口頭試問で何が問われるか——博士 viva の質問パターンと通過儀礼

口頭試問で何が問われるか——博士 viva の質問パターンと通過儀礼

大学院の出願を終えたあと、口頭試問の日程が残ることがあります。志願者は、何を問われるかを、その場の感覚で想像しようとします。想像しようとするとき、頭のどこかで別の声が同時に鳴ることが多い。「想定問答を暗記せよ」「分からなければこう返せ」。

Trafford は、博士の口頭試問(viva)で何が起きているかを、内側から見ています [1]。論文の表題は “Questions in doctoral vivas: views from the inside” です。2003年の報告です。扱うのは、英国系の博士 viva です。日本の大学院入試面接・口頭試問を、直接測った研究ではありません。英国系の、博士の、観察である、ということを、この回は最初に言います。後でもう一度言います。日本の入試面接にそのまま当てはまる、とは書きません。

Carter と Whittaker は、英国の博士 viva を主に扱い、オーストラリアの制度への論評を織り込んでいます [2]。論文の表題は “Examining the British PhD viva: Opening new doors or scarring for life?” です。2009年の報告です。通過儀礼と、終点の不確実性と、審査を囲むアジェンダを置いています。日本の口頭試問の「正解」を書いた研究ではありません。英国とオーストラリアの、博士の、論考である、ということを、この回は最初に言います。後でもう一度言います。

結論を先に言います。博士 viva の実態は参加者にしか分からない、と2003年の報告は述べています [1]汎用的な質問パターンは分野を超え、質問の型は審査員間の関係を反映する。viva の質問は識別可能なパターンに従い、特定の質問クラスターが結果決定に重要である。自然科学と社会科学では、審査員の質問パターンは異なる、とも述べています [1]形式を問わず、学生にとって重要な通過儀礼となりうる。その体験は数か月から数年残ることがある、と2009年の報告は述べています [2]。パターンがある、と、この質問が出る、は違います。通過儀礼となりうる、と、怖い、も、怖くない、も違います。どちらも、日本の大学院入試面接の手順書ではありません。

先に、この回がしないことも言っておきます。一次証拠は、英国系の博士 viva の質問観察と、英国・オーストラリアの博士 viva の論考です。日本の大学院入試面接・口頭試問に、そのまま当てはめません。入試面接の予測力の話は、すでに別稿があります。この回では再説明しません。「この質問が出る」と具体のリストは書きません。著者が述べているのは、パターンの存在です。リストではありません。分からないときの答え方、という処方も書きません。回答テクニックは、この二つの報告にはありません。無い処方を、試験場の手順にはしません。睡眠、運動、スマホ、栄養も、軸にしません。研究計画書の書き方も、短い研究紹介の作法も、扱いません。この回の軸は、博士 viva の質問がパターンに従うことと、通過儀礼と不確実性が残ることとを、同じ重さで置くことです。志願者の口頭試問への備えを、足りないと決めつけません。

1. 博士 viva の実態は、参加者にしか分からない

志願者が「口頭試問」と呼ぶものの中には、いくつかの層が混ざります。日本の大学院入試の面接。修士の口頭試問。博士論文の最終審査。層が混ざったまま、「何を問われるか」と言うと、どの場の、どの審査の話なのかが見えなくなります。

Trafford が置いているのは、博士 viva です [1]。日本の入試面接ではありません。入試面接の妥当性の話は、別稿の層です。この回は、その層を厚くやり直しません。博士 viva の、内側の観察です。別である場を、同じ「口頭試問」という言葉で結ぶと、入試の想定問答と、博士論文の最終審査が、一つの方針に見えます。見せません。

入口の文は、短いです [1]

博士 viva の実態は参加者にしか分からない。

参加者にしか分からない、です。外側から一覧が見える、という書き方ではありません。分からない、を、準備は無意味だ、と読むこともしません。著者が置いているのは、知られている範囲の話です。範囲が参加者に限られる、という位置です。位置を、日本の入試面接は密室だ、という制度批判にはしません。批判にすると、観察の入口が、志望校への不満の証明に見えます。見せません [1]

実態、です。当日の一問の正解、ではありません。何が起きているか、という側です。側があることと、想定問答集があることは、別です。別である想定を、この回は作りません。作らない理由は、慎重さの演出ではありません。著者が最初に置いたのが、参加者にしか分からない、という文だからです。入口の文を、試験場の手順に溶かすことはしません。

Carter と Whittaker が置いているのも、博士 viva です [2]。主に英国の viva を扱い、オーストラリアの制度の論評を織り込む、と書いてあります。織り込む、です。日本の口頭試問を測った、という書き方ではありません。測っていない場へ、同じ通過儀礼がそのまま降りてくる、とはこの回では言いません。言わない、を、日本の面接は無関係だ、と読むこともしません。関係がある、と著者が書いているのは、英国の博士 viva と、オーストラリアの制度です。関係がある場と、日本の入試面接が同じ式であることは、違います。違う、を、この回の入口に置きます [1] [2]

2. 観察は1998年以降、主席・審査員・指導教員として行われた

入口のあと、Trafford は、観察の範囲を置きます [1]。ここでも、最初に限界を言います。英国系の、博士 viva の観察です。日本の大学院入試面接ではありません。

  1. 1998年以降、応用科学・教育・環境科学・社会科学の viva を、主席・審査員・指導教員として観察した。
  2. 参加者の同意を得てデータ収集した。
  3. 審査員の質問と、参加者との議論を記録した。

1998年以降、です。その年より前の viva を、この報告は測っていません。測っていない年代を、いまの日本の入試の一般法則にはしません。応用科学、教育、環境科学、社会科学、です。分野の名前は、著者が書いた名前です。書いた名前を、日本の理系と文系の対応表にはしません。対応表が無い以上、分野は分野のまま使います [1]

主席、審査員、指導教員、です。観察した側の役割です。志願者の席から見た、という書き方ではありません。役割が複数ある、という位置です。位置を、審査員だけが問う、という単純化にはしません。単純化すると、指導教員の席と、主席の席が、視界から落ちます。落としません。著者が書いたのは、いずれかの役割として観察した、という範囲です。範囲を、日本の入試の面接官の人数の話にはしません。

参加者の同意を得て、です。同意のうえのデータです。無断の録音、という書き方ではありません。同意があることと、全ての viva が見えていることは、別です。別である見え方を、全国の博士審査の全数調査にはしません。全数にしない、を、観察は信じられない、と読むこともしません。著者が書いたのは、同意を得て収集した、という手続きです。手続きがあることと、日本の入試会場で同じ記録が取れることは、違います [1]

審査員の質問と、参加者との議論を記録した。質問、です。答え方の模範、ではありません。議論、です。一問一答の台本、ではありません。記録した対象が質問と議論である以上、この回が「こう答えよ」と短くすることはできません。短くできないことと、質問は出ない、と読むこともしません。出ているのは、質問の記録です。記録を、当日の答え方の手順書にはしません。しない理由は、著者が置いたのが観察だからです。観察を、処方に翻訳しない。翻訳しない、がこの節の上限です [1]

3. 汎用的な質問パターンは分野を超え、型は審査員間の関係を反映する

記録の隣に、Trafford は、パターンの話を置きます [1]。この回の中心の一つです。

汎用的な質問パターンは分野を超え、質問の型は審査員間の関係を反映する。

汎用的な質問パターン、です。分野ごとの専門の一問、だけではない、という側です。側があることと、どの分野でも同じ質問が出る、という具体のリストがあることは、別です。リストは、この回が使う範囲にはありません。無いリストを、想定問答として配ることはしません。配ると、著者が書いていない質問文が生まれます。生まれた質問文を、根拠の顔で出すことはしません [1]

分野を超え、です。前の節の応用科学、教育、環境科学、社会科学を、横断する、という向きです。横断する、を、分野差が無い、と読むこともしません。のちの節で、自然科学と社会科学ではパターンが異なる、とも書いてあります。異なる、と、超える、は、同じ論文の中に並びます。片方だけを採って、どの専攻でも同じだ、という文にはしません。片方だけを採って、専攻が違えばパターンは使えない、という文にもしません。著者が並べたのは、汎用的なパターンが分野を超えることと、自然科学と社会科学では異なることです。並ぶ二つを、当日の一問の命令に潰すことはしません [1]

質問の型は、審査員間の関係を反映する。型、です。一問の文言、ではありません。審査員間の関係、です。志願者と審査員の関係、だけではありません。審査員と審査員のあいだ、という側です。側があることと、人間関係で合否が決まる、という物語は、別です。物語にすると、観察が、不公平の証明に滑ります。滑らせません。著者が書いたのは、質問の型が、審査員のあいだの関係を反映する、という報告です。報告を、コネの話にはしません。コネにしない、を、関係は無関係だ、と読むこともしません。反映する、と書いてある。書いてある主語は、質問の型です。主語を、志願者の人柄の採点にはしません [1]

日本の大学院入試面接へ、この一文を降ろす対応表は、ありません。無い表を、配ることはしません。分野を超えるパターンがある、という観察と、日本の入試で同じパターンが出る、は、層が違います。層が違うものを、同じ「何が問われるか」という言葉で結ぶと、2003年の英国系の観察が、志望校の面接の台本に見えます。見せません。見せない、がこの節の上限です [1]

4. 審査員は博士としての性質を探る。識別可能なパターンと、結果決定に重要なクラスターがある

型のあと、Trafford は、探っている対象と、結果との距離を置きます [1]。答え方の手順ではない、という位置を外しません。

  1. 審査員は doctorateness の性質を探るアプローチを示す。
  2. viva の質問は識別可能なパターンに従う。
  3. 特定の質問クラスターが、結果決定に重要である。

doctorateness、です。著者の語です。博士としての性質、という側です。一問の正誤、ではありません。性質を探る、です。知識の穴を探す、だけではない、という向きです。向きがあることと、博士としての性質を測るチェックリストがあることは、別です。チェックリストは、この回が使う範囲にはありません。無いリストを、自己採点の表として配ることはしません。配ると、著者が書いていない項目が生まれます。生まれた項目を、根拠の顔で出すことはしません [1]

アプローチを示す、です。示す、の主語は、審査員です。志願者の答え方ではありません。審査員が、博士としての性質へ、どう近づくか、という側です。側を、「こう答えれば博士に見える」という技術に翻訳することはしません。翻訳すると、観察が、演技の手順に見えます。見せません。著者が置いているのは、審査員の探り方です。探り方があることと、答え方の正解があることは、別です。別である正解を、この節では作りません。

識別可能なパターンに従う。識別可能な、です。見えない、ではありません。見えない、と、識別可能、は違います。違う語を、パターンは秘密だ、と読む根拠にもしません。従う、です。無作為に飛ぶ、という書き方ではありません。従う、を、台本がある、と読むこともしません。台本にすると、識別可能が、公開された質問集に見えます。見せません。著者が書いたのは、従うパターンがある、という観察です。観察を、暗記用の見出しにはしません [1]

特定の質問クラスターが、結果決定に重要である。クラスター、です。一問、ではありません。特定の、です。全ての質問が同じ重さだ、という書き方ではありません。結果決定に重要、です。重要、の主語は、クラスターです。志願者の声の大きさではありません。重要である、を、「このクラスターを答えられれば通る」という保証に翻訳することはしません。保証にすると、観察が、合格の手順に見えます。見せません。クラスターの中身の一覧は、この回が使う範囲にはありません。無い一覧を、重要だからこそ書け、という文で補うこともしません。補うと、パターンの存在が、具体の質問リストに変わります。変えません [1]

結果決定、です。日本の入試の合否、ではありません。博士 viva の結果です。結果の名前があることと、日本の点数への換算表があることは、別です。換算表は、ありません。無い表を、偏差値の動きにしない。しない、がこの節の上限です [1]

5. 自然科学と社会科学では質問パターンが異なる。「この質問が出る」とは書かない

クラスターの隣に、Trafford は、分野差を置きます [1]。汎用と差を、両方残す、がこの節の中心です。

自然科学と社会科学で、審査員の質問パターンは異なる。

異なる、です。同じだ、ではありません。第3節の、汎用的なパターンは分野を超える、と、この文は並びます。並ぶことと、矛盾だ、と片方を捨てることは、別です。捨てません。超える、は、汎用的な質問パターンの話です。異なる、は、自然科学と社会科学における審査員の質問パターンの話です。層が近い。近い「パターン」を、同じ量の反復としては読めません。読めないことと、どちらかが誤りだ、と読むこともしません。著者が両方を書いている以上、この回は両方を残します [1]

自然科学、社会科学、です。日本の理系、文系、という対応ではありません。対応にすると、英国系の観察が、日本の研究科の区分表に見えます。見せません。区分表にしない、を、専攻は無関係だ、と読むこともしません。異なる、と書いてある。書いてある相手は、自然科学と社会科学です。相手を、志望専攻の有利不利の判定にはしません。判定にすると、パターンの差が、専攻選びの欠点の証明に滑ります。滑らせません。

審査員の質問パターン、です。志願者の答えのパターン、ではありません。主語が審査員である以上、この文を、理系はこう答えよ、文系はこう答えよ、という手順に翻訳することはできません。翻訳できないことと、差は無視してよい、と読むこともしません。差がある、という報告です。報告を、試験場の科目別マニュアルにはしません [1]

ここまでで、この回が書かないことを、一度だけ固定します。「この質問が出る」という具体のリストは、書きません。著者が述べているのは、汎用的なパターン、識別可能なパターン、特定のクラスター、自然科学と社会科学での差です。パターンの存在です。存在を、質問文の一覧に展開する材料は、この回にはありません。無い材料で一覧を作ると、観察が、予想問題に変わります。変えません。分からないときの答え方、も、ありません。無い答え方を、沈黙の作法として配ることもしません。配ると、記録した質問が、応答の技術に見えます。見せません。固定した「書かない」を、日本の入試は関係ない、と読むこともしません。関係の置き方は、入口に戻します。英国系の博士 viva の観察である。日本の大学院入試面接に、そのまま当てはめない。当てはめない、がこの節の上限です [1]

6. 形式を問わず通過儀礼となりうる。体験は数か月から数年残ることがある

2003年の隣に、2009年の論考を置きます [2]。隣に置く、を、同じ観察だ、とは言いません。ここでも、最初に限界を言います。主に英国の博士 viva を扱い、オーストラリアの制度の論評を織り込んだ論考です。日本の口頭試問の「正解」として提示しません。

  1. 博士 viva は形式を問わず、学生にとって重要な通過儀礼となりうる。
  2. その体験は、数か月から数年残ることがある。

形式を問わず、です。一つの形式だけが通過儀礼だ、という書き方ではありません。問わず、という語が正確です。日本の入試の形式も同じだ、という記述ではありません。記述でないものを、一般法則に上げることはしません。上げられないことを、形式が違うから無関係、と読むこともしません。著者が書いたのは、形式を問わず、となりうる、という範囲です。範囲を、日本の面接室の作法にはしません [2]

重要な通過儀礼となりうる。なりうる、です。必ずなる、ではありません。学生にとって、です。審査員にとっての通過儀礼、という書き方ではありません。通過儀礼、という語は、著者の語です。通過儀礼である、を、傷を負う、と読むこともしません。論文の表題には、新しい扉を開くか、生涯の傷になるか、という問いが入っています。表題の問いです。問いを、怖い、という断言に潰すことはしません。怖い、と断言しない。怖くない、と断言することもしません。なりうる、の中に、両方の可能性が残っています。残っている以上、この回が「怖がれ」とも「恐れるな」とも短くすることはできません。短くしない、がこの節の上限です [2]

体験は、数か月から数年残ることがある。残ることがある、です。必ず残る、ではありません。数か月から数年、です。そのあいだの長さは、著者が書いた範囲です。書いた範囲を、何年残るかの新しい値に平均することはしません。平均しない。残る、の主語は、体験です。得点ではありません。体験が残ることと、合否が尾を引くことは、層が違います。層が違うものを、同じ「傷」という言葉で結ぶと、2009年の論考が、失敗の予言に見えます。見せません。残ることがある、を、残らないように忘れよ、という助言にもしません。助言にすると、通過儀礼の話が、気持ちの管理の手順に見えます。見せません [2]

学生、です。日本の大学院受験生、という書き方ではありません。博士 viva を受ける学生です。対象が博士の学生である、を、入口に残します。残したまま、日本の入試点へは降ろしません。降ろさない、を、受験生には関係ない、と読むこともしません。関係の置き方は、通過儀礼となりうる、という報告を、日本の口頭試問の正解にはしない、という形です。形を、この節では崩しません [2]

7. 終点の不確実性は全員にあり、独自の論文審査には特有の曖昧さと緊張がある

通過儀礼のあと、Carter と Whittaker は、不確実性の所在を置きます [2]。学生だけが不確かだ、という読みを、ここで一度止めます。

  1. 学生・指導チーム・審査員のすべてに、終点の不確実性がある。
  2. 個別かつ独自の博士論文の審査には、特有の曖昧さ・緊張がある。

すべてに、です。学生だけ、ではありません。指導チームにも、審査員にも、ある、と書いてあります。ある、の主語は、終点の不確実性です。準備不足、ではありません。終点、です。途中の一問、だけではありません。不確実性がある、を、審査がいい加減だ、と読むこともしません。いい加減だ、と読むと、論考が、制度不信の材料に見えます。見せません。著者が置いているのは、関与する側のすべてに、終点についての不確実さがある、という位置です。位置を、志願者の欠点の証明にはしません。証明にすると、全員にある不確実性が、本人の準備の失敗に滑ります。滑らせません [2]

指導チーム、です。指導教員一人、という書き方ではありません。チーム、という語が付いています。付いている語を、日本の研究室の人数の話にはしません。人数の話にすると、著者が書いていない編成が生まれます。生まれた編成を、根拠の顔で出すことはしません。審査員、も、日本の入試の面接官、ではありません。博士論文の審査の側です。側を混ぜない。混ぜない、を、入試の面接官は不確実ではない、と読むこともしません。書いてある範囲は、博士 viva に関与する三者です。範囲を、日本の入試の配役表にはしません [2]

個別かつ独自の博士論文、です。共通問題の口頭試問、ではありません。個別、独自、という語が正確です。正確である対象が博士論文である以上、この文を、日本の入試の共通の質問への答え方に翻訳することはできません。翻訳できないことと、独自だから準備できない、と読むこともしません。著者が続けているのは、特有の曖昧さ・緊張がある、という報告です。特有の、です。どの試験にも同じだ、という書き方ではありません。曖昧さ、緊張、です。どちらも、著者の語です。語を、性格の弱さの名前にはしません。名前にすると、論文審査の性質が、本人の緊張しやすい性質の証明に見えます。見せません [2]

いかなる審査にも曖昧さと緊張はあるかもしれないが、博士論文の審査ではとりわけそうだ、という向きです。向きがあることと、だから博士は特別に怖い、という断言は、別です。断言にしない。しない理由は、なりうる、と、特有の、が、断定の語ではないからです。断定の語でないものを、試験場の前の覚悟の命令に下ろすことはしません。下ろさない、がこの節の上限です [2]

8. 透明性への注目は増えた。審査はなお困難で、二つの報告を日本の手順にはしない

不確実性の隣に、Carter と Whittaker は、近年の変化と、残る困難を置きます [2]。変化だけを採ると、もう公平だ、に見えます。困難だけを採ると、もうだめだ、に見えます。両方残す、がこの節の中心です。

  1. 近年、透明性・一貫性・公平性を高めるプロセスへの注目が増した。
  2. しかし審査は依然として困難で、異なるアジェンダ・イデオロギー・実践に囲まれる。
  3. 主に英国の viva を扱い、オーストラリアの制度の論評を織り込む。

注目が増した、です。透明性が完成した、ではありません。プロセスへの注目、です。結果の保証、ではありません。透明性、一貫性、公平性、です。三つの語は、著者の語です。語があることと、日本の入試がこの三つを満たしている、という記述は、別です。記述でないものを、志望校のパンフレットの言い換えにはしません。言い換えにしない、を、日本の面接は不透明だ、と読むこともしません。書いてあるのは、近年、注目が増した、という報告です。報告を、制度が終わった話にも、始まったばかりの話にもしません [2]

しかし、です。接続が正確です。注目が増した、のあとで、しかし困難は残る、と書いてあります。依然として困難、です。もう簡単だ、ではありません。異なるアジェンダ、イデオロギー、実践に囲まれる。囲まれる、の主語は、審査の過程です。志願者の性格ではありません。アジェンダがある、を、裏がある、という物語に伸ばすことはしません。伸ばすと、論考が、陰謀の証明に見えます。見せません。著者が書いたのは、異なるアジェンダ・イデオロギー・実践に囲まれている、という位置です。位置を、だから対策不能だ、という諦めにもしません。諦めにすると、困難の話が、出願をやめる理由に見えます。見せません [2]

主に英国、オーストラリアの論評を織り込む。舞台がそこに限られる、という再掲です。再掲を、この回の表の前に置きます。新しい数値は足しません。

著者が述べていること
2003年の対象 英国系の博士 viva の観察。日本の大学院入試面接そのものではない [1]
2003年の観察の範囲 1998年以降、応用科学・教育・環境科学・社会科学。主席・審査員・指導教員として。同意のうえ、質問と議論を記録 [1]
2003年のパターン 汎用的な質問パターンは分野を超える。質問の型は審査員間の関係を反映する [1]
2003年の探り方 審査員は博士としての性質を探る。質問は識別可能なパターンに従う。特定のクラスターが結果決定に重要 [1]
2003年の分野差 自然科学と社会科学で、審査員の質問パターンは異なる。「この質問が出る」というリストではない [1]
2009年の対象 主に英国の博士 viva。オーストラリアの制度の論評を織り込む。日本の口頭試問の正解ではない [2]
2009年の通過儀礼 形式を問わず、重要な通過儀礼となりうる。体験は数か月から数年残ることがある。怖い/怖くない、の断言ではない [2]
2009年の不確実性 学生・指導チーム・審査員のすべてに、終点の不確実性がある。独自の博士論文の審査には特有の曖昧さ・緊張がある [2]
2009年の残る困難 透明性・一貫性・公平性を高めるプロセスへの注目は増した。しかし審査は依然として困難で、異なるアジェンダ・イデオロギー・実践に囲まれる [2]
日本の大学院入試面接 この二つの報告からは決まらない。この質問が出る、というリストも、答え方の処方も、出てこない

表の読み方は、上下の勝敗ではありません。上段の2003年は、質問のパターンと、クラスターと、分野差です。中段の2009年は、通過儀礼と、終点の不確実性と、残る困難です。下段の日本の入試面接は、どちらの報告にも無い層です。無い層を、表の空欄のまま置きます。

パターンの存在と、通過儀礼となりうる、を、平均した新しい方針は、作りません。測っている層が違います。一方は、観察された質問の型です。他方は、体験と不確実性の論考です。近い「viva」を、同じ量の反復としては読めません [1] [2]

試験場での見え方に一度だけ引き直します。新しい数値は足しません。口頭試問の前で、何を問われるかが止まる。2003年の報告は、実態は参加者にしか分からない、と書き、同時に、識別可能なパターンと、結果決定に重要なクラスターがある、とも書いています [1]。2009年の論考は、通過儀礼となりうることと、全員に終点の不確実性があることと、注目が増しても困難は残ることを書いています [2]。引き直した結果として出てくるのは、当日の答え方の命令ではありません。質問の観察と、通過儀礼の論考を、日本の入試面接の手順に溶かさない、という確認の形です。

入試面接の予測力の話は、すでに別稿があります。この回の二つの報告は、その話ではありません。博士 viva の質問と、通過儀礼です。別稿の層を、ここに厚くやり直すことはしません。睡眠や運動を、口頭試問の代わりに置くこともしません。短い研究紹介の作法も、研究計画書の書き方も、軸にしません。置く軸は、パターンがあることと、日本の手順にはしないことです [1] [2]

9. 【反証】この回が言えないこと

第一に、一次証拠は二篇です。Trafford の2003年と、Carter と Whittaker の2009年です [1] [2]。日本の大学院入試面接・口頭試問を、一次資料として測った研究ではありません。合否も、日本の点数も、この二つの報告は述べていません。

第二に、2003年は英国系の博士 viva の観察です。日本の大学院入試面接に、そのまま当てはめることはできません。1998年以降、応用科学・教育・環境科学・社会科学を、主席・審査員・指導教員として観察した、という範囲です。範囲の外の年代、範囲の外の分野、範囲の外の役割へ、同じ観察が降りてくる、とは書いていません [1]

第三に、汎用的な質問パターンは分野を超える、を、どの専攻でも同じ質問が出る、という具体のリストにはできません。質問の型は審査員間の関係を反映する、は、人間関係で決まる、という物語ではありません。博士としての性質を探る、は、チェックリストではありません。識別可能なパターンに従う、は、公開された台本ではありません [1]

第四に、特定の質問クラスターが結果決定に重要である、を、「このクラスターを答えれば通る」という保証にはできません。クラスターの中身の一覧は、この回が使う範囲にはありません。無い一覧を補って、「この質問が出る」と具体リスト化することはしていません。分からないときの答え方、という処方も、書いていません。回答テクニックは、この報告にはありません [1]

第五に、自然科学と社会科学で質問パターンが異なる、を、日本の理系と文系の手順の差にはできません。汎用的なパターンが分野を超える、と、自然科学と社会科学では異なる、は、両方残しています。片方だけの命令にはしていません [1]

第六に、2009年は、主に英国の博士 viva を扱い、オーストラリアの制度の論評を織り込んだ論考です。日本の口頭試問の「正解」として提示していません。形式を問わず通過儀礼となりうる、は、必ずなる、ではありません。体験は数か月から数年残ることがある、は、必ず残る、ではありません。怖い、とも、怖くない、とも、断言していません [2]

第七に、終点の不確実性は、学生・指導チーム・審査員のすべてにあります。学生だけの不確かさではありません。準備不足の証明でもありません。個別かつ独自の博士論文の審査に特有の曖昧さ・緊張がある、は、性格の弱さの名前ではありません。共通問題の口頭試問への外挿でもありません [2]

第八に、透明性・一貫性・公平性を高めるプロセスへの注目が増した、は、透明性が完成した、という意味ではありません。しかし審査は依然として困難で、異なるアジェンダ・イデオロギー・実践に囲まれる、とも書いてあります。注目だけを採って、もう公平だ、とは読んでいません。困難だけを採って、対策不能だ、とも読んでいません [2]

第九に、入試面接の予測力の話は、この回では再説明していません。すでに書いた話だからです。必要でも、参照に留めます。睡眠、運動、スマホ、栄養を、この回の軸にもしていません。短い研究紹介の作法も、研究計画書の書き方も、扱いません。

第十に、この回は、志願者の口頭試問への備えを間違っていると決めつけていません。何を問われるかが分からないことを、準備不足の証明にも、本番で失敗する証明にもしていません。著者らが述べたのは、博士 viva の質問のパターンと、通過儀礼と不確実性です。研究があることと、受験生を責めることは、別です [1] [2]

10. 実務——口頭試問と面談で使える3つの確認

  1. 英国系の博士 viva の質問パターンを、日本の大学院入試面接の「正解」として読んでいませんか。「この質問が出る」と具体のリストにしていませんか。Trafford によれば、実態は参加者にしか分かりません。1998年以降、応用科学・教育・環境科学・社会科学の viva を、主席・審査員・指導教員として観察し、同意のうえ質問と議論を記録しています。汎用的な質問パターンは分野を超え、型は審査員間の関係を反映します。識別可能なパターンに従い、特定のクラスターが結果決定に重要です。自然科学と社会科学ではパターンが異なります [1]。パターンの存在です。質問文の一覧ではありません。無い一覧を、想定問答として配らない。日本の入試面接への換算表も、ありません。無い表を、当日の手順にしない。層を混ぜない、という確認です。
  2. 博士としての性質を探る、という観察を、答え方の手順書に読み替えていませんか。分からないときの答え方、を処方として配っていませんか。審査員のアプローチです。志願者の技術ではありません。クラスターが結果決定に重要である、も、主語はクラスターです。こう答えよ、ではありません [1]。回答テクニックは、この報告にはありません。無い技術を、試験場の前の台本として配らない。入試面接の予測力の話は、別稿です。この回の層は、博士 viva の質問です。層を混ぜない、という確認です。
  3. 通過儀礼と終点の不確実性を、「怖い」か「怖くない」かの断言に潰していませんか。透明性への注目を、もう公平だ、と読んでいませんか。Carter と Whittaker によれば、形式を問わず重要な通過儀礼となりうる、体験は数か月から数年残ることがある、学生・指導チーム・審査員のすべてに終点の不確実性がある、独自の博士論文の審査には特有の曖昧さ・緊張がある、と述べられています。近年、透明性・一貫性・公平性を高めるプロセスへの注目は増しました。しかし審査は依然として困難で、異なるアジェンダ・イデオロギー・実践に囲まれます。主に英国の viva であり、オーストラリアの論評を織り込んでいます [2]。なりうる、です。断言ではありません。注目と困難は、両方残します。片方だけの命令にしない。出ない断言を、確認の答えにします。

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当塾は講師1名に生徒1名の完全個別指導で、武蔵境駅から徒歩30秒です。事前診断テストと入塾前カウンセリングは無料で、割引制度は設けていません。博士 viva の質問パターンを日本の入試面接の正解として読んでいないか、答え方の手順に読み替えていないか、通過儀礼を怖い/怖くないの断言に潰していないかを整理することは、カウンセリングの場でご一緒にできます。入塾されるかどうかとは切り離してお受けしています。

まとめ

  1. Trafford は、博士 viva の実態は参加者にしか分からないと置いた。1998年以降、応用科学・教育・環境科学・社会科学の viva を、主席・審査員・指導教員として観察し、同意のうえ質問と議論を記録した。英国系の観察である。日本の大学院入試面接には、そのまま当てはめない [1]
  2. 汎用的な質問パターンは分野を超え、質問の型は審査員間の関係を反映する。どの専攻でも同じ質問が出る、というリストではない。人間関係で決まる、という物語でもない [1]
  3. 審査員は博士としての性質を探るアプローチを示す。質問は識別可能なパターンに従い、特定の質問クラスターが結果決定に重要である。クラスターの一覧も、答え方の処方も、無い。こう答えよ、ではない [1]
  4. 自然科学と社会科学では、審査員の質問パターンは異なる。汎用と差は、両方残る。日本の理系と文系の手順ではない [1]
  5. Carter と Whittaker は、形式を問わず、重要な通過儀礼となりうると述べた。体験は数か月から数年残ることがある。主に英国の博士 viva であり、オーストラリアの論評を織り込む。日本の口頭試問の正解ではない。怖い、とも、怖くない、とも、断言しない [2]
  6. 学生・指導チーム・審査員のすべてに、終点の不確実性がある。個別かつ独自の博士論文の審査には、特有の曖昧さ・緊張がある。準備不足の証明ではない [2]
  7. 近年、透明性・一貫性・公平性を高めるプロセスへの注目は増した。しかし審査は依然として困難で、異なるアジェンダ・イデオロギー・実践に囲まれる。注目と困難は、両方残す [2]
  8. 二つの報告を並べると、博士 viva の質問にはパターンがある。日本の入試面接への読み替えも、この質問が出るというリストも、答え方の処方も、この研究からは出てこない。入試面接の予測力の話は再説明しない。志願者の備えを間違っていると決めつけない。受験生を責めない。

出典

本文中の番号に対応します。書誌を確認し、抄録に直接あたったものだけを挙げています。結論に反する記述も、同じ基準で載せています。

  1. 【英国系・博士 viva の質問観察】Trafford, Vernon (2003). Questions in doctoral vivas: views from the inside. Quality Assurance in Education, 11(2), 114–122. DOI: 10.1108/09684880310471542
  2. 【英国・オーストラリアの博士 viva・通過儀礼】Carter, Bernie; Whittaker, Karen (2009). Examining the British PhD viva: Opening new doors or scarring for life?. Contemporary Nurse, 32(1–2), 169–178. DOI: 10.5172/conu.32.1-2.169
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宮川 涼 Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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