時間は数えられない——時間のメンタル・アカウンティング|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方

連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第8回です。学習の仕方の目次を見る

1万円を落としたら、たいていの人はその日のうちに気づきます。では、1日に3時間を無駄にしたことに、同じ日のうちに気づけるでしょうか。同じ「資源の消失」でも、時間のほうは驚くほど把握されません。行動経済学はこの違いをメンタル・アカウンティング——頭の中の家計簿——という枠組みで説明してきました。

そして研究が示したのは、私たちが時間について、お金と同じようには勘定できないという事実です。財布の中身は数えられても、1日の時間の残高は数えられない。この非対称が、勉強時間の配分を難しくしています。

この記事では、時間の勘定がどこで壊れるのかを確認し、壊れた勘定を補うための記録の型を示します。

要点(結論から)

  • 人は支出を、頭の中でいくつかの「口座」に分けて管理している。口座が違うと、同じ金額でも扱いが変わる。
  • ところが時間については、この勘定がうまく働かない。過去に費やした時間は、金額で表されたときだけサンクコストとして意識された、という実験がある。
  • つまり時間は、意識されないまま消えていく。「気づいたら1日終わっていた」は、注意力ではなく勘定の構造の問題である。

結論——時間は数えられないので、可視化して初めて配分できる

  • 人は支出を、頭の中でいくつかの「口座」に分けて管理している。口座が違うと、同じ金額でも扱いが変わる。
  • ところが時間については、この勘定がうまく働かない。過去に費やした時間は、金額で表されたときだけサンクコストとして意識された、という実験がある。
  • つまり時間は、意識されないまま消えていく。「気づいたら1日終わっていた」は、注意力ではなく勘定の構造の問題である。
  • 対処は単純で、時間を目に見える単位に変換すること。記録された時間だけが、配分の対象になる。
  • 今日やることは3つ。1日の時間を3つの口座に分ける、実際の使用を1日だけ測る、差を見る。

理由——頭の中の家計簿はどう働くか

口座が違えば、同じ1,000円も違う扱いになる

セイラーは、人が支出を心の中で分類し、分類ごとに別々の予算として扱うことを示しました。同じ金額でも、どの口座から出るかによって、痛みの感じ方も使い方も変わります。

Thaler RH. Mental Accounting and Consumer Choice. Marketing Science. 1985;4(3):199-214.

その後の総説では、この仕組みが3つの要素——結果の感じ方、活動を口座に割り当てること、口座を締める頻度——から成ることが整理されています。家計簿と同じで、締める頻度が長いほど、途中の損得はならされます。

Thaler RH. Mental accounting matters. Journal of Behavioral Decision Making. 1999;12(3):183-206.

勉強に当てはめると、「今日の勉強時間」という口座を1日単位で締めるか、1週の単位で締めるかで、行動が変わります。1日で締めると、1日できなかっただけで赤字が確定し、やる気が切れます。週で締めると、悪い日を他の日で埋め合わせられます。締める頻度は、自分で選べる設計変数です。

時間の勘定は、そもそも働いていなかった

ソーマンの実験は、この分野でとりわけ示唆に富んでいます。過去に費やした時間に対しては、サンクコスト効果が観測されませんでした。ところが同じ投資を金額に置き換えて示すと、効果が現れました。

Soman D. The mental accounting of sunk time costs: why time is not like money. Journal of Behavioral Decision Making. 2001;14(3):169-185.

前回のサンクコストの回では「過去の投資に引きずられる」ことを問題にしました。今回はその逆側です。時間については、引きずられるどころか計上すらされていない。ソーマンはこの現象を、人が時間を金銭のように勘定する能力を持たないためだと説明しています。

実生活に直すと、こうなります。3,000円の参考書を無駄にしたら悔しい。しかし、動画を見て3時間を溶かしても、同じ強さでは悔しくない。時間のほうが希少なのに、感じ方は逆です。ラジャゴパル(Rajagopal)とラ(Rha)も、時間のメンタル・アカウンティングが金銭とは異なる構造を持つことを検討しています。

具体例——時間を3つの口座に分ける

時間は、数えなければ存在しないのと同じです。まず、1日を大きく3つの口座に分けます。細かく分けると管理そのものが負担になるので、3つで十分です。

口座 中身 1日の目安 触ってよいか
固定 学校、食事、入浴、睡眠 削らない 原則いいえ
学習 宿題、演習、復習 自分で決める はい
自由 動画、ゲーム、友人との連絡 残り全部 はい

重要なのは、自由の口座を削る対象として書かないことです。削る前提で作った予定は守られません。自由は残高として明示し、学習の口座を先に確保する。これは第5回で扱った「先に確保して守る」形と同じ構造です。

今日からの手順

  1. 1日だけ、実際の使い方を記録する。 30分刻みで、何をしていたかを一言書きます。正確さは要りません。目的は驚くことです。
  2. 3つの口座に振り分けて合計する。 ここで初めて、時間が数字になります。多くの場合、自由の口座が想像より大きく出ます。
  3. 学習の口座に、先に予定を入れる。 残った時間で勉強するのではなく、先に確保します。
  4. 締める頻度を週にする。 1日できなかった日を赤字として確定させず、週の合計で見ます。崩れた日から復帰しやすくなります。
  5. 移動時間を別枠で数える。 通学や待ち時間は、固定のようでいて学習に変えられる部分です。ここを可視化すると、10分単位の学習が予定に乗ります。

学年で変えるところ

  • 小学生——時間の長さの感覚がまだ育っていないため、砂時計やタイマーで「見える化」します。30分がどれくらいかを体で知ることが先です。
  • 中学生——部活で固定の口座が大きくなる時期です。学習の口座を無理に大きくすると破綻するので、まず固定を正確に測ってから、残りで設計します。
  • 高校生——科目数が多く、学習の口座の中をさらに分ける必要が出ます。ただし細分化しすぎると管理が負担になるので、3科目までにまとめるのが現実的です。

なぜ時間だけが数えられないのか

財布の中身は数えられるのに、1日の残り時間は数えられない。この差はどこから来るのでしょうか。少なくとも3つの理由が考えられます。

第一に、時間には残高の表示がありません。財布を開けば紙幣の枚数が見えます。銀行の口座も残高が表示されます。ところが「今日あと何時間使えるか」を表示する仕組みは、意識して作らないかぎり存在しません。表示されないものは、意思決定の材料になりません。

第二に、時間は貯められません。今日使わなかった3時間を明日に繰り越すことはできません。貯蓄できない資源は、節約する動機が働きにくくなります。「今日は余ったから明日に回そう」という発想自体が成立しないため、余りを意識する機会もありません。

第三に、時間の支出は一度に大きく動きません。動画を1本見るたびに10分ずつ減りますが、その1回の損失は小さく感じられます。小さな支出が積み上がって大きな額になる構造は、家計でも把握しにくい部分です。時間の場合は残高表示がないぶん、さらに把握されません。

この3つはいずれも、記録によって部分的に補えます。残高を紙に書けば表示ができ、週で締めれば繰り越しに近い感覚が作れ、合計を出せば小さな支出の集積が見えます。時間管理の道具が「見える化」に集中しているのは偶然ではありません。数えられないという構造上の弱点を、外部の記録で埋めているわけです。

口座を「いつ締めるか」で、続きやすさが変わる

メンタル・アカウンティングの研究で、締める頻度は重要な要素として扱われてきました。勉強の記録でも、ここが最も効きます。

1日で締める方式は、達成感が毎日得られる利点があります。しかし予定外の用事が入った日に、必ず赤字が出ます。赤字が続くと記録そのものをやめます。週で締める方式は、日々の達成感は薄いものの、悪い日を吸収できます。実際に長く続いているのは、週で締めて、日々は単に記録だけを残す形です。

もう一つの工夫は、締めるときに評価しないことです。合計を出して、先週と比べるだけにします。良い悪いの判定を入れると、記録が自己評価の道具になり、都合の悪い日を書かなくなります。家計簿が続かない理由とまったく同じです。

よくある失敗——「勉強した時間」を水増しして数える

時間の記録で最も多い失敗は、机に向かっていた時間を丸ごと学習の口座に入れてしまうことです。実際には、教材を探していた時間、通知を見ていた時間、ページをめくっていただけの時間が混ざっています。

この水増しは、意図的な嘘ではありません。時間の勘定が働いていないので、区別できないだけです。対処は簡単で、数えるものを時間ではなく成果物にすることです。解いた問題数、覚えた語数、書いたページ数。これらは水増しできません。

時間は配分の単位として使い、達成の評価には成果物を使う。2つを分けると、記録が現実に合ってきます。逆に、時間だけで評価すると、長く座っていた日が良い日になってしまい、効率を上げる動機が消えます。

保護者ができること——「何時間やったか」を聞かない

家庭でよく交わされるのが「今日は何時間勉強したの?」という質問です。善意の確認ですが、2つの副作用があります。

第一に、時間で評価されると分かると、水増しの動機が生まれます。第二に、この質問は学習の口座の大きさだけを問い、中身を問いません。3時間座って1ページも進まなかった日と、40分で3ページ進んだ日が、同じ評価になります。

代わりに有効なのは、次のような質問です。

  1. 「今日はどこまで進んだ?」——成果物を問う質問です。答えが具体的なら、実際に進んでいます。
  2. 「今週はあと何時間使える?」——残高を問う質問です。週単位で締める習慣を支えます。
  3. 「自由な時間は足りている?」——自由の口座を正当なものとして扱う質問です。削る対象として扱わないことが、計画を守らせます。

時間の使い方は、本人が数字を見て初めて調整できるようになります。保護者の役割は、数字を評価することではなく、数えられる形にする手伝いをすることです。

なお、記録の道具は紙でもアプリでも構いません。ただしアプリを使う場合、記録のために端末を開くことが別の消費につながりやすい点には注意が要ります。前回のデフォルトの話に戻れば、記録用の端末を開いた画面に何が並んでいるかが、そのまま次の行動を決めます。紙の記録が根強く使われ続けているのは、この副作用が無いからでもあります。

週単位で教科を配る——時間の帳簿を意識する

時間を口座に分けて可視化するという考え方は、一日の中だけでなく、一週間の単位にも当てはめられます。たとえば、月曜から金曜までの放課後を思い浮かべてください。どの日にどの教科を置くかを決めずに過ごすと、気が向いた教科だけが繰り返されることがあります。

週の単位で見るときは、曜日ごとに役割を持たせる方法があります。たとえば、計算系の教科は短い時間で毎日触れ、暗記系の教科はまとまった時間が取れる日に置く、といった配り方です。口座の名前を曜日に置き換えると、その日に何を開けばよいかが決まります。

この見方の利点は、一日の失敗が週全体の失敗にならないことです。ある日に予定どおり進まなくても、別の曜日に同じ口座が残っていれば、取り戻す余地があります。時間を一日で締めず、週で締める感覚に近いと考えられます。

勉強の場面でいえば、週のはじめに、曜日ごとの教科を一枚の紙に書き出す方法があります。書き出す場所は机の前でも、手帳でも構いません。見える場所に置いておくと、その日の選択が短くなります。

記録が目的になる——時間を測ること自体に夢中になる

時間を可視化しようとすると、つまずきやすい点がいくつかあります。まず起こりやすいのは、記録を取ること自体が目的になってしまうことです。何分取り組んだかを書き込むことに意識が向き、その日の内容が頭に残らないという展開になります。

次に多いのは、記録の単位を細かくしすぎることです。休憩や移動まで分けて書き始めると、書く作業が増え、続かなくなります。口座の数は、自分が覚えられる範囲にとどめるほうが扱いやすいと考えられます。

また、記録が思うように伸びない週に、口座そのものを疑ってしまうこともあります。数字が増えないと、分け方の意味がないように感じられますが、分けたこと自体は選択を減らす働きを持ちます。結果ではなく、迷わず開けたかどうかで見ることもできます。

避けたいのは、記録を成績の代わりにすることです。口座は、時間の使い方を選びやすくするための道具であり、増やすこと自体が目的ではありません。書けなかった日があっても、翌週に同じ曜日の口座が残っていれば、そこから再開できます。

この記事で言えないこと

ソーマンの実験は選択課題を用いたもので、日々の学習時間の管理を直接扱ったものではありません。時間の勘定が金銭と異なるという知見を、学習計画へ応用しているのがこの記事の立場です。応用の妥当性は、各自の記録で確かめてください。

また、時間を記録すれば成績が上がるという主張ではありません。記録は配分を可能にするだけで、配分した時間の中で何をするかは別の問題です。長時間の記録が積み上がっても、内容が読み流しであれば結果は変わりません。

当塾の立場

1日だけ記録する、3つの口座に分ける、週で締める。紙と鉛筆だけでできます。塾は必要ありません。

ただ、記録を見ながら配分を決める作業は、一人だと甘くなりがちです。武蔵野個別指導塾では、宿題を出すときに所要時間の見積もりと、その週に使える残り時間を一緒に確認しています。残り時間に対して量が多ければ、量のほうを減らします。守れない宿題を出し続けることは、記録を嫌いにさせるだけだからです。

出典

  1. Thaler RH. Mental Accounting and Consumer Choice. Marketing Science. 1985;4(3):199-214.
  2. Thaler RH. Mental accounting matters. Journal of Behavioral Decision Making. 1999;12(3):183-206.
  3. Soman D. The mental accounting of sunk time costs: why time is not like money. Journal of Behavioral Decision Making. 2001;14(3):169-185.
  4. Rajagopal P, Rha JY. The mental accounting of time. Journal of Economic Psychology. 2009;30(5):772-781.

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