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【高校漢文】句形を図解で総まとめ①—否定・疑問・反語・使役・受身|武蔵野個別指導塾

部分否定と二重否定、疑問と反語、使役と受身を自作例文で学びます。否定の範囲と人物関係を3枚の図で整理し、書き下しから現代語訳まで練習できます。
よくあるのは、保健室の前の長椅子で漢文のプリントを見返し、「不」は「ず」と読めるのに、訳の正解が「全員がそうだとは限らない」になっていて、手が止まるという場面です。漢字の読みを覚えたつもりでも、何を打ち消しているのかまでは見えていないことがあります。隣の問題では疑問の形が強い断定になり、さらに次の問題では主語の人物が動作をする側ではなく、される側になります。
句形とは、いくつかの語の組み合わせで決まった意味や働きを表す文の型です。「不」や「使」を1字ずつ訳してからつなぐだけでは、文全体の意味が変わってしまいます。手掛かりの字を見つけたら、それがどこまで関わるか、だれの動作を表しているかを確かめる必要があります。
ここでは否定・疑問・反語・使役・受身を、短い文で読み分けます。読み方と訳を対にして確かめれば、句形の名前を答えるだけでなく、書き下し文を作り、人物関係を保った現代語訳を書くところまで進めます。
この単元で身につけること
- 否定する対象を区切ります。「不・非・無・未」の基本的な働きを押さえ、動作の否定、判断の否定、存在の否定、まだ実現していないことを区別します。
- 否定の及ぶ範囲を読み取ります。「皆」や「必」と否定語の位置を比べ、部分否定を全部否定と取り違えないようにします。否定語が重なる二重否定も扱います。
- 疑問と反語を文脈から判断します。疑問詞や文末の字だけで決めず、答えを求めているのか、否定や肯定を強めているのかを説明します。
- 使役と受身の人物関係を整理します。働き掛ける人、実際に動作する人、その動作を受ける人を分け、訳の主語と助詞を整えます。
- 白文・訓読文・書き下し文を行き来します。返り点で読む順を確かめたうえで、助動詞や助詞を適切な仮名に直します。
中学校から学んできた返り点と、高校の古典文法で扱う「ず・しむ・る・らる」の知識が、ここでつながります。返り点は読む順を示し、句形は文の働きを示します。順序を正しくたどれても意味の確認は必要ですし、意味が予想できても書き下しの語尾を省略してよいわけではありません。
基本の考え方
白文と訓読文と書き下し文を分けます
白文は、送り仮名や返り点を付けていない漢字の文です。訓読文は、その漢字の並びに送り仮名や返り点を付けたものです。書き下し文は、訓読の順に並べ替え、日本語の文として書いたものです。以下の短文は、句形を確かめるために作った文です。現代語訳は、古典の言い方を現在の日本語に直したものとして別に示します。
横書きでも点の位置を追えるよう、訓読文の返り点は、付く漢字の送り仮名の直後に[レ][二][一]の形で示します。実際の縦書きでは、返り点はその漢字の左下に付けます。角括弧そのものは返り点ではありません。[一レ]は同じ漢字に一とレが組み合わされていることを表します。読み順は、すぐ下からレで返り、その漢字に付く一から二へ返る順です。
| 白文 | 訓読文 | 書き下し文 | 現代語訳 |
|---|---|---|---|
| 弟不学。 | 弟 不ズ[レ]学バ。 | 弟学ばず。 | 弟は学ばない。 |
| 彼非師。 | 彼 非ズ[レ]師ニ。 | 彼は師に非ず。 | 彼は先生ではない。 |
| 家無書。 | 家ニ 無シ[レ]書。 | 家に書無し。 | 家に本がない。 |
| 弟未学。 | 弟 未ダ[レ]学バ。 | 弟未だ学ばず。 | 弟はまだ学んでいない。 |
「不」は動作や状態を打ち消し、基本の読みは「〜ず」です。「非」は「〜に非ず」と読み、「それではない」と判断を打ち消します。「無」は存在を打ち消して「〜無し」と読みます。ただし、この分け方は入口です。「非」が文の内容全体を否定する場合などもあるため、後ろが名詞なら必ず「非」といった機械的な決まりにはしません。
「未」は再読文字です。「未だ」と先に読み、後ろの動詞を読んでから「ず」ともう一度読みます。「弟未学」では「弟→未だ→学ば→ず」となり、「まだ実現していない」という時間の意味が加わります。「未」を単なる「不」の言い換えと考えると、この「まだ」が抜けます。将来は必ず学ぶと約束する文でもありません。
書き下し文では、打消の助動詞として読む「不」を漢字のまま残さず、「ず」などと仮名で書きます。一方、「未だ」「非ず」「無し」は上のように書きます。すべての句形の目印を同じ方法で仮名にするのではなく、語の働きに応じた表記を覚えます。
否定は「何を否定するか」で決まります
「全員が学ぶわけではない」と「全員が学ばない」は、どちらも否定ですが意味が違います。前者が否定するのは「全員が学ぶ」というまとまりです。後者は、一人一人について「学ばない」と述べています。前者のように「すべて」「必ず」などの意味を打ち消す形を部分否定、後者のように全体を否定する形を全部否定と呼びます。
図1のように、否定が覆う範囲を括弧で見えるようにすると、同じ語でもまとまりが変わることがわかります。上段は「皆が学ぶ」全体の否定、下段は「学ばない」を全員に当てはめる形です。図の括弧は意味を整理する記号で、白文や返り点の一部ではありません。

部分否定の代表には「不必〜」を「必ずしも〜ず」と読む形もあります。「必ずそうなる」という断定を打ち消しているため、「絶対にそうならない」と訳してはいけません。「必ずしも」の「しも」を補うのは、現代の読者にも否定の範囲を伝えるためです。これに対し「必不〜」は「必ず〜ず」と読み、否定する内容を確実だとしています。
また、否定語が2つあって、一方がもう一方を含む内容を打ち消すものを二重否定と呼びます。代表は「不〜」に対して「無〜」を重ねる形です。「学ばない人がいない」なら、結果として「全員が学ぶ」となります。ただし「知らないわけではない」は「少しは知っている」といった控えめな肯定になることもあります。二重否定を見たら、必ず強い肯定の語を付け足すのではなく、元の形と文脈に合う強さで訳します。
部分否定にも注意が必要です。「全員が学ぶわけではない」という文だけでは、学ぶ人が何人いるかは決まりません。全員が学ぶという主張を退けていることは確かですが、「ちょうど半数は学ぶ」などの人数は読み取れません。ふだんの会話では一部の人は学ぶように聞こえても、その印象と文が明示している内容を分けておきます。
問いの形と人物の役割を確かめます
疑問は、知らない情報や判断について答えを求める表現です。「何」は何か、「誰」はだれか、「安」はどこか・どうしてかなどを問います。「安」は文に応じて「いづくに・いづくんぞ」などと読み分けます。「安」の字だけから場所を問うと決めず、後ろに場所が入るのか、理由や方法が問題なのかを確かめます。文末の「乎」は疑問では「か」と読むことがあり、疑問詞のない問いにも使います。
反語は、問いの形を借りて、実際には反対の内容を強く述べる表現です。「〜だろうか、いや〜ない」と訳す形が基本ですが、否定を含む問いなら「〜でないだろうか、いや〜である」と肯定になることがあります。「豈」は「あに」と読み、反語を見つける有力な手掛かりになります。「乎」を見つけただけで疑問か反語かを決めることはできません。
「不亦〜乎」は「亦た〜ずや」と読みます。「なんと〜ではないか」と、相手にもその気持ちを認めてほしい詠嘆を表すことの多い形です。疑問の形を使って肯定する点で反語と近いのですが、単に否定へ反転する規則を当てはめてはいけません。感心や喜びを表す文なら、その内容を肯定的に受け取ります。反語と詠嘆の分類名だけを争うより、話し手が結局何を述べているかを押さえます。
使役は、ある人が別の人に動作をさせる表現です。「使・令・教」が代表的な目印で、「Aをして〜しむ」の形で読みます。受身は、主語の人がほかの人から動作を受ける表現です。「見・被」が代表的な目印で、「〜る・〜らる」と読みます。使役の「A」は動作をする側ですが、受身の主語は動作を受ける側です。この違いを人名や名詞に即して確認することが、訳の土台になります。
例題で解き方を確かめる
例題1 部分否定・全部否定・二重否定を比べます
次の3文を現代語訳し、否定の種類を答えましょう。「人」はここでは、話題になっている人々をまとめて指すものとします。
| 記号 | 白文 | 訓読文 | 書き下し文 |
|---|---|---|---|
| A | 人不皆学。 | 人 不ズ[二]皆 学バ[一]。 | 人皆学ばず。 |
| B | 人皆不学。 | 人 皆 不ズ[レ]学バ。 | 人皆学ばず。 |
| C | 人無不学。 | 人 無シ[レ]不ザル[レ]学バ。 | 人学ばざる無し。 |
- AとBでは、「不」と「皆」の順を比べます。訳の最初に「皆」を置いてしまう前に、否定が「皆学」にかかるのか、「学」にかかるのかを見るためです。Aは「不」が「皆学」というまとまりを打ち消しています。
- Aは「人々が全員学ぶわけではない」、Bは「人々はだれも学ばない」と言い換えます。「全員が学ばない」という訳は読み手によって受け取りが揺れるため、Bを「だれも学ばない」とすると範囲が明確になります。
- Cでは内側から読み、「不学」を「学ばない」と捉え、そのような人が「無」、つまりいないと考えます。否定語がいくつあるかを数えるだけでなく、「何がいないのか」を具体的にするためです。
AとBは、ここに示した書き下しでは同じ表面の形になります。だからこそ、書き下し文だけに直して安心せず、白文の語順と訓点を見返す必要があります。Cの「不」は「無し」につながるため、打消の助動詞の連体形「ざる」で読みます。「学ばず無し」と終止形のままつなげないようにしましょう。
答え:Aは部分否定「人々が全員学ぶわけではない」、Bは全部否定「人々はだれも学ばない」、Cは二重否定「人々は全員学ぶ」です。
例題2 答えを求める問いと反語を読み分けます
Aは、相手が学ぶかどうかを知らずに尋ねる場面です。Bは、相手の熱心な様子を根拠に「学ぶはずだ」と述べる場面です。Cは学びの楽しさに感心する場面とします。各文の働きと現代語訳を答えましょう。
| 記号 | 白文 | 訓読文 | 書き下し文 |
|---|---|---|---|
| A | 汝学乎。 | 汝 学ブ 乎。 | 汝学ぶか。 |
| B | 汝豈不学乎。 | 汝 豈ニ 不ンヤ[レ]学バ 乎。 | 汝豈に学ばざらんや。 |
| C | 学不亦楽乎。 | 学ブハ 不ズ[二]亦 楽シカラ[一]乎。 | 学ぶは亦た楽しからずや。 |
- Aの場面では、問いへの答えによって話し手の知らないことが埋まるかを考えます。「学ぶ」「学ばない」という返答を実際に求めているので、疑問と判断できます。
- Bでは「豈」と、内側にある否定「不」を確認します。先に「学ばないだろうか」という問いの内容を作り、その内容を反語で退けると、結論は「学ぶはずだ」という肯定になります。
- Cでは「不亦〜乎」のまとまりを取り出します。形だけを見て「楽しくない」としてしまうと、楽しさに感心している場面と合わないため、詠嘆として「なんと楽しいことではないか」と訳します。
Bの訓読文にある「不ンヤ」は、この句形に応じた送り仮名の示し方です。打消の「ざら」と「んや」を合わせ、「学ばざらんや」と読みます。「乎」をさらに「か」と重ねて「学ばざらんやか」とはしません。反語の文末は「んや」のほか「や」「か」などにもなるので、実際の問題では与えられた訓点に従います。
「何」や「誰」を含む文でも、同じように場面が必要です。「だれが知っているか」と尋ねて人を探しているなら疑問ですが、知る人などいないと示す流れなら反語になります。疑問詞を見つける作業と、文の働きを決める作業は分けて進めます。
答え:Aは疑問「あなたは学ぶか」、Bは反語「あなたが学ばないだろうか、いや、きっと学ぶ」、Cは詠嘆「学ぶことは、なんと楽しいことではないか」です。
例題3 使役で学ぶ人を確かめます
次の文を書き下し、現代語訳しましょう。さらに、実際に学ぶ人を答えましょう。
白文:師使弟子学。
訓読文:師 使ム[二]弟子ヲシテ 学バ[一]。
- 「使」を使役の目印として見つけます。ここでは後ろに「弟子」という人と「学」という動作が続くため、「使う」という独立した動詞として訳すのではなく、人に動作をさせる形と捉えます。
- 「使」の後ろの「弟子」を、実際に学ぶ人と決めます。「師」が文の主語だからといって、師が学ぶと訳すと、命じる側と動く側が逆になるためです。
- 「弟子をして→学ば→しむ」と読んで、「師弟子をして学ばしむ」とつなげます。「しむ」は未然形に接続するので、「学ぶ」の未然形「学ば」を使います。
書き下し文:師弟子をして学ばしむ。
現代語訳:先生は弟子に学ばせる。
図2のように、師から弟子への働き掛けと、弟子自身が行う「学ぶ」を分けると、主語に引っ張られずに読めます。図の矢印は働き掛ける向きを表し、返り点の読む順を示すものではありません。

「令」や「教」が使役を表す場合も、「Aをして〜しむ」という同じ骨組みで読めます。ただし「令」には命令という名詞、「教」には教えるという動詞の用法もあります。目印の字を見つけたら、後ろの人物と動作がそろっているかを確認しましょう。また、使役がいつも強制的な命令を意味するとは限りません。どの程度の働き掛けかは前後から判断し、根拠なく「無理やり」を補いません。
答え:書き下しは「師弟子をして学ばしむ」、訳は「先生は弟子に学ばせる」で、実際に学ぶのは弟子です。
例題4 受身の目印が違っても役割を保ちます
次の3文を現代語訳しましょう。A・Bでは、だれがほめたかは示されていません。Cでは、その人物も確かめましょう。「誉」は「ほめる」という意味です。
| 記号 | 白文 | 訓読文 | 書き下し文 |
|---|---|---|---|
| A | 弟子見誉。 | 弟子 見ル[レ]誉メ。 | 弟子誉めらる。 |
| B | 弟子被誉。 | 弟子 被ル[レ]誉メ。 | 弟子誉めらる。 |
| C | 弟子為師所誉。 | 弟子 為ル[二]師ノ 所ト[一レ]誉ムル。 | 弟子師の誉むる所と為る。 |
- A・Bは「見・被」の後ろに「誉」という動作があることを確認します。受身の用法なら「見る」「被る」という独立した動作ではなく、「ほめられる」という関係を作るからです。
- A・Bの主語「弟子」を、ほめられる人と決めます。「見・被」の送り仮名が「ル」でも、「誉む」は下二段活用なので、未然形「誉め」に受身の助動詞「らる」を付けて読みます。
- Cは「為A所B」のまとまりを取り出し、「AのBする所と為る」と読みます。「所」に付くレで「誉ムル」を先に読み、「所ト」に返ってから一・二で「為ル」に返ります。これで「師の誉むる所と為る」という順になります。
- Cでは、ほめる側が「師」、ほめられる側が「弟子」であることを確かめて現代語に直します。「所」を建物や場所と捉えず、このまとまりが受身を表すと考えるためです。
Cの「誉むる」は「所」を修飾する連体形です。「誉む所」と終止形でつながないようにします。この形は「師のほめる対象となる」と捉えると、「先生にほめられる」という訳に結び付きます。「為〜所」には別の訓読が用いられる場合もありますが、書き下しの問題では与えられた送り仮名・返り点を優先します。
受身を表す字があるからといって、その文に「被害」の意味が必ずあるわけではありません。今回のように、ほめられるという好ましい動作も受身になります。文の形が表すのは動作を受ける関係であり、その出来事への評価は別に読み取ります。
答え:A・Bは「弟子はほめられる」、Cは「弟子は先生にほめられる」で、Cのほめる側は師、ほめられる側は弟子です。
つまずきやすいところと直し方
「不」があれば全体を否定すると思ってしまいます
誤った書き方:「人不皆学」を「人々はだれも学ばない」と訳します。どこが違うかというと、「不」が否定している「皆学」のまとまりを崩し、人々の一人一人が学ばないと決めてしまっています。「全員が学ぶ」とは言えないことと、学ぶ人が一人もいないことは同じではありません。
正しい書き方は「人々が全員学ぶわけではない」です。直すときは、訳の末尾だけを取り替えるのでなく、白文で「不」の後ろの範囲を括弧で囲みます。「不必〜」にも同じ確認を使い、「必ずしも〜ない」と「必ず〜ない」の違いを自分の言葉で言えるか確かめます。
反語をいつでも否定の訳にしてしまいます
誤った書き方:「汝豈不学乎」を「あなたは学ばない」と訳します。どこが違うかというと、反語の内側にも否定があることを落としています。「学ばない」という内容を問いの形で退けているので、最終的な結論は「学ぶ」です。
正しい書き方は「あなたが学ばないだろうか、いや、きっと学ぶ」です。最初は「いや」以下を省略せずに書くと、結論の向きを確認できます。訳が整ってから必要に応じて「あなたはきっと学ぶ」とまとめます。「不亦〜乎」なら、感心や喜びの内容まで残せているかも見直します。
受身の主語を動作する人にしてしまいます
誤った書き方:「弟子為師所誉」を「弟子が先生をほめる」と訳します。どこが違うかというと、受身の主語である弟子を、そのまま「誉」の動作主にしています。「為〜所」のまとまりを取り落とすと、漢字の順につないだだけの訳になってしまいます。
正しい書き方は「弟子は先生にほめられる」です。図3のように、動作の矢印を師から弟子へ引き、弟子に「主語・受け手」と書いて確認します。図2と比べると、どちらも師が働き掛けていますが、学ぶのは弟子、ほめるのは師という違いが見えてきます。

「見」の字をすべて受身と決めるのも誤りです。実際に何かを見る文なら「見る」という動詞ですし、「教」が知識を教える動作を表す場合もあります。句形の目印は判断の入口として使い、その前後にどの人物と動作があるかを最後まで点検しましょう。
練習問題
解答では、句形の名前だけでなく現代語訳も書きましょう。使役と受身では、動作をする人に線を引いてから訳すと、主語との取り違えを見つけやすくなります。訓読文は、前の例題と同じ横書きの示し方です。
練習1
白文:兄未帰。
訓読文:兄 未ダ[レ]帰ラ。
書き下し文と現代語訳を書きましょう。また、「未」を「不」と同じように訳した場合に抜けてしまう意味を答えましょう。「帰」は「かへる」と読みます。
練習2
白文:誰学乎。
訓読文:誰カ 学ブ 乎。
書き下し文は「誰か学ぶ」とします。話し手は学ぶ人を探しており、相手が名前を答えるのを待っています。文の働きと現代語訳を答えましょう。また、「誰」があるだけでは文の働きを決められない理由も説明しましょう。
練習3
白文:兄令弟学。
訓読文:兄 令ム[二]弟ヲシテ 学バ[一]。
書き下し文と現代語訳を書き、実際に学ぶ人を答えましょう。「令」はここでは使役の用法です。
練習4
白文:弟被誉。
訓読文:弟 被ル[レ]誉メ。
書き下し文と現代語訳を書き、弟が動作をする側か受ける側かを答えましょう。また、この文だけでほめる人物を特定できるか説明しましょう。
答えと解説
練習1の答えは「兄未だ帰らず」、「兄はまだ帰っていない」です。抜けてはいけない意味は「まだ」です。「未だ」と先に読み、レで戻るときに「ず」を読むため、否定の「ず」も必要です。「帰らず」の「帰ら」は「かへら」と読みます。現代語訳では「帰らない」とするだけでなく、まだ実現していないことを表します。
練習2の答えは、疑問で「だれが学ぶのか」です。実際に名前という答えを求めていることが根拠です。「誰」を含む問いでも、学ぶ者などいないと強く述べる文脈なら反語になります。「乎」の働きは文頭の「誰か」と呼応しており、書き下しの最後に機械的に「か」を追加しません。
練習3の答えは「兄弟をして学ばしむ」、「兄は弟に学ばせる」で、学ぶのは弟です。書き下し冒頭の「兄弟」は熟語の「きょうだい」ではなく、主語「兄」と使役の対象「弟」が並んだものです。読むときは「兄、弟をして」と区切ると関係が明確になります。
練習4の答えは「弟誉めらる」、「弟はほめられる」です。弟は動作を受ける側で、ほめる人物はこの文だけでは特定できません。練習3に兄が登場したからといって、別の文である練習4に勝手に兄を補わないようにします。人物の補いは、文中や連続する文脈の根拠に基づいて行います。
次の単元へのつながりと家庭での確かめ方
句形の骨組みが見えるようになると、次に比較や仮定を学ぶときも、どのまとまりを比べているか、どこまでが条件かを捉えやすくなります。史伝の人物関係を読むときには、使役と受身が行動の責任や命令の向きを判断する手掛かりになります。思想の文章でも、反語で相手の考えを退けているのか、本当に問いを投げ掛けているのかが、主張の読み取りに関わります。
家庭では、次のどちらかを5分で試してみましょう。
- 例題1のA・B・Cの訳を隠し、「全員が学ぶ」「だれも学ばない」「全員とは限らない」のどれに当たるかを説明します。その後、答えと照らし、否定のかかる範囲を白文の上で指します。
- 例題3・4の文を1つずつ選び、紙に登場人物を置いて矢印を描きます。使役なら実際の動作、受身なら受ける側の主語を添え、書き下し文の助詞と一致するか確かめます。
個別指導で誤訳を確かめるときは、句形の名称だけでなく、返り点の読む順、動詞の未然形、主語と動作主の違いのどこからずれたかまで戻ります。保護者がお子さまに声を掛ける場合も、「訳を覚えたか」に加え、「どの字でそう考えたか」を聞くと、理解した箇所が具体的になります。
まとめ
「不」を読めても、何を否定したのかが曖昧なら訳は定まりません。「しむ」「らる」を書けても、だれが動いたのかが逆なら場面は別のものになります。答え合わせでは、正解の日本語を写す前に、原文のどの字やまとまりが自分の判断を変えたのかを探してみましょう。その1か所を説明できれば、次の初めて見る文でも同じ手順を使えます。
漢文の一字を読む責任は、その一字が変える否定の範囲と人物の役割まで確かめることにあります。
本気になった日が、入塾の日。
お子様の教育、迷ったら「丸投げ」してください。必ず、期待以上の結果で返します。武蔵野で育む、武蔵境で学ぶ。
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