リスニングの速さと音声変化——聞き取れない原因は速度か語彙か
試験場で、放送が終わったあとに、聞き取れなかった、と思うことがあります。速すぎた、とも思う。音が変わって聞こえた、とも思う。語が足りないからだ、とも思う。三つの声は、同じ「聞き取れなさ」に見えます。見え方と、研究が述べている層が同じかは、別です。
Griffiths は、話速とリスニング理解の関係を、さらに確かめる実験として置いています [1]。論文の表題は “Speech Rate and Listening Comprehension: Further Evidence of the Relationship” です。1992年の報告です。扱うのは、下位中級の、日本語話者 EFL 学習者における、3 段階の話速比較です。英検リスニングの本番速度や、級別の合格ラインそのものを測った研究ではありません。下位中級の日本語話者 EFL であり、英検の級の名簿ではない、ということを、この回は最初に言います。後でもう一度言います。英検にそのまま当てはまる、とは書きません。1992年の報告について、この回が使うのは、関係の全体的な性質と、新しい録音の速さの段階と、先行研究への言及です。3 段階を比べた結果の数値は、この回が使う範囲にはありません。無い数値を、遅速が勝った、という二次の要約としては書きません。
Zhao は、聞き手が話速を制御できるとき、第二言語の理解がどう変わるかを見ています [2]。論文の表題は “The Effects of Listeners’ Control of Speech Rate on Second Language Comprehension” です。1997年の報告です。扱うのは、学習者に話速の制御を与えた状況です。英検の本番は、速度が固定され、一方向に再生されます。制御を与えられた実験であり、英検の本番ではない、ということを、この回は最初に言います。後でもう一度言います。英検にそのまま当てはまる、とは書きません。
結論を先に言います。一定の水準を超えると、理解度は話速の上昇に伴い低下する。この関係の全体的な性質は明らかである、と1992年の報告は述べています [1]。話速はリスニング理解に影響する主要因子として特定されている。遅い速度が理解を助けるという常識的信念にもかかわらず、実証研究は矛盾する結果を示している、と1997年の報告は述べています [2]。制御を与えられたとき、学習者のリスニング理解は向上した。理解の向上は話速を遅くすることによって達成された、とも述べています [2]。一定の水準を超えると低下する、と、英検の本番は速すぎる、は違います。主要因子、と、聞き取れない原因は速度だけだ、も違います。制御を与えられたときの向上、と、遅くすれば必ず聞き取れる、も違います。どちらも、英検リスニングの速度の手順書ではありません。
先に、この回がしないことも言っておきます。一次証拠は、下位中級の日本語話者 EFL における話速比較の設計と、学習者が自分で速度を調整できる状況の実験です。英検リスニングの本番速度・級別の合格ラインを、一次資料としては扱いません [1]。聞き取れない原因を速度だけに帰結させません。遅くすれば必ず聞き取れる、とも単純化しません。制御のある実験を、速度固定・一方向再生の本番に、そのまま当てはめません [2]。シャドーイングの話は、すでに別稿があります。この回では再説明しません。語彙カバー率の話も、すでに別稿があります。再説明しません。高校のリスニング先読みも、一次の時間圧力も、すでに別稿があります。再説明しません。睡眠、運動、教室環境も、軸にしません。この回の軸は、話速と理解の関係と、速度を自分で動かせるときの理解を、同じ重さで置くことです。受験者の聞き取れなさを、準備不足だとは決めつけません。学習者の耳を、欠点の証明にもしません。
1. 速さ・音声の変化・語彙は、同じ「聞き取れなさ」ではない
受験者が「聞き取れない」と呼ぶものの中には、いくつかの層が混ざります。話速が速いこと。音のつながりや変化に聞こえること。語を知らないこと。自分で再生を止められないこと。層が混ざったまま、「遅い音源で聴け」と言うと、どの層の、どのテストの話なのかが見えなくなります。
Griffiths が置いているのは、話速と理解の関係です [1]。英検の級別の放送速度そのものではありません。置いているのは、一定の水準を超えると、理解が話速の上昇に伴い低下する、という関係の性質です。性質があることと、聞き取れない原因は速度だ、という口語の助言は、最初から違います。違うものを、同じ「速さ」という言葉で結ぶと、聞き取れなさが一つの勝者に見えます。見せません。
Zhao が置いているのも、話速の制御です [2]。語彙の大きさそのものを測った研究ではありません。制御と、本番の一方向再生は、層が違います。層が違うものを、当日の聞き取りの手順に溶かすことはしません。語彙カバー率の話は、別稿の層です。この回は、その層を厚くやり直しません。速さの層と、語彙の層を、同じ「聞き取れなさ」で結ぶと、遅い音源が一つの方針に見えます。見せません。
英検のリスニングに、放送速度が載ります。載ることと、1992年の話速比較が測っている学習者群が同じであることは、別です。別である、を、本番では速さは関係ない、と読むこともしません。関係がある、と著者が書いているのは、話速と理解の側です。側があることと、英検の放送速度が同じ式であることは、違います。違う、を、この回の入口に置きます [1] [2]。
学習者本人が読むときの形も、同じ範囲に置きます。「聞き取れなかったから、自分は耳が足りない」。その物語を、この二つの報告は支えていません。支えていないことと、聞き取れなさが無い、は、また別です。話速の話があることと、向き不向きの判定であることは、層が違います。層を混ぜて、本人を責める文にはしません。
2. 一定の水準を超えると、理解は話速の上昇に伴い低下する
1992年の報告が入口に置いているのは、英検の秒数ではありません。関係の性質です [1]。ここでも、最初に限界を言います。下位中級の日本語話者 EFL における話速比較です。英検リスニングの本番速度・級別の合格ラインではありません。
一定の水準を超えると、理解度は話速(SR)の上昇に伴い低下する。この関係の全体的な性質は明らかである。
一定の水準を超えると、です。条件が付いています。どんな速さでも遅いほどよい、という書き方ではありません。一定の水準、です。その水準の秒数を、この一文は書いていません。書いていない秒数を、英検の放送速度の切点として足すことはしません。足すと、著者が書いていない別の切点が生まれます。生まれた切点を、級の目安の顔で出すことはしません [1]。
全体的な性質は明らか、です。性質、です。この実験の比較結果の数値、という書き方ではありません。明らか、の主語は、関係の向きです。向きがあることと、英検の本番がこの向きのどちら側にいるかは、別です。別である位置を、この回は足しません。無い位置を、級別の合格ラインにはしません。
話速、です。著者が SR と呼ぶ量です。音声変化の一覧、という書き方ではありません。音のつながりや弱化を、この報告は測っていません。測っていない変化を、聞き取れなさの原因の勝者にすることはしません。しないことと、音声の変化は無関係だ、と読むこともしません。無関係だ、と読むと、速さの話が、耳の全部の話に見えます。見せません。著者が書いたのは、話速と理解の関係です。関係があることと、聞き取れない原因は速度だけだ、は、違います。違う、がこの節の上限です [1]。
理解度、です。リスニング理解です。英検の級の合否、ではありません。合否に読み替える点数は、この回にはありません。無い点数を、偏差値の動きにしない。学習者本人が読むときの形も、ここに置きます。「速かったから、自分は理解できなかった」。その一文を、この性質の言い換えとしては使いません。性質は、一定の水準を超えた話速と理解の関係です。本人の欠点の証明ではありません。
3. 新しい録音は 5・3.75・2.5 音節毎秒の 3 段階である。比較の結果数値はこの回にはない
性質のあと、著者らは、この実験の目的と、録音の用意を置きます [1]。用意がある、を、結果が出た、と読まない、がこの節の中心です。
- 本研究は、特定の学習者群・特定のテキストにおいて、話速が上がると理解がどの程度・どの速度で低下するかを示すことを目的とする。
- 新しい録音はおよそ 5 sps・3.75 sps・2.5 sps の 3 段階で用意された。
目的とする、です。目的、です。目的があることと、その目的どおりの結果数値が、この回の一次の範囲に入っていることは、別です。別である数値を、この回は足しません。足さない理由は、慎重さの演出ではありません。この回が使う範囲に、3 段階を比べた結果の数値が無いからです。無い数値を、遅速が平均よりよく、平均が高速よりよい、という二次の要約としては書きません。二次の要約を、根拠の顔で出すことはしません [1]。
特定の学習者群・特定のテキスト、です。下位中級の日本語話者 EFL、です。英検の全級、ではありません。特定、という語が正確です。特定を外して、どんな学習者でも同じ 3 段階だ、という一般法則にはしません。一般法則にすると、著者が書いていない範囲が生まれます。生まれた範囲を、級の対応表の顔で出すことはしません。
およそ 5 sps、3.75 sps、2.5 sps、です。音節毎秒です。およそ、です。正確な一点、ではありません。3 段階です。この三つを平均して、新しい速さを作ることはしません。作ると、英検の放送速度に見える数字が生まれます。生まれた数字を、本番の目安の顔で出すことはしません。3 と 5 を足したり、割ったりすることもしません。著者が書いたのは、用意された 3 段階です。書いた段階を、英検の級の 3 つの速度にはしません [1]。
どの程度・どの速度で低下するかを示す、です。示すことを目的とする、です。示した数値を、この回が新しく作る位置ではありません。作ると、1992年の実験の結果表が、ここに見えます。見せません。見せないことと、3 段階の録音は無関係だ、と読むこともしません。録音の用意は、この報告の設計です。設計があることと、英検の当日の再生速度がこの 3 つのどれかであることは、別です。別である再生速度を、この回は足しません。
4. 先行研究では、200 語毎分を超える話速が下位中級の理解を損なう
用意の隣に、著者らは、モデルにした先行研究を置きます [1]。先行研究の数値を、1992年の実験の結果だ、と読まない、がこの節の上限です。
先行研究(Griffiths, 1990a)では、200 wpm(3.8 sps)を超える話速が下位中級学習者の理解を損なうことが示されている。
先行研究、です。1990年の報告です。1992年の実験そのものの結果、ではありません。要旨の中の引用です。引用である、を、入口に残します。残したまま、1992年が同じ数値を出した、とは書きません。書いていない同一視を、根拠の顔で出すことはしません [1]。
200 wpm、です。語毎分です。3.8 sps、です。音節毎秒です。200 を超える、です。超える、です。200 ちょうど、ではありません。3.8 を超える、です。この二つを平均して、新しい切点を作ることはしません。作ると、英検の放送速度の秒数に見える数字が生まれます。生まれた秒数を、級の壁の顔で出すことはしません。
下位中級学習者、です。損なう、です。損なう、の対象は、下位中級学習者の理解です。英検の級の名前ではありません。名前でないものを、3 級や準 2 級の対応表に読み替えることはしません。対応表は、この回が使う範囲にはありません。無い表を、次の級へ移る時期の規則として配ることはしません。次の級の話は、すでに別稿があります。この回では再説明しません [1]。
200 語毎分を超える話速が理解を損なう、を、英検の本番は 200 を超えている、という文にはしません。超えているかどうかは、この報告の外です。外である、を、英検は無関係だ、と読むこともしません。無関係だ、と読むと、先行研究の切点が、捨ててよい話に見えます。見せません。残る報告は、下位中級学習者において、200 wpm/3.8 sps を超える話速が理解を損なう、という先行研究の指摘です。指摘と、英検の合格ラインは、別です。別である合格ラインを、この回は足しません。
5. 学習者が出会う話速の幅は、先行研究より広い
切点の隣に、著者らは、記述研究の幅を置きます [1]。幅が広い、を、もっと速く練習せよ、と読まない、がこの節の上限です。
- 記述研究では、学習者が遭遇する話速の幅は、先行研究の 1.93–3.8 sps より広い。
- Tauroza と Allison(1990)は平均の話速を 230–280 spm(3.8–4.7 sps)と報告している。
より広い、です。先行研究の 1.93 から 3.8 音節毎秒より広い、です。広い、の主語は、学習者が出会う話速の幅です。英検の放送が広い、という記述ではありません。記述でないものを、実施要項の速度表にはしません。速度表にすると、記述研究が、当日の再生の批判に見えます。見せません [1]。
1.93 から 3.8、です。230 から 280、です。3.8 から 4.7、です。著者が書いた範囲です。この六つを平均して、新しい速さを作ることはしません。作ると、本番の目安に見える数字が生まれます。生まれた数字を、遅い音源の目標の顔で出すことはしません。spm は音節毎分、sps は音節毎秒です。単位が違うものを、同じ「速さ」で足すこともしません。
平均の話速、です。Tauroza と Allison の1990年です。これも、1992年の要旨の中の引用です。引用である、を残します。残したまま、英検の平均速度だ、とは書きません。平均、です。全ての話し手がこの幅だ、ではありません。幅があることと、聞き取れない原因はこの幅だ、は、違います。違う幅を、当日の加速の命令にはしません [1]。
学習者が遭遇する、です。教室の外で出会う速さの広がり、という位置です。位置を、本番の音源を速くせよ、という練習の命令に翻訳することはしません。翻訳すると、記述研究が、家庭の音源の手順に見えます。見せません。著者が置いているのは、先行研究が調べた速さより、実際に出会う速さの幅が広い、という観察です。観察があることと、遅い音源だけが正解であることは、別です。別である正解を、この回は配りません。
1992年が置いたのは、関係の性質と、3 段階の録音の用意と、先行研究の引用です [1]。1997年が置いているのは、速度の制御です。性質と、制御は、同じ「速さ」という言葉で結びたくなる。結びは、分かりやすい。分かりやすい結びは、測っている層が同じだ、という前提を、黙って置きます。この回は、その前提を置きません。並べる。溶かす、ではない。
6. 話速は主要因子である。遅い速度が助けるという常識は、矛盾する結果と並ぶ
1992年の隣に、1997年の制御の実験を置きます [2]。隣に置く、を、同じ助言だ、とは言いません。ここでも、最初に限界を言います。学習者が自分で速度を調整できる状況の実験です。英検本番の、速度固定・一方向再生に、そのまま当てはめません。
- 話速はリスニング理解に影響する主要因子として特定されている。
- 遅い速度が理解を助けるという常識的信念にもかかわらず、実証研究は矛盾する結果を示している。
- 話速とリスニング理解の先行研究には方法論的問題があった。
主要因子、です。主要、です。唯一、ではありません。唯一に上げると、聞き取れない原因は速度だけだ、という文になります。その文は、著者が書いていません。書いていない文を、この回は作りません。主要因子である、を、速度は関係ない、と読むこともしません。関係がある、と著者が書いているのは、話速が理解に影響する、という位置です。位置と、原因の全部が速度であることは、違います。違う、がこの節の入口です [2]。
常識的信念、です。遅い速度が理解を助ける、という信念です。にもかかわらず、実証研究は矛盾する結果を示している、です。矛盾、です。遅ければ必ずよい、という書き方ではありません。矛盾する結果がある、と著者が書いている以上、この回が「遅くすれば必ず聞き取れる」と短くすることはできません。短くできないことと、遅さは無意味だ、と読むこともしません。無意味だ、と読むと、常識の否定が、速さのすすめに見えます。見せません。
方法論的問題、です。先行研究には方法論的問題があった、と著者らは書いています。問題がある、という位置です。位置を、1992年の報告は無効だ、という一文にはしません。無効にすると、並べた二つの報告の片方が、但し書きに下がります。下げません。著者が書いたのは、先行研究の方法論的問題です。問題があることと、話速は測れない、は、違います。違う問題を、研究は捨ててよい、と読む根拠にもしません [2]。
1992年が、一定の水準を超えると理解が低下する、と書いたことと、1997年が、遅い速度が助けるという常識に矛盾する結果がある、と書いたことは、同じ「遅さ」の話に見えます。見え方と、測っている操作は、別です。一方は、話速の段階と理解の関係です。他方は、制御の有無と、常識への反証です。近い「遅さ」を、同じ量の反復としては読めません [1] [2]。
7. 制御を与えられたとき理解は向上した。向上は遅くすることによって達成された。舞台は本番ではない
入口のあとに、著者らは操作と結果を置きます [2]。向上がある、を、本番でも遅くせよ、と読まない、がこの節の上限です。
- 学習者に話速の制御を与え、個人(グループ平均ではなく)に注目した。
- 制御を与えられたとき、学習者のリスニング理解は向上した。
- 理解の向上は話速を遅くすることによって達成された。
制御を与え、です。学習者に話速の制御を与えた、です。与えた、という操作です。英検の本番は、速度が固定されています。一方向に再生されます。受験者が再生を遅くする制御は、本番の手続きにはありません。無い制御を、あるかのように書くことはしません。書かないことと、制御の実験は無関係だ、と読むこともしません。無関係だ、と読むと、向上の話が、捨ててよい話に見えます。見せません。残る報告は、制御を与えられたときの理解の向上です。向上と、英検の一方向再生は、別です [2]。
個人に注目した、です。グループ平均ではなく、です。平均で見ない、という位置です。位置を、全員が同じ遅さで向上する、という文にはしません。文にすると、個人への注目が、一律の遅さの命令に見えます。見せません。著者が置いたのは、個人に注目する、という方法です。方法があることと、受験者一人ひとりの耳の診断であることは、別です。別である診断を、向き不向きの判定にはしません。
向上した、です。遅くすることによって達成された、です。達成された、の舞台は、制御を与えられた状況です。状況を外して、遅くすれば必ず聞き取れる、という一般法則にはしません。一般法則にすると、前の節の矛盾する結果が落ちます。落としません。矛盾する結果と、制御下の向上は、両方残します。両方残す、がこの節の中心です [2]。
話速を遅くする、です。音声変化を消す、という書き方ではありません。語彙を足す、という書き方でもありません。遅くする、です。遅くする操作を、語彙カバー率の話に溶かすことはしません。語彙の話は、すでに別稿があります。この回では再説明しません。シャドーイングの話も、すでに別稿があります。再説明しません。別稿の層を、ここに厚くやり直すことはしません。
学習者本人が読むときの形も、ここに置きます。「自分で遅くできなかったから、聞き取れなかった」。その物語を、この報告は、本番の採点としては支えていません。支えていないことと、制御下の向上が無い、は、また別です。向上があることと、本番で遅くできないことが欠点であることは、層が違います。層を混ぜて、本人を責める文にはしません。責めない、を、遅ければ必ずよい、と読むこともしません。どちらも、この節の外です [2]。
8. 二つの研究を並べる。聞き取れない原因を速度だけにはしない
ここまでを一度だけ表にします。新しい数値は足しません。
| 側 | 著者が述べていること |
|---|---|
| 1992年の対象 | 下位中級の日本語話者 EFL。3 段階の話速比較。英検リスニングの本番速度・級別の合格ラインそのものではない [1] |
| 1992年の関係 | 一定の水準を超えると、理解度は話速の上昇に伴い低下する。全体的な性質は明らか。水準の秒数は書いていない [1] |
| 1992年の録音 | およそ 5 sps・3.75 sps・2.5 sps の 3 段階。比較の結果数値は、この回が使う範囲にはない [1] |
| 1992年の先行研究 | 200 wpm(3.8 sps)を超える話速が下位中級の理解を損なう。学習者が出会う幅は 1.93–3.8 sps より広い。平均 230–280 spm(3.8–4.7 sps)という引用もある。1992年の実験結果そのものではない [1] |
| 1997年の対象 | 学習者が話速を制御できる状況。個人に注目。英検本番の速度固定・一方向再生ではない [2] |
| 1997年の入口 | 話速は主要因子。遅い速度が助けるという常識に、矛盾する結果がある。先行研究には方法論的問題があった [2] |
| 1997年の結果 | 制御を与えられたとき理解は向上した。向上は遅くすることによって達成された。必ず聞き取れる、ではない [2] |
| 英検リスニングの当日点 | この二つの報告からは決まらない。原因を速度だけに帰す文にも、遅くすれば必ず聞き取れるという文にも、出てこない |
表の読み方は、上下の勝敗ではありません。上段の1992年は、話速と理解の関係の性質と、録音の用意と、先行研究の引用です。中段の1997年は、制御の有無と、常識への反証と、制御下の向上です。下段の英検リスニングの当日点は、どちらの報告にも無い層です。無い層を、表の空欄のまま置きます。
関係の性質と、制御下の向上を、平均した新しい方針は、作りません。測っている層が違います。一方は、話速が上がると理解が低下する、という関係です。他方は、自分で速度を動かせるときの理解です。近い「遅さ」を、同じ量の反復としては読めません [1] [2]。
試験場での見え方に一度だけ引き直します。新しい数値は足しません。放送が終わって、聞き取れなかった、と思う。1992年の報告は、一定の水準を超えると理解は話速の上昇に伴い低下する、と書き、3 段階の録音を用意した、と書いています。比較の結果数値は、この回にはありません [1]。1997年の報告は、話速は主要因子だ、と書き、同時に、遅い速度が助けるという常識には矛盾する結果がある、とも書いています。制御を与えられたとき理解は向上し、その向上は遅くすることによって達成された、とも書いています。書いてある主語は、制御を与えられた学習者です [2]。引き直した結果として出てくるのは、当日の遅さの命令ではありません。話速の関係と、制御の実験を、英検の本番速度の手順に溶かさない、という確認の形です。
シャドーイングの話は、すでに別稿があります。語彙カバー率の話も、すでに別稿があります。高校のリスニング先読みも、一次の時間圧力も、すでに別稿があります。この回の二つの報告は、その話ではありません。話速と理解の関係と、速度の制御です。別稿の層を、ここに厚くやり直すことはしません。睡眠や運動を、聞き取れなさの代わりに置くこともしません。級別のロードマップも、軸にしません。置く軸は、話速の研究があることと、聞き取れない原因を速度だけにはしないことです [1] [2]。
9. 【反証】この回が言えないこと
第一に、一次証拠は二篇です。Griffiths の1992年と、Zhao の1997年です [1] [2]。英検リスニングの本番速度・級別の合格ラインを、一次資料として測った研究ではありません。合否も、級の得点差も、この二つの報告は述べていません。英検そのものの研究ではありません。英検にそのまま当てはまる、とは書いていません。
第二に、1992年は下位中級の日本語話者 EFL、特定の学習者群・特定のテキストにおける話速比較です。日本語話者である、を、英検受験者全体だ、と読むことはできません。一定の水準を超えると理解が低下する、は、英検の放送がこの水準を超えている、という意味ではありません。水準の秒数は、この一文にはありません [1]。
第三に、およそ 5 sps・3.75 sps・2.5 sps は、新しい録音の 3 段階です。3 段階を比べた結果の数値は、この回が使う範囲にはありません。遅速が平均よりよい、平均が高速よりよい、という二次の要約を、1992年の確定事実としては書いていません。無い数値を、英検の再生速度の手順にはできません [1]。
第四に、200 wpm(3.8 sps)を超える話速が下位中級の理解を損なう、は先行研究(Griffiths, 1990a)の指摘です。1992年の実験そのものの結果ではありません。1.93–3.8 sps より広い幅も、230–280 spm(3.8–4.7 sps)も、要旨の中の引用です。引用を、英検の平均速度や合格ラインに換算する対応表は、ありません [1]。
第五に、Zhao は学習者が自分で速度を調整できる状況の実験です。英検本番の速度固定・一方向再生に、そのまま当てはめることはできません。制御を与えられたときの向上を、本番でも遅くできる、という文にはできません [2]。
第六に、話速は主要因子である、を、聞き取れない原因は速度だけだ、という帰結にはできません。主要、です。唯一、ではありません。遅い速度が理解を助けるという常識に、矛盾する結果がある、とも書いてあります。遅くすれば必ず聞き取れる、という単純化は、この報告からは出てきません。出ない単純化を、遅さは無意味だ、と読むこともしません [2]。
第七に、理解の向上は話速を遅くすることによって達成された、の舞台は、制御を与えられたときです。個人に注目した、であり、グループ平均ではありません。個人への注目を、受験者の耳の診断にはできません。方法論的問題は、先行研究についての記述です。1992年を無効にする一文ではありません [2]。
第八に、二つの研究を合成して、新しい数値を作ることはできません。関係の性質と、制御下の向上を平均した遅さの方針も、この回からは出てきません。聞き取れない原因を速度だけに帰す文も、書いていません。音声変化の一覧を、この二つの報告は測っていません。測っていない一覧を、原因の勝者にはしていません。
第九に、シャドーイング、語彙カバー率、高校のリスニング先読み、一次の時間圧力、級別のロードマップ、過去問の再テスト効果は、この回では再説明していません。すでに書いた話だからです。必要でも、参照に留めます。睡眠、運動、食事、教室環境を、この回の軸にもしていません。
第十に、この回は、受験者の聞き取れなさを間違っていると決めつけていません。準備が足りない、という責めの文にもしていません。学習者の耳を、欠点だとも書いていません。著者らが述べたのは、話速と理解の関係と、速度の制御です。研究があることと、受験生を責めることは、別です [1] [2]。
10. 実務——試験場と学習で使える3つの確認
- 聞き取れない原因を速度だけに帰結させていませんか。遅くすれば必ず聞き取れる、と単純化していませんか。Griffiths によれば、一定の水準を超えると、理解度は話速の上昇に伴い低下します。全体的な性質は明らかです。Zhao によれば、話速は主要因子です。主要、です。唯一、ではありません。遅い速度が助けるという常識に、矛盾する結果がある、とも書いてあります [1] [2]。主要因子、です。原因の全部、ではありません。面談の前に、断定に上げていないか、を一度だけ言い直す、という確認です。
- 1992年の 3 段階の話速比較を、英検リスニングの本番速度・級別の合格ラインの手順に読み替えていませんか。先行研究の 200 語毎分を、英検の秒数にしていませんか。1992年は、下位中級の日本語話者 EFL、特定の学習者群・特定のテキストです。新しい録音はおよそ 5 sps・3.75 sps・2.5 sps です。3 段階の比較の結果数値は、この回が使う範囲にはありません。200 wpm(3.8 sps)は先行研究の指摘です [1]。指摘、です。英検の秒数表ではありません。無い秒数を、当日の手順にしない。シャドーイングの話は、別稿です。この回の層は、話速と理解です。層を混ぜない、という確認です。
- 学習者が自分で速度を調整できる状況の向上を、速度固定・一方向再生の本番に当てはめていませんか。Zhao は、制御を与え、個人に注目しました。制御を与えられたとき、理解は向上しました。向上は話速を遅くすることによって達成されました [2]。制御を与えられたとき、です。英検の本番ではありません。換算表は、この報告からは出てきません。出ない、を、確認の答えにします。
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まとめ
- Griffiths は、話速とリスニング理解の関係をさらに確かめる実験として置いた。一定の水準を超えると、理解度は話速の上昇に伴い低下する。全体的な性質は明らかである。下位中級の日本語話者 EFL である。英検リスニングの本番速度・級別の合格ラインそのものではない [1]。
- 新しい録音はおよそ 5 sps・3.75 sps・2.5 sps の 3 段階で用意された。どの程度・どの速度で低下するかを示すことが目的である。3 段階の比較の結果数値は、この回が使う範囲にはない。遅速が勝った、という二次の要約は、確定事実としては書かない [1]。
- 先行研究(Griffiths, 1990a)では、200 wpm(3.8 sps)を超える話速が下位中級学習者の理解を損なう。記述研究では、学習者が出会う幅は 1.93–3.8 sps より広い。Tauroza と Allison(1990)は平均 230–280 spm(3.8–4.7 sps)と報告する。要旨の中の引用である。英検の秒数ではない [1]。
- Zhao は、聞き手が話速を制御できるときの第二言語理解を見た。話速は主要因子として特定されている。遅い速度が助けるという常識に、矛盾する結果がある。先行研究には方法論的問題があった。学習者が自分で速度を調整できる状況である。英検本番の速度固定・一方向再生へはそのまま当てはめない [2]。
- 制御を与えられたとき、学習者のリスニング理解は向上した。向上は話速を遅くすることによって達成された。個人(グループ平均ではなく)に注目した。遅くすれば必ず聞き取れる、という単純化にはしない [2]。
- 二つの研究を並べると、話速と理解には関係がある。聞き取れない原因を速度だけに帰す文も、遅くすれば必ず聞き取れるという文も、英検の本番速度への読み替えも、この研究からは出てこない。シャドーイングと語彙カバー率の話は再説明しない。受験者の聞き取れなさを準備不足と決めつけない。学習者を責めない。
出典
本文中の番号に対応します。書誌を確認し、抄録に直接あたったものだけを挙げています。結論に反する記述も、同じ基準で載せています。
- 【話速とリスニング理解】Griffiths, Roger (1992). Speech Rate and Listening Comprehension: Further Evidence of the Relationship. TESOL Quarterly, 26(2), 385. DOI: 10.2307/3587015
- 【話速の制御と第二言語理解】Zhao, Yingqi (1997). The Effects of Listeners’ Control of Speech Rate on Second Language Comprehension. Applied Linguistics, 18(1), 49–68. DOI: 10.1093/applin/18.1.49
