連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第14回です。学習の仕方の目次を見る
「あの子は数学が苦手」。一度そう見なされると、その見方はどこまで本人を変えてしまうのでしょうか。教師の期待が生徒の成績を作るという話は広く知られていますが、35年分の実証研究を整理した総説は、もっと慎重な結論を出しています。効果は起きる。ただし概して小さく、しかも累積するより消散しやすい。
この回で扱いたいのは、期待の効果を誇張することでも否定することでもありません。どこで強く働き、どこでは働かないかを分けることです。分けられれば、家庭や教室で注意すべき場面が特定できます。
要点(結論から)
- 教室で自己成就的予言は起きる。しかしその効果は一般に小さく、時間とともに消えていく傾向がある。
- 強い自己成就は、不利な立場に置かれた集団に選択的に生じうる。ここが最も注意を要する部分である。
- 教師の期待は、生徒の将来の成績をよく予測する。ただし予測できることと、期待が原因であることは別である。
結論——札は固定しない。ただし、固定される条件がある
- 教室で自己成就的予言は起きる。しかしその効果は一般に小さく、時間とともに消えていく傾向がある。
- 強い自己成就は、不利な立場に置かれた集団に選択的に生じうる。ここが最も注意を要する部分である。
- 教師の期待は、生徒の将来の成績をよく予測する。ただし予測できることと、期待が原因であることは別である。
- 札が固定化するのは、期待そのものより扱いの差が制度化されたときである。座席、教材、質問の量が変われば、実際の学習機会が変わる。
- 家庭でできるのは、能力についての言葉を減らし、行動と手順についての言葉を増やすことである。
理由——古典的な観察と、その後の整理
幼稚園で作られた区分が、数年持続した
リストは、1つの学級を幼稚園から小学校2年まで観察した研究を報告しました。幼稚園の教師が作った読みのグループは、学級の社会階級の構成を反映していました。そして、その区分は最初の数年を通じて持続しました。
Rist RC. Student Social Class and Teacher Expectations: The Self-Fulfilling Prophecy in Ghetto Education. Harvard Educational Review. 1970;40(3):411-451.
この研究が示したのは、心の中の期待というより、期待が座席配置と指導の量に変換されていたという事実です。上位のグループは教師の近くに座り、より多くの発話機会を得ていました。区分が持続したのは、思い込みが強かったからではなく、与えられた学習機会が実際に違ったからだと読めます。
ここは重要な区別です。期待が直接に能力を変えるのではなく、期待が扱いを変え、扱いが経験を変える。介入すべき地点は、心ではなく扱いのほうにあります。
35年分を整理すると、効果は小さかった
ジャシムとハーバーは、教師期待と自己成就的予言について、35年間の実証研究を整理しました。
Jussim L, Harber KD. Teacher Expectations and Self-Fulfilling Prophecies: Knowns and Unknowns, Resolved and Unresolved Controversies. Personality and Social Psychology Review. 2005;9(2):131-155.
結論は4点に整理されています。第一に、教室での自己成就的予言は確かに起きるが、効果は概して小さく、観察者をまたいで、あるいは時間を通じて大きく累積することはなく、むしろ消散しやすい。第二に、強い自己成就は、不利な立場に置かれた集団の生徒に選択的に生じうる。第三に、知能に影響するかどうか、また全体として害のほうが大きいかどうかは未解決である。第四に、教師の期待は生徒の成績をよく予測するが、その多くは期待が正確であることによる。
4点目は、しばしば誤読される部分です。教師が「この子は伸びる」と思った生徒が実際に伸びたとしても、それは予言が当たったのではなく、教師が正確に見ていた可能性が高い。期待の効果を測るには、期待をランダムに操作する必要があります。
具体例——札が固定化する3つの経路
効果が一般に小さいのなら、なぜ「苦手」というラベルはこれほど根強く感じられるのでしょうか。固定化には、期待以外の経路があります。
| 経路 | 何が起きているか | 介入の場所 |
|---|---|---|
| 学習機会の差 | 質問される回数、任される役割が減る | 扱いを揃える |
| 自己像への取り込み | 「自分は数学の人間ではない」と本人が説明に使う | 言葉を行動に向ける |
| 回避の蓄積 | 苦手な教科を後回しにし、差が実際に開く | 着手の順番を変える |
3つとも、心の中の期待ではなく行動の蓄積です。だからこそ、行動の側から崩せます。
今日からできること
- 能力ではなく手順の言葉を使う。 「数学が苦手」ではなく「文章題で式を立てる段階で止まる」。範囲が狭くなると、対処が具体的になります。
- 苦手な教科を、1日の最初に置く。 回避の蓄積を断つ最も単純な方法です。疲れてからでは手がつきません。
- 過去の記録で反証を作る。 「できなかった」と言う本人に、できた回の記録を見せます。記録があれば、自己像は事実で修正できます。
- 「向いていない」と言われたら、期間を区切って試す。 3週ぶん取り組んだ結果で判断する、と決めます。判断の時点を決めておくのは、第4回で扱った撤退基準と同じ考え方です。
- 周囲の大人の言葉を揃える。 家庭と学校と塾で言い方が違うと、本人の中で一貫した説明ができません。「範囲を狭く言う」だけ揃えれば十分です。
学年で変えるところ
- 小学生——リストの観察が示したように、早い時期の区分が持続しやすい年代です。「できる子・できない子」という語を家庭で使わないだけでも効きます。
- 中学生——教科ごとの自己像が固まり始めます。定期テストの結果を、教科全体ではなく単元単位で読む習慣をつけると、固定化を防げます。
- 高校生——文理選択という制度的な区分が入ります。ここでの選択は、能力の判断ではなく、興味と経路の判断として扱うほうが後悔が少なくなります。
「当たっている期待」と「作っている期待」を見分ける
総説の4つ目の結論——教師の期待が成績をよく予測するのは、期待が正確だからである——は、日常の判断にも当てはまります。大人が「この子は算数が弱い」と感じるとき、その多くは観察に基づいています。観察が当たっていること自体は問題ではありません。
問題になるのは、当たっている観察を固定した属性として扱うときです。「いま、この単元でつまずいている」は観察です。「この子は算数ができない」は属性への変換です。前者は時間とともに変わりますが、後者は変わりません。
見分ける方法は簡単で、その判断に日付と範囲が付いているかを確かめることです。「6月の時点で、比例の文章題が解けない」には日付と範囲があります。「算数が苦手」には、どちらもありません。日付と範囲のない判断は、反証される機会を持たないので、いつまでも残ります。
家庭でも学校でも、記録を残すときはこの形にしておくと安全です。日付と範囲があれば、3か月後に同じ記録を見て「もう当てはまらない」と判断できます。ラベルが消えるのは、忘れられたときではなく、反証されたときです。
自分で自分に貼る札
ここまで、周囲からの札を扱ってきました。しかし実際に最も強く効くのは、本人が自分に貼る札であることが多いものです。「自分は理系じゃない」「昔から国語だけはだめ」。これらは、たいてい具体的な失敗の記憶から作られています。
自己ラベルの厄介なところは、説明として便利である点です。できなかった理由を一言で説明でき、しかもそれ以上考えなくてよくなります。便利であるぶん、手放しにくい。
崩し方は、周囲の札と同じです。範囲を狭める質問をします。「国語のどこが? 漢字? 記述? 選択肢?」と分けていくと、たいてい全部ではないことが分かります。全部ではないと分かった時点で、札は札として機能しなくなります。
そして、狭めた範囲に対して実際に手当てをし、結果が出ると、記録が反証として残ります。第1ブロックで扱った記録の話は、ここでも効きます。記録は、時間の使い方を測るためだけのものではなく、自分についての説明を更新するための材料でもあります。
最も注意すべきは、不利な立場に置かれた子ども
総説が挙げた「強い自己成就は不利な立場の集団に選択的に生じうる」という点は、実務上とりわけ重要です。平均としては効果が小さくても、特定の子どもには強く働きうるということだからです。
学習の場面でこれが現れるのは、たとえば次のような状況です。学習の遅れが家庭の事情に由来している子どもが、努力不足として扱われる。日本語の運用に困難がある子どもが、理解力の不足として扱われる。体調や特性による困難が、態度の問題として扱われる。
いずれも、原因の誤った帰属が扱いの差を生み、扱いの差が結果を作ります。防ぐ方法は単純で、「なぜできないのか」の仮説を複数持つことです。一つの説明で決めてしまわないかぎり、扱いは固定しません。
よくある失敗——期待を上げれば伸びると考える
ピグマリオン効果の通俗的な理解は、「期待すれば伸びる」というものです。しかし総説の結論は、効果が概して小さく、消散しやすいというものでした。期待を上げるだけで結果が変わると考えるのは、期待できる効果を過大に見積もっています。
さらに、期待だけを上げる副作用もあります。第12回で見たように、見通しのない期待は回避を生みます。「あなたならできる」と繰り返されるほど、できない自分を見せられなくなる。
実務的な結論は、期待の水準を操作するのではなく、扱いの差をなくし、手順を具体化することです。これは心理的な働きかけではなく、機会の配分の問題です。
保護者ができること——原因の説明を複数持つ
家庭で最も効くのは、できなかったときの説明の仕方です。次の3つを区別してください。
- 能力に帰属する。 「頭の問題」「向いていない」。変えられないものに原因を置くため、行動が止まります。
- 努力に帰属する。 「やっていないから」。行動には向きますが、実際にやっていた場合は不当な非難になります。
- 手順と条件に帰属する。 「この単元の前提が抜けている」「解く時間が足りていない」。最も具体的で、次の行動が決まります。
3番目を選ぶには、実際に答案を見る必要があります。手間はかかりますが、この手間が札の固定を防ぎます。そして、原因の候補を複数持っている大人のもとでは、子どもも自分を一言で説明しなくなります。
自分の言葉で書く場面——評判が筆を鈍らせる
ラベリングの考え方は、他者から貼られる札だけでなく、自分で書く文章の場面にも当てはめて考えることができます。作文や感想文で「私はこういう人間です」と書き始めると、その後の記述がその一行に引っ張られることがあります。書き出しの一言が、後半の内容を狭めてしまう場合です。
たとえば、国語の授業で自分の経験を書くとき、最初に「苦手だった」と書くと、その後の記述が苦手だった話に寄っていくことがあります。逆に、出来事を先に書き、評価を後に回すと、書ける内容の幅が広がることがあります。順序を変えるだけで、同じ経験が別の見え方になることがあります。
この見方は、ノートの取り方にも当てはまります。間違えた箇所に印をつけるとき、その印の意味を「できない印」と決めてしまうと、後で見返すときに同じ印象が再生されます。印の意味を場面ごとに変えておくと、見返すときの構えが変わることがあります。道具の使い方一つで、札の効き方が変わるものです。
レッテルを貼られた側——期待されないことが成績を下げる
この考え方を実行に移すとき、つまずきやすいのは、言葉を言い換える作業を大人が代わりにやってしまうことです。言い換えられた言葉は整っていますが、子ども自身がその言葉を選んでいないため、次の場面で使われにくいことがあります。時間がかかっても、本人が選ぶ場面を残すほうが続きやすいと考えられます。
また、一度貼られた札を外そうとして、その札の存在を何度も話題にすると、かえって意識に残ることがあります。触れない時間を置くほうが、自然に薄れることがあります。特に、本人がその言葉を使わなくなった後で大人が蒸し返すと、戻ってしまうことがあります。
さらに、場面によっては、札を外すより環境を変えるほうが早いこともあります。席の位置、一緒に作業する相手、取り組む時間帯を変えるだけで、同じ課題への向き合い方が変わることがあります。言葉だけで解決しようとすると、行き詰まりやすいと考えられます。小さな環境の調整を並べて試すことが助けになります。
この記事で言えないこと
リストの研究は1つの学級の観察に基づくもので、そこから一般的な効果の大きさを推定することはできません。強い示唆を与える研究ですが、平均的な効果量の根拠としては使えません。
また、ジャシムとハーバーの整理は米国の研究を中心としたものです。日本の教室で期待がどう伝わり、どう扱いに変換されるかは、学級規模や指導の形式によって異なります。知能への影響や、全体として害が大きいかどうかは、総説自身が未解決としています。
この記事の主張は控えめです。期待の効果は思われているほど大きくない。しかし扱いの差は実際の学習機会を変える。だから見るべきは心ではなく扱いである、という3点です。
当塾の立場
範囲を狭く言う、苦手を先に置く、記録で反証を作る。いずれも家庭でできます。塾は必要ありません。
そのうえで、武蔵野個別指導塾が気をつけているのは、生徒を能力の語で語らないことです。記録に残すのは「何ができて、どこで止まったか」だけにしています。担当が代わっても同じ情報が引き継がれるようにするためであり、同時に、札を引き継がないためでもあります。指導の記録に「苦手」と書いた瞬間、次の担当の扱いが変わってしまうからです。
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出典
- Rist RC. Student Social Class and Teacher Expectations: The Self-Fulfilling Prophecy in Ghetto Education. Harvard Educational Review. 1970;40(3):411-451.
- Jussim L, Harber KD. Teacher Expectations and Self-Fulfilling Prophecies: Knowns and Unknowns, Resolved and Unresolved Controversies. Personality and Social Psychology Review. 2005;9(2):131-155.

