社会人・パートタイムの院生——バランスと支援と競合する役割

社会人・パートタイムの院生——バランスと支援と競合する役割

社会人として大学院を受験しようとするとき、時間の話が先に来ることがあります。仕事がある。家庭がある。研究の時間は、そのあいだから捻出するしかない、と思う。思うとき、頭のどこかで別の声が同時に鳴ることが多い。「時間が取れないなら無理だ」「全日制と同じ型に合わせろ」。

Gardner と Gopaul は、パートタイムの博士学生の体験を、質的に見ています [1]。論文の表題は “The Part-Time Doctoral Student Experience” です。2012年の報告です。対象は、異なる分野のパートタイム博士学生10名です。日本の社会人院生・通信制を、直接測った研究ではありません。米国系の、10名の、半構造化面接である、ということを、この回は最初に言います。後でもう一度言います。日本の社会人受験にそのまま当てはまる、とは書きません。10名を、離脱率にも、合格率にも、換算しません。

Bates と Goff は、パートタイム博士学生2名のオートエスノグラフィーです [2]。論文の表題は “The Invisible Student: Benefits and Challenges of Part-time Doctoral Studies” です。2012年の報告です。複数の競合する役割のバランスの旅を記録しています。カナダの、2名の、自己記述である、ということを、この回は最初に言います。後でもう一度言います。一般化可能な離脱率も、時間管理の「正解」も、この要旨にはありません。無い正解を、この回は作りません。

結論を先に言います。博士教育研究の多くは全日制学生に焦点が当てられていた、と2012年の10名の研究は述べています [1]バランス・支援・「伝統的」博士学生の型に合うことへの懸念が、多くの問題に関わる。一部の問題は全日制と共通するが、パートタイムの体験はより複雑で、持続的かつ柔軟な取り組みが必要である、とも述べています [1]複数の競合する役割のバランスの旅があり、パートタイム博士課程は学生・大学・雇用主に利益と課題をもたらす、と2名の自己記述は述べています [2]。より複雑である、と、修了しにくい、は違います。利益と課題がある、と、時間が取れないから無理だ、も違います。どちらも、日本の社会人院生の手順書ではありません。

先に、この回がしないことも言っておきます。一次証拠は、米国系の10名の質的研究と、カナダの2名のオートエスノグラフィーです。日本の社会人院生・通信制に、そのまま当てはめません。仕事と研究の重なりの話は、すでに別稿があります。この回では再説明しません。10名を離脱率にも、合格率にも、換算しません。2名を、時間管理の正解にもしません。「パートタイムは修了しにくい」とは断定しません。社会人の受験生を、時間が取れないから無理だ、とも責めません。睡眠、運動、スマホ、栄養も、軸にしません。短い研究紹介の作法も、研究計画書の書き方も、扱いません。この回の軸は、パートタイムの体験がバランスと支援と型への懸念に関わり、より複雑であることと、利益と課題が学生・大学・雇用主に及ぶこととを、同じ重さで置くことです。時間の取り方を、向き不向きの判定にはしません。

1. 博士教育の研究の多くは、全日制に焦点が当てられていた

志願者が「社会人の院生」と呼ぶものの中には、いくつかの層が混ざります。日本の社会人入試。通信制。夜間。海外のパートタイム博士。層が混ざったまま、「時間がない」と言うと、どの制度の、どの体験の話なのかが見えなくなります。

Gardner と Gopaul が置いているのは、パートタイムの博士学生です [1]。日本の社会人入試の出願者、という書き方ではありません。仕事と研究の重なりの話は、別稿の層です。この回は、その層を厚くやり直しません。パートタイム博士の、体験の探索です。別である層を、同じ「社会人」という言葉で結ぶと、仕事の重なりの話と、全日制の型への懸念が、一つの方針に見えます。見せません。

入口の文は、焦点の偏りです [1]

博士教育研究の多くは全日制学生に焦点が当てられていた。

多くは、です。全てが、ではありません。全日制学生に焦点、です。パートタイムが見えない、という位置です。位置を、全日制が正しい、という順位にはしません。順位にすると、焦点の偏りが、パートタイムの欠点の証明に見えます。見せません。著者が置いているのは、研究の関心がどこに集まっていたか、という入口です。入口を、日本の社会人入試は研究されていない、という制度批判にはしません。批判にすると、2012年の観察が、志望校への不満の材料に見えます。見せません [1]

Bates と Goff の表題は、見えない学生、です [2]。見えない、という語が表題に入っています。入っていることと、存在しない、は違います。違う語を、パートタイムは例外だ、と読む根拠にもしません。例外だ、と読むと、2名の自己記述が、少数者の特殊事情に見えます。見せません。著者が置いているのは、見えにくさの側です。側があることと、日本の通信制と同じ見えにくさであることは、別です。別である見え方を、この回の入口に置きます [1] [2]

受験生本人が読むときの形も、同じ範囲に置きます。「全日制の研究が多いから、社会人は向いていない」。その物語を、この二つの報告は支えていません。支えていないことと、パートタイムの体験が無い、は、また別です。焦点が全日制に寄っていた、という入口と、向き不向きの判定は、層が違います。層を混ぜて、本人を責める文にはしません。

2. 対象は異なる分野のパートタイム博士学生10名、半構造化面接である

焦点のあと、Gardner と Gopaul は、対象と方法を置きます [1]。ここでも、最初に限界を言います。米国系の、10名の質的研究です。日本の社会人院生・通信制ではありません。10名を、離脱率にも、合格率にも、換算しません。

異なる分野のパートタイム博士学生10名の体験を探索した。半構造化面接による。

10名です。日本の社会人受験生の人数ではありません。10を、離脱の割合にも、合格の割合にも、換算する対応表は、ありません。無い表を、配ることはしません。質的研究です。大規模な追跡ではありません。追跡でない、という位置が、この節の中心です [1]

異なる分野、です。一つの専攻だけ、という書き方ではありません。異なる、という語が付いています。付いている語を、何分野か、という新しい数にはしません。新しい数を足すと、著者が書いていない内訳が生まれます。生まれた内訳を、根拠の顔で出すことはしません。分野が異なることと、日本の文系と理系の対応表があることは、別です。対応表は、ありません。無い表を、専攻の有利不利にはしません。

半構造化面接、です。質問紙の全数調査、ではありません。面接で聞いた、という方法です。方法があることと、日本の入試面接と同じ場であることは、別です。別である場を、入試の口頭試問の予測にはしません。予測にすると、10名の体験が、出願の面接対策に見えます。見せません。口頭試問の質問パターンの話は、この回の軸ではありません。軸にしない。この回が置いているのは、在学中のパートタイムの体験です。在学中の体験と、入試の当日は、層が違います。層を混ぜない [1]

探索した、です。因果を操作した、という書き方ではありません。体験を探索する、という位置です。位置を、この10名が代表だ、という一般化にはしません。一般化にすると、質的研究が、日本の社会人の全数の話に見えます。見せません。見せない、を、10名だから無関係だ、と読むこともしません。探索した、と書いてある。書いてある対象は、異なる分野のパートタイム博士学生10名です。対象を、日本の通信制の名簿にはしません。しない理由は、舞台が、米国系の、10名の、半構造化面接だからです [1]

3. 多くの問題は、バランス・支援・「伝統的」な型に合うことへの懸念に関わる

対象の隣に、Gardner と Gopaul は、関わっていた懸念を置きます [1]。この回の中心の一つです。

バランス・支援・「伝統的」博士学生の型に合うことへの懸念が、多くの問題に関わる。

バランス、です。時間術の正解、ではありません。支援、です。独力で何とかする、という書き方ではありません。型に合うことへの懸念、です。型に合わせろ、という命令ではありません。三つが並んでいます。並んでいる三つを、時間がない、という一つの文句に縮めることはしません。縮めると、支援と型が、視界から落ちます。落としません [1]

多くの問題に関わる、です。全ての問題の原因だ、という書き方ではありません。関わる、という語が正確です。正確である関わりを、時間が取れないから失敗する、という因果の文にはしません。因果にすると、懸念の話が、社会人の受験生への責めに見えます。見せません。著者が書いたのは、多くの問題が、この三つの懸念に関わる、という報告です。報告を、本人の自己管理の採点にはしません。

「伝統的」博士学生の型、です。鉤括弧が付いています。著者が付けた鉤括弧です。伝統的、という語を、正しい型、と読むこともしません。正しい型だ、と読むと、全日制の型が、目標の顔をします。目標にしない。型に合うことへの懸念、です。合っていない、という判定ではありません。懸念、という語が正確です。懸念があることと、型から外れているから向いていない、は、別です。別である判定を、この回は作りません。作らない理由は、著者が置いたのが懸念であって、適性の結論ではないからです [1]

支援、という語も、拾います。支援が足りない、を、本人が頼らないからだ、と読むこともしません。頼らないからだ、と読むと、支援の話が、性格の欠点に滑ります。滑らせません。著者が並べたのは、バランス、支援、型への懸念です。並べた三つを、家庭の努力不足の名前にはしません。名前にしない、を、支援は不要だ、と読むこともしません。支援が、多くの問題に関わると書いてある。書いてある関わりを、出願をやめる理由にもしません。理由にすると、懸念の話が、最初から無理だ、という声に見えます。見せません [1]

4. 一部は全日制と共通する。パートタイムの体験はより複雑で、持続的かつ柔軟な取り組みが必要である

懸念のあと、Gardner と Gopaul は、全日制との重なりと、差を置きます [1]。差だけを採ると、パートタイムは別種だ、に見えます。重なりだけを採ると、同じだ、に見えます。両方残す、がこの節の中心です。

  1. 一部の問題は全日制と共通する。
  2. パートタイムの体験はより複雑で、持続的かつ柔軟な取り組みが必要である。

一部の問題は共通する、です。全部が同じ、ではありません。一部、です。共通する、を、だから全日制と同じ準備で足りる、と読むこともしません。足りる、と読むと、次の文のより複雑が、視界から落ちます。落としません。著者が並べたのは、共通する一部と、より複雑な体験です。並ぶ二つを、当日の一問の命令に潰すことはしません [1]

より複雑、です。より劣る、ではありません。複雑、という語は、著者の語です。語を、修了しにくい、という断定に翻訳することはしません。翻訳すると、体験の複雑さが、離脱の予言に見えます。見せません。この回は、「パートタイムは修了しにくい」とは書きません。書いていない断定を、複雑の言い換えとしては使いません。使いません、がこの節の上限の一つです。

持続的かつ柔軟な取り組みが必要、です。必要、の主語は、取り組みです。本人の根性ではありません。持続的、かつ、柔軟、です。片方だけではありません。持続的だけを採ると、同じペースを保て、という命令に見えます。柔軟だけを採ると、都合で休め、という命令に見えます。著者が書いたのは、両方です。両方を、時間管理の正解の手順書にはしません。手順書にすると、10名の面接が、週間計画のひな型に見えます。見せません [1]

取り組み、です。制度の側と、本人の側の、どちらに主語があるかを、この一文だけで決めることはしません。決めない理由は、次の節で、制度と実証の両面から支援を提言しているからです。提言の主語が、個人の努力だけではない。だけではない、を、本人は何もしなくてよい、と読むこともしません。必要である、と書いてある。書いてある必要を、社会人の受験生への責めにはしません。責めにすると、柔軟であれ、という語が、できていない人への指摘に見えます。見せません。10名の体験の、この範囲です。範囲を、日本の通信制の修了率にはしません。修了率にしない。しない理由は、離脱率への換算を、この回が禁止しているからです。禁止している換算を、複雑の言い換えで戻すこともしません [1]

5. 制度と実証の両面から、増大する人口への多面的支援が提言される

複雑さの隣に、Gardner と Gopaul は、提言の向きを置きます [1]。10名の話を、個人の工夫で閉じない、という位置です。

制度・実証の両面から、この増大する人口への多面的支援を提言する。

制度、と、実証、です。両面、です。制度だけ、でも、実証だけ、でもありません。多面的支援、です。一つの支援、ではありません。増大する人口、です。パートタイムの博士学生が、増えている側として書かれています。増えている、を、もう飽和だ、と読むこともしません。飽和だ、と読むと、提言が、今さら遅い、という話に見えます。見せません [1]

提言する、です。すでに実装された、という書き方ではありません。提言、という位置です。位置を、日本の大学院がこの支援を用意している、という記述にはしません。記述にすると、2012年の米国系の提言が、志望校の学生支援の保証に見えます。見せません。見せない、を、支援は無い、と読むこともしません。提言がある、という報告です。報告を、出願前の交渉材料にもしません。交渉にすると、多面的支援が、個人の要求リストに見えます。見せません。

この増大する人口、です。10名そのもの、ではありません。10名の体験を踏まえた、人口の側への提言です。踏まえた提言と、10名が人口を代表する、は、別です。別である代表を、この回は主張しません。主張しない、を、提言は空論だ、と読むこともしません。著者が書いたのは、複雑な体験をよく理解するための実証と、支えるための制度の、両方だ、という向きです。向きを、本人が時間を作れ、という一文に縮めることはしません。縮めると、制度の側が落ちます。落としません [1]

ここまでで、この回がしない換算を、もう一度固定します。10名を、離脱率にも、合格率にも、換算しません。多面的支援が必要だ、という提言を、支援が無いから修了できない、という断定に読み替えることもしません。読み替えると、提言が、社会人への制止に変わります。変えません。日本の社会人院生・通信制に、そのまま当てはめない、という入口も、ここでもう一度置きます。入口を残したまま、10名の面接は、質的研究として残ります。残る研究と、日本の在学の手順書は、別です。別である手順を、この節では作りません [1]

6. 2名のオートエスノグラフィーは、競合する役割のバランスの旅を記録する

10名の隣に、2名の自己記述を置きます [2]。隣に置く、を、同じ標本だ、とは言いません。ここでも、最初に限界を言います。カナダの、2名のオートエスノグラフィーです。一般化可能な離脱率も、時間管理の正解も、この要旨にはありません。

2名のパートタイム博士学生のオートエスノグラフィーで、複数の競合する役割のバランスの旅を記録した。

2名です。10名ではありません。足して新しい総数を作ることもしません。測っている構成が違います。半構造化面接と、自己記述は、同じ「人数」ではありません。近い少人数を、同じ量の反復としては読めません [1] [2]

オートエスノグラフィー、です。著者の方法の名前です。外から人数を集めた調査、ではありません。自分たちの旅を記録する、という位置です。位置を、客観的な離脱率の推定にはしません。推定にすると、2名の記述が、統計の代替に見えます。見せません。記録した、です。一般化した、ではありません。一般化可能な時間管理の正解は、この要旨にはありません。無い正解を、週間計画として配ることはしません [2]

複数の競合する役割、です。役割が一つ、という書き方ではありません。複数、です。競合する、です。両立がきれいだ、という書き方ではありません。バランスの旅、です。旅、という語が正確です。到着点の名前ではありません。到着点にしない、を、バランスは永遠に取れない、と読むこともしません。著者が書いたのは、バランスの旅を記録した、という範囲です。範囲を、社会人は役割が多すぎて無理だ、という責めにはしません。責めにすると、競合する役割が、本人の欲張りさの証明に見えます。見せません。

カナダ、です。日本ではありません。2名、です。日本の社会人の全数ではありません。最初に言った限界を、対象の節でもう一度置きます。置いたうえで、自己記述として、この報告は残ります。残る記述と、日本の通信制の手引きは、別です。別である手引きを、この節では作りません。作らない理由は、方法がオートエスノグラフィーであり、舞台がカナダの2名だからです [2]

見えない学生、という表題に、一度だけ戻ります。見えない、は、2名の側からの名前です。名前があることと、大学が無視している、という制度批判の一点は、別です。一点にしない。しない、を、見えている、と断言することもしません。表題の語は、表題の語のまま置きます。置いたまま、日本の社会人入試の宣伝文句にはしません [2]

7. パートタイム博士課程は、学生・大学・雇用主に利益と課題をもたらす

旅の記録のあと、Bates と Goff は、利益と課題の両方を置きます [2]。課題だけを採ると、やめろ、に見えます。利益だけを採ると、得だ、に見えます。両方残す、がこの節の中心です。

  1. 文献を参照しながら、パートタイム博士課程が学生・大学・雇用主にもたらす利益と課題を同定し始めた。
  2. パートタイム学生の体験を照らし、パートタイム学生が大学と社会にもたらす利益への認識を高めたい。

同定し始めた、です。同定し終えた、ではありません。始めた、という語が正確です。正確である段階を、利益と課題の完成した一覧にはしません。一覧にすると、2名の記述が、教科書の分類に見えます。見せません。学生、大学、雇用主、です。三者です。学生だけ、ではありません。雇用主、という語が入っています。入っている語を、勤務先が必ず支援する、という保証にはしません。保証にすると、利益と課題の話が、会社への請求に見えます。見せません [2]

利益と課題、です。両方です。片方だけを採って、パートタイムは得だ、という文にはしません。片方だけを採って、パートタイムは損だ、という文にもしません。著者が並べたのは、利益と課題です。並ぶ二つを、出願する/しない、の勝者にはしません。勝者にしない理由は、同定し始めた、という段階だからです。段階を、日本の社会人入試の費用対効果にはしません。費用の話は、この回の軸ではありません。軸にしない [2]

体験を照らし、利益への認識を高めたい。高めたい、です。すでに高い、ではありません。大学と社会にもたらす利益、です。学生本人の利益、だけではありません。認識を高めたい、という希望の向きです。向きがあることと、利益が測定された、という数値があることは、別です。数値は、この要旨にはありません。無い数値を、貢献度として足すことはしません。足すと、認識の希望が、成果の証明に変わります。変えません。

社会、という語も、拾います。大学の外への利益、という側です。側があることと、社会貢献のために大学院へ行け、という命令は、別です。命令にしない。しない、を、社会への利益は無い、と読むこともしません。著者が書いたのは、認識を高めたい、という位置です。位置を、志願者の志望理由の採点にはしません。採点にすると、2名の記述が、動機の正しさの試験に見えます。見せません。利益と課題は、学生、大学、雇用主に及ぶ。及ぶ範囲を、本人の時間の有無の一点にはしません。一点にしない、がこの節の上限です [2]

8. 10名の面接と2名の自己記述を並べる。時間の確保は個別差の範囲に留める

ここまでを一度だけ表にします。新しい数値は足しません。

著者が述べていること
2012年・10名の対象 米国系。異なる分野のパートタイム博士学生10名。半構造化面接。日本の社会人院生・通信制そのものではない [1]
2012年・10名の入口 博士教育研究の多くは全日制学生に焦点が当てられていた [1]
2012年・10名の懸念 バランス・支援・「伝統的」博士学生の型に合うことへの懸念が、多くの問題に関わる [1]
2012年・10名の複雑さ 一部の問題は全日制と共通する。パートタイムの体験はより複雑で、持続的かつ柔軟な取り組みが必要。修了しにくい、という断定ではない [1]
2012年・10名の提言 制度・実証の両面から、増大する人口への多面的支援を提言する。10名を離脱率・合格率に換算しない [1]
2012年・2名の対象 カナダ。パートタイム博士学生2名のオートエスノグラフィー。一般化可能な離脱率・時間管理の正解ではない [2]
2012年・2名の記録 複数の競合する役割のバランスの旅を記録した。見えない学生、という表題 [2]
2012年・2名の利益と課題 学生・大学・雇用主にもたらす利益と課題を同定し始めた。大学と社会への利益の認識を高めたい。片方だけの損得ではない [2]
日本の社会人院生・通信制 この二つの報告からは決まらない。時間が取れないから無理だ、という責めも、出てこない

表の読み方は、上下の勝敗ではありません。上段の10名は、半構造化面接の、バランスと支援と型への懸念です。中段の2名は、自己記述の、競合する役割と、利益と課題です。下段の日本の社会人院生は、どちらの報告にも無い層です。無い層を、表の空欄のまま置きます。

10名と2名を、足した総数も、平均した新しい方針も、作りません。測っている層が違います。一方は、異なる分野の10名への面接です。他方は、2名のオートエスノグラフィーです。近い「パートタイム」を、同じ量の反復としては読めません [1] [2]

出願と在学での見え方に一度だけ引き直します。新しい数値は足しません。仕事と家庭のあいだで、研究の時間が止まる。10名の研究は、焦点が全日制に寄っていたこと、バランスと支援と型への懸念が多くの問題に関わること、一部は共通し、パートタイムはより複雑で持続的かつ柔軟な取り組みが必要なことを書いています [1]。2名の自己記述は、競合する役割のバランスの旅と、学生・大学・雇用主への利益と課題を書いています [2]。引き直した結果として出てくるのは、時間管理の命令ではありません。10名の面接と、2名の自己記述を、日本の社会人院生の手順に溶かさない、という確認の形です。時間確保の話は、個別差の範囲に留めます。

仕事と研究の重なりの話は、すでに別稿があります。この回の二つの報告は、その話ではありません。パートタイムの体験と、時間の個別差です。別稿の層を、ここに厚くやり直すことはしません。睡眠や運動を、時間不足の代わりに置くこともしません。置く軸は、体験がより複雑であることと、修了しにくいとは書かないことです [1] [2]

9. 【反証】この回が言えないこと

第一に、一次証拠は二篇です。Gardner と Gopaul の2012年と、Bates と Goff の2012年です [1] [2]。日本の社会人院生・通信制を、一次資料として測った研究ではありません。合否も、日本の在学率も、この二つの報告は述べていません。

第二に、10名の研究は、米国系の質的研究です。異なる分野のパートタイム博士学生10名への半構造化面接です。日本の社会人院生・通信制に、そのまま当てはめることはできません。10名を、離脱率にも、合格率にも、換算する対応表は、ありません。無い表を補っていません [1]

第三に、博士教育研究の多くは全日制に焦点が当てられていた、を、全日制が正しい、という順位にはできません。バランス・支援・「伝統的」博士学生の型に合うことへの懸念が多くの問題に関わる、は、時間が取れないから失敗する、という因果ではありません。型に合わせろ、という命令でもありません [1]

第四に、一部の問題は全日制と共通する、を、同じ準備で足りる、とは読んでいません。パートタイムの体験はより複雑で、持続的かつ柔軟な取り組みが必要である、を、修了しにくい、という断定にもしていません。より複雑、です。より劣る、ではありません。必要の主語は、取り組みです。根性ではありません [1]

第五に、制度・実証の両面からの多面的支援の提言は、すでに実装された支援の記述ではありません。日本の大学院がこの支援を用意している、という保証でもありません。10名が人口を代表する、という主張にもしていません。増大する人口への提言です。提言を、支援が無いから無理だ、とは読んでいません [1]

第六に、2名の研究は、カナダのオートエスノグラフィーです。一般化可能な離脱率も、時間管理の正解も、この要旨の範囲にはありません。2名を、週間計画のひな型にはしていません。10名と2名を足した総数も、作っていません。測っている構成が違います [2] [1]

第七に、複数の競合する役割のバランスの旅は、到着点の名前ではありません。役割が多すぎて無理だ、という責めでもありません。利益と課題を同定し始めた、は、同定し終えた、ではありません。学生・大学・雇用主の三者です。学生だけではありません。利益だけ、課題だけ、の片方の損得にもしていません [2]

第八に、大学と社会にもたらす利益への認識を高めたい、は、利益が測定された、という意味ではありません。貢献の数値は、この要旨にはありません。無い数値を補っていません。見えない学生、という表題を、存在しない、とも、大学が無視している、という一点の制度批判にも、していません [2]

第九に、仕事と研究の重なりの話は、この回では再説明していません。すでに書いた話だからです。必要でも、参照に留めます。睡眠、運動、スマホ、栄養を、この回の軸にもしていません。短い研究紹介の作法も、研究計画書の書き方も、扱いません。

第十に、この回は、社会人の受験生を、時間が取れないから無理だと決めつけていません。パートタイムは修了しにくい、とも断定していません。バランスが取れないことを、向き不向きの証明にも、出願をやめる理由にもしていません。Gardner と Gopaul が述べたのは、10名の体験におけるバランスと支援と型への懸念、および複雑さと多面的支援の提言です。Bates と Goff が述べたのは、2名の自己記述における競合する役割と、利益と課題です。研究があることと、受験生を責めることは、別です [1] [2]

10. 実務——出願と在学の時間で使える3つの確認

  1. 10名の質的研究を、日本の社会人院生・通信制の一般法則として読んでいませんか。10名を離脱率や合格率に換算していませんか。Gardner と Gopaul によれば、博士教育研究の多くは全日制学生に焦点が当てられていました。異なる分野のパートタイム博士学生10名に半構造化面接をし、バランス・支援・「伝統的」博士学生の型に合うことへの懸念が多くの問題に関わると述べています。一部は全日制と共通し、パートタイムの体験はより複雑で、持続的かつ柔軟な取り組みが必要です。制度・実証の両面から、増大する人口への多面的支援を提言しています [1]。米国系の、10名の、質的研究です。日本の在学率への換算表は、ありません。無い表を、合格率として配らない。より複雑、を、修了しにくい、と読み替えない。層を混ぜない、という確認です。
  2. バランス・支援・型への懸念を、「時間が取れないから無理」という責めに読み替えていませんか。型に合わせろ、と命令していませんか。関わる、です。原因の一点ではありません。型に合うことへの懸念、です。型が正しい、という順位ではありません。支援が、多くの問題に関わります。独力で何とかせよ、という文ではありません [1]。社会人の受験生を、時間が取れないから無理だ、と責めない。出ているのは、懸念の配置です。適性の判定ではありません。判定にしない、を、面談の前に一度だけ言い直す、という確認です。
  3. 2名のオートエスノグラフィーを、時間管理の正解として読んでいませんか。利益と課題の両方を、片方だけの損得に潰していませんか。Bates と Goff は、カナダのパートタイム博士学生2名として、複数の競合する役割のバランスの旅を記録しました。学生・大学・雇用主にもたらす利益と課題を同定し始めた、と述べ、大学と社会への利益の認識を高めたい、と書いています [2]。同定し始めた、です。完成した一覧ではありません。一般化可能な離脱率も、週間計画のひな型も、この報告からは出てきません。出てこないひな型を、在学の手順として配らない。10名と足した総数も、作らない。出ない、を、確認の答えにします。

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まとめ

  1. Gardner と Gopaul は、パートタイム博士学生の体験を探索した。異なる分野の10名、半構造化面接。米国系である。日本の社会人院生・通信制には、そのまま当てはめない。10名を離脱率にも合格率にも換算しない [1]
  2. 博士教育研究の多くは全日制学生に焦点が当てられていた。全日制が正しい、という順位ではない [1]
  3. バランス・支援・「伝統的」博士学生の型に合うことへの懸念が、多くの問題に関わる。時間が取れないから失敗する、という因果ではない。型に合わせろ、という命令でもない [1]
  4. 一部の問題は全日制と共通する。パートタイムの体験はより複雑で、持続的かつ柔軟な取り組みが必要である。より複雑、であり、修了しにくい、という断定ではない。制度・実証の両面から、増大する人口への多面的支援を提言する [1]
  5. Bates と Goff は、カナダのパートタイム博士学生2名のオートエスノグラフィーである。複数の競合する役割のバランスの旅を記録した。一般化可能な離脱率も、時間管理の正解も、無い [2]
  6. パートタイム博士課程は、学生・大学・雇用主に利益と課題をもたらす。同定し始めた、という段階である。大学と社会への利益の認識を高めたい。片方だけの損得ではない [2]
  7. 二つの報告を並べると、パートタイムの体験にはバランスと支援と型への懸念があり、より複雑である。日本の社会人院生への換算も、時間が取れないから無理だという責めも、この研究からは出てこない。仕事と研究の重なりの話は再説明しない。社会人の受験生を責めない。パートタイムは修了しにくい、とは断定しない。

出典

本文中の番号に対応します。書誌を確認し、抄録に直接あたったものだけを挙げています。結論に反する記述も、同じ基準で載せています。

  1. 【パートタイム博士学生10名の質的研究】Gardner, Susan K.; Gopaul, Bryan (2012). The Part-Time Doctoral Student Experience. International Journal of Doctoral Studies, 7, 63–78. DOI: 10.28945/1561
  2. 【パートタイム博士学生2名のオートエスノグラフィー】Bates, Peter J.; Goff, Lori (2012). The Invisible Student: Benefits and Challenges of Part-time Doctoral Studies. Alberta Journal of Educational Research, 58(3), 368–380. DOI: 10.11575/ajer.v58i3.55628
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宮川 涼 Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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