連載「単元別のつまずき研究——その単元で、生徒は実際に何をどう誤るか」全50回の第17回です。学習の仕方の目次を見る
「微分って、結局何を求めているんですか」と、高校生が小さな声で尋ねてきました。黒板には微分係数の定義式が並び、その下に接線の傾きを求める計算が続いています。生徒は記号の操作には慣れていても、極限という考え方と、中学で学んだ「変化の割合」が頭の中でつながっていないのです。
微分の導入でつまずく生徒の多くは、計算ができないのではありません。極限という新しい概念が、それまでに学んできた「平均の変化の割合」の延長線上にあると感じられないところで立ち止まります。定義式の形は覚えられても、なぜ分母を限りなく小さくするのか、その操作が何を生み出すのかが、像として結ばないまま先へ進んでしまうのです。
今回は、微分の入り口にある「極限」と「変化の割合」の断絶に焦点を当てます。研究で報告されてきた誤概念を手がかりに、生徒がどのような誤ったイメージを持ちやすいのか、そして教室や家庭でどのように確かめればよいのかを具体的に示します。
要点(結論から)
- 微分の定義式は書けても、それが「平均の変化の割合」の極限であることを自分の言葉で説明できない生徒が少なくありません。
- 極限を「代入してはいけないが、近づけるとなんとなく値になる操作」程度に捉え、近づける対象と近づける意味を区別できていない場合があります。
- 「限りなく近づく」を「最終的にその値になる」と同一視し、極限を単なる代入の言い換えだと思っている生徒がいます。
結論——微分のつまずきは「極限を計算手順としてだけ覚え、変化の割合の極限として意味づけられない」ところに集中する
- 微分の定義式は書けても、それが「平均の変化の割合」の極限であることを自分の言葉で説明できない生徒が少なくありません。
- 極限を「代入してはいけないが、近づけるとなんとなく値になる操作」程度に捉え、近づける対象と近づける意味を区別できていない場合があります。
- 「限りなく近づく」を「最終的にその値になる」と同一視し、極限を単なる代入の言い換えだと思っている生徒がいます。
- 関数の値と極限値の違い、あるいは「近づく先」と「その点での値」の違いが曖昧なまま、微分係数の計算だけが先に進んでしまいます。
- 変化の割合の式に現れる「区間の幅」を、計算の途中で消える記号として扱い、その幅を限りなく小さくするという行為の意味を問えなくなっています。
理由——極限の概念像が未形成のまま、変化の割合と接続されずに微分へ進むから
極限は「近づく」という日常語のイメージに引きずられる
極限という言葉を初めて聞いた生徒は、日常の「限界」や「限度」という語感から出発します。「もうこれ以上は行けないところ」というイメージは、数学の極限が扱う「限りなく近づくが、必ずしも到達しない」という状態とずれています。このずれを言語化しないまま授業が進むと、生徒は極限を「到達点」や「最終的な値」として捉え続けます。
TallとVinnerは、数学的概念には形式的な定義とは別に、学習者が頭の中に作る「概念像」があると指摘しました。極限の場合、定義を暗記していても、頭の中では「近づいていって最後にたどり着く値」という像が働いていることがあります。この像は、多くの計算場面では表面上うまく機能するため、誤りが顕在化しにくいのです。
Tall D, Vinner S. Concept image and concept definition in mathematics with particular reference to limits and continuity. Educational Studies in Mathematics. 1981;12(2):151-169.
たとえば、ある関数について「xを2に限りなく近づけると、関数の値は5に限りなく近づく」という説明を聞いた生徒は、「xが2になったら、関数の値は5になる」と言い換えることがあります。この言い換えは、関数がその点で定義されていて値が一致する場合には結果として正しく見えます。しかし、極限の本質は「その点での値」ではなく「近づく先」にあるため、定義されていない点や値が飛んでいる点を扱ったときに破綻します。
変化の割合の「平均」と「瞬間」の区別がつかない
中学や高校の初期段階では、変化の割合は「xの増加量に対するyの増加量の比」として学びます。これは2点を結ぶ直線の傾きであり、区間全体での平均的な変化を表します。微分で求めるのは、その区間を限りなく狭めたときに近づく値、つまり瞬間の変化の割合です。
Ortonは、微分の理解を調べる中で、生徒が「平均の変化の割合」と「瞬間の変化の割合」を混同したり、区間を狭める操作の意味を十分に捉えられなかったりする例を報告しています。計算としては差分の式を書けても、その式が何を表しているのかを問われると、2点間の傾きという説明に戻れない生徒がいます。
Orton A. Students’ understanding of differentiation. Educational Studies in Mathematics. 1983;14(3):235-250.
たとえば、ある区間での平均の変化の割合を求めたあと、「では、この区間をもっと狭くするとどうなりますか」と尋ねると、生徒は「計算が面倒になる」と答えることがあります。これは、区間を狭くする操作を、より正確な近似を得るための手段としてではなく、単に数値を変えて再計算する手間として捉えている姿です。極限をとることで平均が瞬間へ変わるという発想が、まだ生まれていません。
極限の記号操作と意味理解が分離したまま定着する
微分の定義式は、多くの場合、記号の列として提示されます。生徒は「hを0に近づける」という表現を何度も書き、計算練習を重ねるうちに、式変形の手順には習熟します。しかし、その手順が「変化の割合の式の分母と分子を、区間の幅が限りなく小さい状況で考える」という意味を持つことに気づかないまま、問題が解けるようになってしまうことがあります。
Bezuidenhoutは、大学初年次の学生を対象に、極限と連続性に関する理解を筆記テストと面接で調べました。そこでは、極限に関するいくつかの誤概念が同定されています。学生たちは、極限の形式的な定義を学んだ後でも、関数の値と極限値を同一視したり、極限を「代入の一種」として扱ったりする傾向を示しました。
Bezuidenhout J. Limits and continuity: some conceptions of first-year students. International Journal of Mathematical Education in Science and Technology. 2001;32(4):487-500.
この研究が示すのは、極限の誤概念が高校段階で解消されず、大学に入ってからも残りうるということです。微分の計算ができるようになることと、極限の概念を理解することは別の課題であり、計算練習だけでは概念像は修正されません。むしろ、計算ができることで「自分はわかっている」という感覚が生まれ、誤概念が固定化する場合もあります。
誤答の例——極限と変化の割合が結びつかない生徒の頭の中
| よくある誤答 | その子が考えていること | 確かめる問いかけ |
|---|---|---|
| 「xを2に近づけると、関数の値は5になる」と書く | 近づけるとは、最終的にその点に到達することだと思っている | 「xが2のときに関数が定義されていなくても、近づく先は考えられるかな」 |
| 微分係数を求めるとき、hに0を代入して「分母が0になるから計算できない」と止まる | 極限をとる操作と代入を同じものとして扱っている | 「hを0にするのではなく、0に近づけると式の値は何に近づくかな」 |
| 平均の変化の割合と微分係数を同じものとして答える | どちらも「傾き」という言葉で習ったため、区別する必要を感じていない | 「平均の変化の割合はどの2点の間の話で、微分係数はどの点での話かな」 |
| 「限りなく近づく」を「とても小さい数になる」と読み替える | 極限を、小さな値を代入する近似計算だと思っている | 「とても小さい数を入れたときの値と、近づけた先の値は同じものかな」 |
| 微分の定義式を書けるが、「これは何を求めている式か」に答えられない | 記号の並びとして暗記しており、式の意味を問われた経験が少ない | 「この式の分数の部分は、中学で習った何の形に似ているかな」 |
机の前で1対1で確かめるときは、次の手順が有効です。
- まず、中学で学んだ変化の割合の式を書かせ、「これは何と何の比か」を言葉で説明させます。2点間の傾きという表現が出れば、土台は残っています。
- 次に、その2点の間隔を狭くした図を描き、点が近づくと直線がどう変わるかを観察させます。計算をさせずに、図の変化だけを言葉にさせることが重要です。
- そのうえで、微分の定義式を見せ、「この式のどこが、さっきの変化の割合と同じ形か」を指ささせます。分母と分子が対応することを確認します。
- 最後に、「hを0に近づける」という表現を、「区間の幅を限りなく狭くする」と言い換えさせ、そのとき分数全体が何に近づくかを考えさせます。
小学生の段階では、微分そのものは扱いませんが、変化の割合の素地となる「単位量あたりの大きさ」や「速さ」の学習で、2つの量の比を考える経験を積んでおくことが、後の接続を支えます。中学生では、一次関数の変化の割合を「xが1増えるとyがどれだけ増えるか」という数値としてだけでなく、グラフ上の2点を結ぶ直線の傾きとしても捉えられるようにしておくことが大切です。高校生では、微分の計算練習に入る前に、平均の変化の割合の式と微分の定義式を並べて、形の対応を確認する時間を取ることが、その後の理解を左右します。
よくある誤読——研究結果を「極限は教えても無駄」と読まない
誤読その1:誤概念があるから、定義を教えずに計算だけに絞るべきだ
極限に関する誤概念が広く見られるという研究結果を、「極限の概念は難しいから、深入りせずに微分の計算手順だけを教えればよい」と読むのは誤りです。研究が示しているのは、計算手順の習得と概念理解が別の層として存在し、計算ができても誤概念が残りうるということです。計算だけに絞る指導は、誤概念を温存したまま先に進むことにつながります。
むしろ、誤概念が残りやすいからこそ、定義の意味を繰り返し言葉にさせ、日常語のイメージとのずれを意識化する機会が必要です。極限を教えないのではなく、極限を「近づく先」として捉え直す活動を、計算と並行して行うことが求められます。
誤読その2:誤概念は高校生特有のもので、早期に正せば消える
Bezuidenhoutの研究対象は大学初年次の学生でした。このことは、極限の誤概念が高校を卒業した後も持続しうることを示しています。しかし、これは「高校で何をしても無駄だ」という意味ではありません。むしろ、高校段階で誤概念に気づき、修正する機会がなければ、大学以降も持ち越されるという警告として読むべきです。
また、誤概念は一度正せば完全に消える種類のものではなく、文脈によって顔を出すことがあります。定義を暗唱できることと、新しい問題場面で定義に立ち戻れることは別です。指導では、正しい説明を一度与えるだけでなく、異なる例で繰り返し「近づく先」と「その点での値」を区別する練習を積むことが有効です。
今週やること——極限と変化の割合をつなぐ3つの行動
- 微分を学んでいる生徒に、定義式を書かせたあと、「この式の分数部分は、中学で習った何と同じ形か」を尋ねます。答えられなければ、変化の割合の式を並べて示し、形の対応を確認します。
- グラフ用紙に放物線を描き、2点を結ぶ直線を引きます。片方の点をもう片方に近づけていき、直線が接線に近づく様子を、計算なしで観察させます。「点が近づくと、直線は何に近づくか」を言葉にさせます。
- 「xを1に近づける」と「xに1を代入する」の違いを、関数の値が定義されていない例を使って確かめます。近づく先は考えられるが、代入はできない場合があることを、具体例で確認します。
この記事で言えないこと
今回参照した研究は、特定の時期に特定の学習者群を対象として行われたものです。Bezuidenhoutの研究は南アフリカの大学初年次学生を対象としており、日本の高校生にそのまま当てはまるとは限りません。教育課程や指導の順序、使用する教科書の表現が異なれば、誤概念の現れ方も変わります。
また、これらの研究は誤概念の存在とその傾向を示していますが、個々の生徒がどのような概念像を持っているかは、実際に話を聞いてみなければわかりません。同じ誤答をしていても、その背後にある考え方は生徒ごとに異なります。本稿で示した誤答例は、あくまで典型的なパターンであり、すべての生徒に当てはまるわけではありません。
さらに、極限と変化の割合の接続がうまくいかない原因は、概念理解の問題だけとは限りません。それ以前の関数概念の曖昧さ、グラフの読解の苦手さ、あるいは記号操作への不安などが背景にある場合もあります。つまずきの所在を特定するには、計算の正誤だけでなく、生徒が自分の言葉で何を語るかに耳を傾ける必要があります。
当塾の立場
極限と変化の割合の接続は、家庭でも十分に取り組めます。グラフに直線を何本も引いて、点が近づく様子を観察する活動は、特別な教材がなくてもできます。定義式と中学の変化の割合の式を並べて「どこが同じか」を探す作業も、教科書とノートがあれば可能です。まずは家庭で、計算を急がずに言葉で説明させる時間を取ることをお勧めします。
そのうえで、塾が担えることがあるとすれば、生徒の説明を遮らずに聞き、誤概念がどこにあるかを特定する役割です。たとえば、微分の定義式を書かせたあと、「この式で、もしhを0に近づけなかったら、何が求められるか」と尋ね、答えに詰まったら、中学の変化の割合の式まで戻って一緒に確認するという手順を、1対1の対話の中で行うことができます。集団授業では流れてしまう「言い淀み」や「言い換えの不自然さ」に立ち止まれることが、個別指導の利点です。
関連する記事
出典
- Tall D, Vinner S. Concept image and concept definition in mathematics with particular reference to limits and continuity. Educational Studies in Mathematics. 1981;12(2):151-169.
- Orton A. Students’ understanding of differentiation. Educational Studies in Mathematics. 1983;14(3):235-250.
- Bezuidenhout J. Limits and continuity: some conceptions of first-year students. International Journal of Mathematical Education in Science and Technology. 2001;32(4):487-500.

