指導教員へのコンタクトと選び方——指導関係が学位取得に何をするか
大学院の出願を前に、指導教員の名前を探す志願者は少なくありません。研究室のページ。論文の一覧。メールの下書き。探し始めると、選び方を、修了の一点で測りたくなります。当たるか、外れるか。二値です。二値のままだと、指導教員を間違えたら修了できない、という短い文が残りやすい。短い文は、関係が何をするかを消します。この回は、その役割を戻します。
Zhao、Golde、McCormick は、指導教員の選択と指導の行動が、博士学生の満足度に何をするかを見ています [1]。論文の表題は “More than a signature: how advisor choice and advisor behaviour affect doctoral student satisfaction” です。2007年の報告です。扱うのは、米国27大学・11分野の博士学生全国調査です。すでに博士課程にいる学生の満足度です。日本の大学院入試前のコンタクトメールや研究室訪問を測った研究ではありません。27大学と11分野を、日本の理系や文系に換算することは、この回ではしません。
Lovitts は、良い課程履修者であることが、独立研究への移行を保証しない、という理論的視点を置いています [2]。論文の表題は “Being a good course‐taker is not enough: a theoretical perspective on the transition to independent research” です。2005年の報告です。理論的論考です。入試書類の具体的な選び方の手引きではありません。学生は典型的に「良い課程履修者」であったから博士課程に入るが、PhD は独立研究と知識への「独創的貢献」で授与される。移行は多くの学生にとって難しい。学部成績や1年目成績だけでは修了を予測できないと教員は認める。成績が良ければ研究もできる、と読むこともしません。
結論を先に言います。博士学生と指導教員の良好な関係は、成功した博士教育の不可欠な要素である、と2007年の報告は述べています [1]。指導教員選択の基準と報告された指導教員の行動が、満足度に影響する。選択基準・指導行動には分野差があり、個人特性よりも満足度のより強い予測因子である、とも述べています [1]。独立研究への移行は多くの学生にとって難しく、学部成績や1年目成績だけでは修了を予測できないと教員は認める、と2005年の報告は述べています [2]。不可欠な要素である、と、指導教員を間違えたら修了できない、は違います。満足度に影響する、と、日本のコンタクトメールの手順、も違います。修了を予測できないと教員は認める、と、成績は無意味だ、も違います。どちらも、日本の大学院入試前の研究室訪問の手順書ではありません。
先に、この回がしないことも言っておきます。一次証拠は、米国の博士教育における満足度の調査と、独立研究への移行についての理論的論考です。日本の大学院入試前のコンタクトメール、研究室訪問にそのまま当てはめません [1]。27大学と11分野を、日本の理系や文系に換算しません。指導教員を間違えたら修了できない、と断定しません。成績が良ければ研究もできる、とも書きません。修了と資金の種類の話は、すでに別稿があります。この回では再説明しません。睡眠、運動、教室環境も、軸にしません。研究計画書の書き方も、扱いません。この回の軸は、指導関係が満足度に何をするかと、課程成績から独立研究へのギャップを、同じ重さで置くことです。志願者の選び方を、悪い、と決めつけません。受験生の準備を、足りない、と責めません。
1. 指導教員の話は、入試前のメールの手順とは別の技術である
志願者が「指導教員を選ぶ」と呼ぶものの中には、いくつかの層が混ざります。出願前のメール。研究室の訪問。受け入れの可否。入ったあとの指導の行動。満足度。独立研究への移行。学位。層が混ざったまま、「間違えたら修了できない」と言うと、どの層の、どの測定の話なのかが見えなくなります。
Zhao、Golde、McCormick が置いているのは、博士学生の満足度です [1]。入試前のコンタクトではありません。日本の研究室訪問の手順でもありません。置いているのは、選択の基準と、報告された指導の行動が、満足度に影響するかです。影響することと、メールの文面の正解は、最初から違います。違うものを、同じ「選び方」という言葉で結ぶと、関係の役割が一つの手順に見えます。見せません。
Lovitts が置いているのも、課程履修から独立研究への移行です [2]。今夜のメールの書き方ではありません。理論的視点、という側です。視点の側と、志願者が今夜送る文面は、層が違います。層が違うものを、出願の手順に溶かすことはしません。
日本の大学院入試に、希望する指導教員の名前が載ることがあります。載ることと、2007年の米国27大学・11分野の調査が測っている関係が同じであることは、別です。別である、を、本番では指導教員は関係ない、と読むこともしません。関係がある、と著者が書いているのは、博士学生と指導教員の良好な関係が、成功した博士教育の不可欠な要素である、という側です。側があることと、日本の入試前のメールが同じ式であることは、違います。違う、を、この回の入口に置きます [1] [2]。
修了と資金の種類の話は、すでに別稿があります。この回は、その層を厚くやり直しません。別である技術を、同じ「指導」という言葉で結ぶと、満足度の話と、資金の話が、一つの方針に見えます。見せません。この回の層は、選択と行動と満足度、および課程成績から独立研究へのギャップです。ギャップがあることと、志願者の選び方が原因であることは、別です。別であるギャップを、本人を責める文にはしません。
2. 良好な関係は不可欠な要素である。ただし測っているのは満足度である
2007年の報告が入口に置いているのは、修了の保証ではありません。関係の位置です [1]。米国の博士教育です。満足度です。児童の話ではありません。思春期の教室の話でもありません。博士学生の調査です。
博士学生と指導教員の良好な関係は、成功した博士教育の不可欠な要素である。
不可欠な要素、です。間違えたら修了できない、ではありません。成功した博士教育の、不可欠な要素、です。要素、という語が付いています。唯一の条件、という書き方ではありません。著者らが置いたのは、良好な関係の位置です。位置を、日本の大学院入試の合否の証明にはしません [1]。
良好な関係、です。博士学生と指導教員の、です。出願前の志願者と、まだ会っていない教員の、ではありません。すでに課程にいる学生の関係です。いる学生の関係であることと、入る前のメールが同じ関係であることは、別です。別である関係を、今夜の件名の正解に下ろすことはしません。下ろさない理由は、対象が、米国の博士学生の満足度だからです。日本の入試前のコンタクトが、この報告で測られているわけではありません。測っていないコンタクトを、志願者の方針の勝者にしない。
成功した博士教育、です。成功、の定義を、この回が修了率の一点に置き換えることはしません。置き換える元の修了率は、この報告のこの文にはありません。無い率を、研究室の安心の材料にしない。無い率を、間違えたら修了できない、という断定の材料にもしない [1]。
日本の点数へ換算することもしません。換算する元の効果量を、この回が新しく作ることもしません。向きだけを使います。良好な関係は、成功した博士教育の不可欠な要素である。それ以上の修了の話は、この入口にはありません。入口を、学位取得の因果の一本にしない。
3. 米国27大学・11分野。選択基準と指導行動が満足度に影響する
不可欠、という語の前に、著者らは規模と、影響の中身を置いています [1]。規模を隠すと、不可欠が、日本の一室の話に見えます。見せません。
- 米国27大学・11分野の博士学生全国調査の回答を用いた。
- 指導教員選択の基準と報告された指導教員の行動が、満足度に影響する。
米国27大学です。11分野です。博士学生の全国調査です。著者が書いた数字です。この二つを掛けたり、割ったりして、新しい数字を作ることはしません。作ると、著者が書いていない日本の理系文系の比率が生まれます。生まれた数字を、出願先の目安の顔で出すことはしません [1]。
全国調査の回答を用いた、です。用いた、という語が正確です。日本の全大学院の調査だ、という書き方ではありません。米国の、27大学の、11分野の、博士学生です。対象があることと、日本の修士課程の入試が同じ対象であることは、別です。別である対象を、志願者の今夜の訪問先リストに下ろすことはしません。
選択の基準、です。報告された指導教員の行動、です。満足度に影響する、です。影響する、の着地点は、満足度です。学位取得ではありません。着地点が満足度であることと、満足度がどうでもよいことは、別です。別である着地点を、修了の一点に読み替えることはしません。読み替えると、不可欠な要素が、間違えたら修了できない、という短い文に潰れます。潰しません [1]。
報告された、という語も、拾います。指導教員の行動は、報告された行動です。観察者が教室に入って測った、という書き方ではありません。学生が報告した行動です。報告であることと、行動が無い、は、違います。報告の層を、指導が偽物だ、という責めの文にはしません。責めの文にすると、調査の外側が、教員の欠点の証明に滑ります。滑らせません。
4. 分野差は個人特性より強い予測因子である。理系文系への換算はしない
同じ調査は、分野の違いも置いています [1]。違いを隠すと、選び方が、性格の問題に見えます。見せません。
選択基準・指導行動には分野差があり、個人特性よりも満足度のより強い予測因子である。
分野差、です。個人特性よりも強い、です。両方です。分野差だけを採って、性格は関係ない、という文にはしません。個人特性だけを採って、自分の向き不向きが原因だ、という文にもしません。著者が並べたのは、分野差があることと、それが個人特性よりも満足度のより強い予測因子であることです。並ぶ二つを、受験生の性格診断に潰すことはしません [1]。
より強い予測因子、です。主語は、選択基準と指導行動の分野差です。日本の理系と文系の点数差ではありません。理系文系への換算は、この回が使う範囲にはありません。無い換算を、出願先の系統の規則として配ることはしません。配ると、著者が書いていない日本の区分が生まれます。生まれた区分を、根拠の顔で出すことはしません。
11分野、です。27大学、です。分野の名前の一覧は、この回が使う範囲にはありません。無い一覧を、日本の研究科の対応表として配ることはしません。対応表は出てきません。出ない表を、今夜の訪問の順番にしない [1]。
個人特性よりも強い、を、本人はどうでもよい、と読むこともしません。著者らが書いたのは、選択基準と指導行動の分野差のほうが、個人特性よりも満足度のより強い予測因子である、という観察です。観察があることと、志願者の努力が無意味であることは、違います。無意味、という語は、この節には置きません。置くと、選び方を本人のせいにも、無関係にもできる短い文が残ります。残しません。
5. 良い課程履修者であったから入る。PhD は独立研究と独創的貢献で授与される
満足度の隣に、2005年の報告は、入ることと授与されることのずれを置きます [2]。隣を、同じ「成績」という言葉で溶かすと、入る力と、研究する力が同じに見えます。溶かしません。こちらは理論的論考です。入試書類の具体的な選び方の手引きではありません。
学生は典型的に「良い課程履修者」であったから博士課程に入るが、PhD は独立研究と知識への「独創的貢献」で授与される。
良い課程履修者、です。典型的に、です。入る理由として、課程の成績の良さがある、という位置です。位置を、成績が無意味だ、という文にはしません。無意味だ、と読むと、前の回の書類の話まで否定したように見えます。見せません。著者が置いているのは、入る理由と、授与の理由のずれです。ずれがあることと、成績証明書を出すな、は、別です [2]。
PhD は独立研究と知識への「独創的貢献」で授与される、です。授与の側です。入試の側ではありません。授与の側があることと、出願書類に独創を書け、という口語の助言は、別です。口語の助言には、理論的視点の範囲も、日本の入試の形式も、入っていません。入っていない助言を、この一文の言い換えとしては使いません。
独立研究、です。独創的貢献、です。著者が選んだ語です。日本の修士論文の評価基準そのものではありません。語があることと、日本の口頭試問でこの語が聞かれることは、別です。別である語を、当日の受け答えの台本に読み替えることはしません。台本は、この回が使う範囲にはありません。無い台本を、志願者の宿題にしない [2]。
理論的論考、です。実験で測った点推定、という書き方ではありません。創造性研究を踏まえた、理論的視点です。視点があることと、この手順で移行できる、という操作は、別です。操作を足すと、著者が書いていない手引きが生まれます。生まれた手引きを、根拠の顔で出すことはしません。
6. 移行は難しい。学部成績や1年目成績だけでは修了を予測できないと教員は認める
ずれのあと、著者は、難しさと、予測の限界を置きます [2]。両方残す、がこの節の中心です。
独立研究への移行は多くの学生にとって難しく、学部成績や1年目成績だけでは修了を予測できないと教員は認める。
多くの学生にとって難しい、です。全員が失敗する、ではありません。多く、です。難しい、です。難しさを、受験生が準備不足だ、という責めの文にはしません。責めの文にすると、移行の外側が、本人の欠点の証明に滑ります。滑らせません [2]。
学部成績や1年目成績だけでは、です。だけ、という語が付いています。成績がゼロだ、という書き方ではありません。それだけでは修了を予測できない、と教員は認める、です。認める、の主語は、大学院の教員です。志願者の自己評価ではありません。主語を入れ替えると、自分の成績は当てにならない、という短い文が残ります。残しません。著者が書いたのは、教員が、学部成績や1年目成績だけでは修了を予測できないと認める、という観察です。
修了を予測できない、です。対象は、独立研究への移行と、博士号の修了です。日本の大学院入試の合否ではありません。合否に読み替える数値は、この回にはありません。無い数値を、偏差値の動きにしない。無い数値を、成績が良ければ研究もできる、の反証の得点差にもしない [2]。
2007年の、選択基準と指導行動が満足度に影響する、という報告と、この予測の限界は、並びます [1] [2]。並ぶことと、満足度の高い教員を選べば修了できる、という口語の助言は、別です。口語の助言には、分野差も、理論的視点も、1年目成績の限界も、入っていません。入っていない助言を、二つの報告の合成としては使いません。合成して新しい数値を作ることもしません。
7. 多くの学生も準備ができていないと感じる。理論的視点であり手引きではない
教員の認めの隣に、著者は、学生の側の感じも置きます [2]。隣を隠すと、難しいのは教員だけが知っている、という文が残ります。残しません。
- 多くの学生も移行の準備ができていないと感じる。
- 創造性研究を踏まえ、移行を促進・阻害する要因の理論的視点を提供する。
多くの学生も、です。教員だけではない、という位置です。位置を、学生が弱い、という診断にはしません。感じる、です。準備ができていない、という事実の測定ではありません。感じ、です。感じがあることと、準備の点数が低いことは、別です。別である感じを、受験生の自己否定の材料にしない [2]。
移行の準備ができていないと感じる、です。入試の準備ができていない、ではありません。独立研究への移行、という層です。層を、出願書類が薄い、という話に溶かすことはしません。溶かすと、理論的論考が、今夜の推薦書の分量の助言に見えます。見せません。
促進・阻害する要因の理論的視点、です。視点を提供する、です。手順を配る、ではありません。創造性研究を踏まえ、です。踏まえ、という語が正確です。創造性の点推定を、この回が新しく出すことはしません。出すと、著者が書いていない効果量が生まれます。生まれた量を、独創の訓練の根拠の顔で出すことはしません [2]。
理論的視点、を、無視してよい、と読むこともしません。著者は、移行を促進する要因と、阻害する要因を、理論の側から置いています。置いていることと、この三つの手順で促進できる、は、違います。三つの手順は、この回が使う範囲にはありません。無い手順を、研究室訪問の台本にしない。無い手順を、成績が良ければ研究もできる、の代わりの命令にもしない。
8. 二つの研究を並べる。間違えたら修了できない、成績が良ければ研究もできる、にはしない
一次証拠を二篇並べたところで、並べ方だけを固定します。新しい点推定は、ここから取り出しません。
2007年が置いているのは、米国の博士教育の満足度です [1]。良好な関係は、成功した博士教育の不可欠な要素である。米国27大学・11分野の博士学生全国調査。選択の基準と報告された指導の行動が、満足度に影響する。選択基準・指導行動には分野差があり、個人特性よりも満足度のより強い予測因子である。
2005年が置いているのは、課程履修から独立研究へのギャップです [2]。学生は典型的に「良い課程履修者」であったから入る。PhD は独立研究と知識への「独創的貢献」で授与される。移行は多くの学生にとって難しい。学部成績や1年目成績だけでは修了を予測できないと教員は認める。多くの学生も移行の準備ができていないと感じる。創造性研究を踏まえた、理論的視点である。
並べる目的は、どちらが勝つかを決めることではありません。指導関係が満足度に何をするかと、課程成績が独立研究を保証しないことを、同じ重さで置くことです。不可欠な要素である、を、間違えたら修了できない、にしない。満足度に影響する、を、日本のコンタクトメールの手順にしない。分野差がより強い、を、日本の理系文系の換算表にしない。良い課程履修者であったから入る、を、成績が良ければ研究もできる、にしない。修了を予測できないと教員は認める、を、成績は無意味だ、にしない。
日本の大学院入試前のメール、研究室訪問、学内成績への読み替えも、ここではしません。読み替える数値は、この二つの報告からは出てきません。出ない、を、この回の答えの一つにします。修了と資金の種類も、再説明しません。睡眠も、運動も、研究計画書の書き方も、軸にしません。軸は、関係の満足度と、移行のギャップです。ギャップがあることと、志願者の選び方が価値の一点であることは、別です。別であるギャップを、本人を責める文にはしません [1] [2]。
9. 【反証】この回が言えないこと
第一に、一次証拠は二篇です。Zhao、Golde、McCormick の2007年と、Lovitts の2005年です [1] [2]。日本の大学院入試前のコンタクトメール、研究室訪問を、一次資料として測った研究ではありません。合否も、偏差値も、この二つの報告は述べていません。児童への外挿も、できません。対象は博士学生です。思春期の教室ではありません。
第二に、2007年は米国の博士教育の満足度の調査です。日本の指導教員制度そのものではありません。米国27大学・11分野は、日本の理系文系ではありません。全国調査の回答を用いた、は、日本の全大学院が同じ回答をしている、という意味ではありません [1]。
第三に、良好な関係は成功した博士教育の不可欠な要素である、を、指導教員を間違えたら修了できない、という断定にはできません。測っているのは満足度です。選択の基準と報告された指導の行動が、満足度に影響する、です。学位取得の保証ではありません [1]。
第四に、選択基準・指導行動には分野差があり、個人特性よりも満足度のより強い予測因子である、です。より強い、です。性格が無意味だ、ではありません。11分野の名前の一覧も、日本の研究科への対応表も、ありません。27と11を掛けて新しい人数を作ることもできません [1]。
第五に、2005年は理論的論考です。入試書類の具体的な選び方の手引きではありません。日本の課程成績にそのまま当てはめることはできません。良い課程履修者であったから入る、は、成績が無意味だ、という意味ではありません [2]。
第六に、PhD は独立研究と知識への「独創的貢献」で授与される、の主語は、授与の側です。出願書類に独創を書け、という命令ではありません。独立研究への移行は多くの学生にとって難しい、は、受験生が準備不足だ、という診断ではありません [2]。
第七に、学部成績や1年目成績だけでは修了を予測できないと教員は認める、です。だけ、です。成績がゼロだ、ではありません。日本の入試の合否への換算表は、ありません。多くの学生も移行の準備ができていないと感じる、は、感じ、です。準備の点数ではありません [2]。
第八に、二つの研究を合成して、新しい数値を作ることはできません。満足度の高い教員を選べば修了できる、という読み替えも、この回からは出てきません。修了と資金の種類の話は、再説明していません。すでに書いた話だからです。必要でも、参照に留めます。
第九に、睡眠、運動、食事、教室環境を、この回の軸にもしていません。研究計画書の書き方も、扱いません。一次資料として見込んでいない題材だからです。
第十に、この回は、志願者の選び方を間違っていると決めつけていません。準備が足りない、という責めの文にもしていません。移行が難しいことを、本人の欠点だとも書いていません。著者らが述べたのは、指導教員の選択と行動が満足度に影響することと、課程成績から独立研究への移行の理論的視点です。研究があることと、受験生を責めることは、別です [1] [2]。
10. 実務——出願と面談で使える3つの確認
- 米国の博士学生の満足度調査を、日本のコンタクトメールや研究室訪問の手順に読み替えていませんか。Zhao、Golde、McCormick によれば、博士学生と指導教員の良好な関係は、成功した博士教育の不可欠な要素です。米国27大学・11分野の博士学生全国調査の回答を用いています。選択の基準と報告された指導の行動が、満足度に影響します [1]。満足度、です。すでに課程にいる学生、です。入試前のメールの正解ではありません。手順に下ろしていないか。面談の前に、断定に上げていないか、を一度だけ言い直す、という確認です。
- 課程成績が良ければ研究もできる、としていませんか。学部成績や1年目成績だけでは修了を予測できないと教員は認める、を隠していませんか。Lovitts によれば、学生は典型的に「良い課程履修者」であったから博士課程に入ります。PhD は独立研究と知識への「独創的貢献」で授与されます。独立研究への移行は多くの学生にとって難しく、学部成績や1年目成績だけでは修了を予測できないと教員は認めます。多くの学生も移行の準備ができていないと感じます。理論的視点です。手引きではありません [2]。成績が良ければ研究もできる、でも、成績は無意味だ、でもない。層を混ぜない、という確認です。
- 指導教員を間違えたら修了できない、と断定していませんか。27大学と11分野を、日本の理系文系や合格率に換算していませんか。2007年が測ったのは満足度です。選択基準・指導行動には分野差があり、個人特性よりも満足度のより強い予測因子です [1]。2005年は、創造性研究を踏まえた理論的視点です [2]。換算表は、この報告からは出てきません。出ない、を、確認の答えにします。修了と資金の種類は、別稿です。この回の層は、関係の満足度と、課程成績から独立研究へのギャップです。
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まとめ
- Zhao、Golde、McCormick は、指導教員の選択と指導の行動が博士学生の満足度に何をするかを見た。米国27大学・11分野の博士学生全国調査。すでに課程にいる学生の満足度である。日本の入試前のコンタクトメール・研究室訪問そのものではない [1]。
- 博士学生と指導教員の良好な関係は、成功した博士教育の不可欠な要素である。選択の基準と報告された指導の行動が、満足度に影響する。間違えたら修了できない、という断定にはしない [1]。
- 選択基準・指導行動には分野差があり、個人特性よりも満足度のより強い予測因子である。27大学と11分野を、日本の理系文系に換算しない [1]。
- Lovitts は、良い課程履修者であることが独立研究への移行を保証しない、という理論的視点を置いた。入試書類の具体的な選び方の手引きではない。日本の課程成績へはそのまま当てはめない [2]。
- 学生は典型的に「良い課程履修者」であったから入る。PhD は独立研究と知識への「独創的貢献」で授与される。移行は多くの学生にとって難しい。学部成績や1年目成績だけでは修了を予測できないと教員は認める。多くの学生も移行の準備ができていないと感じる。成績が良ければ研究もできる、にはしない [2]。
- 二つの研究を並べると、指導関係は満足度に影響する。課程成績は独立研究を保証しない。日本の手順への読み替えも、修了の断定も、この研究からは出てこない。修了と資金の種類は再説明しない。志願者の選び方を悪いと決めつけない。受験生を責めない。
出典
本文中の番号に対応します。書誌を確認し、抄録に直接あたったものだけを挙げています。結論に反する記述も、同じ基準で載せています。
- 【指導教員の選択・行動と博士学生の満足度】Zhao, Chun-Mei; Golde, Chris; McCormick, Alexander C. (2007). More than a signature: how advisor choice and advisor behaviour affect doctoral student satisfaction. Journal of Further and Higher Education, 31(3), 263–281. DOI: 10.1080/03098770701424983
- 【課程履修から独立研究への移行の理論的視点】Lovitts, Barbara E. (2005). Being a good course‐taker is not enough: a theoretical perspective on the transition to independent research. Studies in Higher Education, 30(2), 137–154. DOI: 10.1080/03075070500043093
