続く設計は別物で、長い目で見れば後者のほうが総量は大きくなります。
今日からの手順
- 最後の10分を、確実に解けるものに充てる。 既習の計算、覚えた単語の確認、前日の復習。新しいことはやりません。
- 難問は、真ん中に置く。 ピークは避けられませんが、位置は選べます。集中力があり、かつ終わりではない時間帯に置きます。
- 中断するなら、切りのよい場所で切る。 途中で終わると「終わっていない」感覚が残ります。1問の途中ではなく、区切りで閉じます。
- 終わりに1行だけ記録する。 「今日はここまで進んだ」と書いて閉じる。終了時の状態を、できたことで上書きします。
- 翌日の1問目を決めてから閉じる。 第7回のデフォルトの話とつながります。終わり方の設計と、始め方の設計は同じ作業です。
学年で変えるところ
- 小学生——終わり方の影響が最も大きい年代です。最後は必ずできる計算や音読で締め、その日の出来を言葉で確認してから閉じます。
- 中学生——宿題の締切に追われ、難しいところで時間切れになりがちです。終了時刻の10分前を「確認の時間」として最初から予定に入れておきます。
- 高校生——長時間学習が増え、ピークが複数回訪れます。休憩の入れ方が重要になり、各区切りの終わりをできたことで締める意識が要ります。
休憩の入れ方——区切りごとに終わりがある
2時間続けて勉強する日でも、実際には休憩で区切られています。区切りがあるということは、その日の終わりは1回ではないということです。区切りの数だけ、終了時の状態が作られます。
この視点を持つと、休憩の入れ方が変わります。よくあるのは「行き詰まったから休む」という入れ方です。しかしこれは、解けない状態を終了時の状態として固定してしまいます。休憩から戻ったとき、机に残っているのは解けなかった問題で、再開の抵抗が大きくなります。
代わりに、解けた直後に休むという入れ方があります。区切りの終わりが「できた」で締まり、戻ってきたときの1問目も決まっています。作業を切りの悪いところで止めると再開しやすい、という別の経験則とは逆向きに見えますが、狙いが違います。あちらは中断による記憶の残りやすさを、こちらは再開の心理的な抵抗を扱っています。どちらを優先するかは、その日の続きにくさで決めてください。続けること自体が課題になっている時期は、後者を選ぶほうが現実的です。
休憩そのものの終わり方も同じです。休憩を動画で締めると、戻る瞬間の落差が大きくなります。休憩の最後の1分を片づけや水を飲む動作に充てておくと、机に戻る動作が自然につながります。細かいようですが、1日に何度も発生する場面なので、積み重なると差になります。
注意——「楽に終わる」ことが目的ではない
この法則を知ると、「では難しいことは避ければよい」と受け取られがちです。それは誤読です。実験で操作されたのは終わり方であって、経験全体の難易度ではありません。長い試行では、つらい60秒はそのまま経験されています。
学習でも同じです。難しい問題を避けてしまえば、記憶に残る感覚は良くなっても、力はつきません。狙うのは、難しい部分を経験したうえで、終わりを整えることです。順番の問題であって、内容を薄める話ではありません。
この区別は重要で、混同すると「易しい問題ばかり解いて満足する」という、よくある失敗に直結します。難問に取り組んだ日ほど、最後の10分の設計が効きます。
よくある失敗——「区切りが悪いからもう少し」で崩れる
終わり方を悪くする最大の原因は、延長です。「あと1問だけ」と続けるうちに、集中が切れた状態で難問に当たり、そのまま閉じることになります。この終わり方は、疲労とできなかった感覚の両方を残します。
対策は、終了時刻ではなく終了内容を先に決めておくことです。「9時になったら終わり」ではなく、「最後は昨日の復習3問をやって終わり」と決める。時刻で切ると延長が起きますが、内容で切ると終わりが来ます。
もう一つの失敗は、終わりに反省会をすることです。その日できなかったことを数え上げてから閉じると、終了時の状態が悪いほうに固定されます。反省が必要なら、翌日の始めに回してください。同じ内容でも、置く位置で翌日の行動が変わります。
保護者ができること——最後にかける言葉を決めておく
終了時の状態には、本人の出来だけでなく、その場でかけられた言葉も含まれます。家庭では、勉強が終わった直後の会話が、そのまま終了時の記憶になります。
次の3つは、内容を変えずに置き方だけを整えた例です。
- 「今日はどこまで進んだ?」を先に聞く。 できた範囲から会話を始めます。足りない話をするなら、その後です。
- 足りない点は、翌日の始めに回す。 「明日はここから始めよう」と、次の行動の形に変換して渡します。
- 終わったことを、その場で確定させる。 「今日はここで終わりでいいね」と確認すると、中断ではなく完了として閉じられます。
逆に避けたいのは、終わった直後に「それだけ?」と言うことです。その一言が終了時の状態になり、経験全体の記憶を書き換えます。持続時間が記憶にほとんど反映されないという知見を踏まえれば、その日の総量を評価する言葉には、ほとんど意味がないことになります。
なお、終わり方の設計は、勉強を好きにさせる技術ではありません。狙いはもっと控えめで、明日も同じ場所に座る確率をわずかに上げることです。その差は1日では見えませんが、1か月の日数として現れます。続いた日数が増えれば、扱える内容も自然に増えていきます。
朝の短い勉強に置き換える——終わり方を整える
終わり方の設計という考え方は、夜の勉強だけでなく、朝の短い時間にも当てはめられます。たとえば、登校前に机に向かう場面を思い浮かべてください。使える時間は限られているため、どこで切り上げるかが、その日の印象を大きく左右します。
朝の勉強では、残り時間が少なくなったところで新しい問題に手を出さないことが一つの区切りになります。解きかけのまま家を出ると、その日の朝全体が「間に合わなかった」という記憶になりやすいと考えられます。逆に、簡単な確認問題を一つ終えてから鞄を持つと、終わり方が整います。
時間帯を変えれば、電車やバスの移動中にも同じ見方が使えます。降りる駅が近づいたら、新しい単語を覚えるのではなく、すでに見た範囲を見返すだけにする方法です。移動の終わりが勉強の終わりになるため、区切りが自然に生まれます。
勉強の場面でいえば、朝は「終わらせる問題」を先に決めておく方法があります。何を終えたら切り上げるかを決めておくと、時間に追われながらも終わり方が安定する場合があります。
区切りを後ろにずらす——終わりが悪いと記憶も悪い
終わり方を設計しようとすると、つまずきやすい点がいくつかあります。まず起こりやすいのは、区切りを後ろにずらしてしまうことです。あと少しで終わりそうだと感じたときに、予定していた時刻を過ぎても続けてしまうと、その日の終わりがだらしなくなります。
次に多いのは、区切りのたびに達成感を求めすぎることです。毎回すっきり終えようとすると、終えられなかった日に強い不満が残ります。区切りは、気分を良くするためのものではなく、次の行動につなげるためのものだと考えられます。
また、休憩の終わりと勉強の終わりを混同することもあります。休憩を長くとった結果、勉強の終わりが押し出され、寝る時刻に食い込むという展開です。この場合、記憶に残るのは休憩の長さではなく、寝る前の慌ただしさになります。
避けたいのは、終わり方を毎回変えることです。その日の気分で切り上げる場所が変わると、体が終わりの合図を覚えません。つまずいたときは、終える問題を一つだけ決めておき、そこに到達したら時刻にかかわらず切り上げることが助けになる場合があります。
この記事で言えないこと
ピーク・エンドの法則は、経験の記憶と、それに基づく選択についての知見です。学習の定着そのものを説明するものではありません。最後に易しい問題を置いたからといって、その日に学んだ内容の記憶が強くなるわけではありません。定着については、間隔をあけた復習や思い出す練習といった別の研究が担当します。
また、ここで挙げた実験は主に成人を対象としたものです。中高生の学習場面で同じ大きさの効果が出る保証はありません。効いているかどうかは、翌日に机に向かうまでの時間が短くなったかどうかで確かめてください。
当塾の立場
最後の10分を確実に解けるものに充てる。これは今日から一人でできます。費用も道具も要りません。
武蔵野個別指導塾では、授業の終わり方を手順として決めています。最後の数分は、その日に扱った内容のうち確実にできるようになったところを本人に説明させ、次回の最初の1問を決めてから終える。 できなかった点の指摘は、授業の中盤までに済ませます。終わり方は、指導技術の一部だと考えています。
関連する記事
- テスト直前の復習で何をやるか——直前期の締め方を扱っています。
- 学業感情——「つまらない」は成績の問題である——感情と学習の関係の全体像です。
- 息切れしたときの立て直し方——続かなくなった後の復帰手順です。
出典
- Kahneman D, Fredrickson BL, Schreiber CA, Redelmeier DA. When More Pain Is Preferred to Less: Adding a Better End. Psychological Science. 1993;4(6):401-405.
- Redelmeier DA, Kahneman D. Patients’ memories of painful medical treatments: real-time and retrospective evaluations of two minimally invasive procedures. Pain. 1996;66(1):3-8.
- Finn B. Ending on a high note: Adding a better end to effortful study. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition. 2010;36(6):1548-1553.

