連載「単元別のつまずき研究——その単元で、生徒は実際に何をどう誤るか」全50回の第20回です。学習の仕方の目次を見る
「この式、どう読むの?」と聞くと、生徒が黙り込んでしまう。黒板には「a(b+c)=ab+ac」と書いてあるのに、それを「エーかっこビープラスシーかっことじ」としか言えない。記号の並びを目で追うことはできても、声に出して意味をまとめられないのです。
数学の記号は、ただの省略表記ではありません。式を声に出して読むという行為は、その式が何を表しているのかを理解しているかどうかの、とても正直な鏡になります。黙読では飛ばせてしまう「関係」や「順序」を、音読は逃がさないからです。
今回は、数学記号の読み方につまずく生徒が、実際にどのような誤りをするのかを整理します。そのうえで、記号を「読める」状態に戻すための具体的な手立てを、個別指導の机の前でできる範囲に絞って提案します。
結論を先に言えば、数学記号のつまずきは「記号を覚えていない」のではなく、「記号が指す対象を声に出して確認する経験が足りない」ことから起きています。式を読む練習を、計算練習と同じくらい丁寧に積む必要があります。
要点(結論から)
- 数学記号のつまずきの多くは、記号の暗記不足ではなく、記号と意味を声で結びつける経験の不足から生まれます。
- 式を音読できる生徒は、式の構造を「まとまり」として捉えられています。音読できない生徒は、記号を目で追うだけで関係を捉えていません。
- 「読めない式」は、計算の手順を覚えても、文章題や証明で使える形になりません。記号が操作の対象にならないからです。
結論——数学記号は音読できて初めて使える道具になる
- 数学記号のつまずきの多くは、記号の暗記不足ではなく、記号と意味を声で結びつける経験の不足から生まれます。
- 式を音読できる生徒は、式の構造を「まとまり」として捉えられています。音読できない生徒は、記号を目で追うだけで関係を捉えていません。
- 「読めない式」は、計算の手順を覚えても、文章題や証明で使える形になりません。記号が操作の対象にならないからです。
- 誤答の背景には、記号を「読む」段階での省略や言い換えの失敗が隠れています。式の音読を確かめると、つまずきの位置が特定できます。
- 指導では、記号の読み方を教えるだけでなく、生徒自身に声に出して読ませ、言い換えさせる往復が有効です。
理由——記号は音声化を通して初めて意味をもつ
記号は「過程」と「対象」の二面をもつ
数学の記号には、計算の手続きを表す面と、その結果としてのまとまりを表す面があります。たとえば「a+b」は「aにbを足す」という過程を表すと同時に、「aとbの和」という一つの対象も表します。この二面性を行き来できることが、記号を使いこなす条件です。
ところが、式を声に出して読む経験が少ない生徒は、この二面性のうち「過程」の側面だけに張り付いてしまいます。「a+b」を「エーたすビー」としか読めない生徒は、それを「aとbの和」という一つのまとまりとして扱えません。その結果、式の一部を置き換えたり、式全体を別の式に変形したりする場面で立ち往生します。
このことは、数学的概念の二面性を論じた研究とも重なります。記号は、操作の記録であると同時に、操作の結果としての対象でもあるという視点です。
Sfard A. On the dual nature of mathematical conceptions: Reflections on processes and objects as different sides of the same coin. Educational Studies in Mathematics. 1991;22(1):1-36.
音読は、この二面性を生徒の内側に作るための、もっとも素朴で確実な入口です。「たす」と読むか「和」と読むかを意識するだけで、式の見え方が変わります。個別指導では、この読み分けを意図的に練習できます。
形式的な操作と意味の切り離しが誤りを生む
数学の形式的な操作は、それ自体としては内部で整合していれば正しく進みます。しかし、その操作が現実の場面や元の意味とつながっていなければ、結果が何を表すのか分からなくなります。記号の読み方も同じです。読み方を知らないまま操作だけを覚えると、式の意味から切り離された計算が始まります。
たとえば、等式の変形で「移項すると符号が変わる」とだけ覚えている生徒は、なぜ符号が変わるのかを説明できません。式を声に出して読むと、「左辺から右辺に項を移す」という操作の意味を、自分の言葉で確かめる必要が出てきます。この確かめを省略したままでは、操作の正しさを判断する基準が「先生がそう言ったから」になってしまいます。
形式的な数学と意味づけの関係については、次の指摘が参考になります。形式的な体系が内部的に整合していても、それを現実に適用するときの妥当性は別の問題だという点です。
On Mathematics as Sense-Making: An Informal Attack on the Unfortunate Divorce of Formal and Informal Mathematics. Informal Reasoning and Education. 2012:329-362.
記号の音読は、形式的な操作と意味づけを結び直す作業です。声に出すことで、操作の一つひとつが「何をしているのか」を問い直すきっかけになります。この往復を怠ると、計算はできても使えない式が積み上がっていきます。
音読は式の構造を「まとまり」として可視化する
式を声に出して読むとき、私たちは無意識に区切りを入れています。「a(b+c)」を「エーかける、かっこ、ビープラスシー、かっことじ」と読むのと、「aと、bとcの和との積」と読むのとでは、式の構造の捉え方がまったく違います。前者は記号の並びを順に追っているだけですが、後者は「bとcの和」を一つのまとまりとして扱っています。
この「まとまり」を作れるかどうかが、分配法則や因数分解の理解を左右します。「a(b+c)=ab+ac」を、左辺から右辺へ機械的に展開するだけの生徒は、右辺の「ab」と「ac」がそれぞれ何を表すのかを説明できません。しかし、左辺を「aと、bとcの和との積」と読める生徒は、aをbとcのそれぞれに掛けているという構造を言葉にできます。
音読は、式の構造を耳から確認する作業です。目で追うだけでは見落とす区切りやまとまりを、声に出すことで意識に上げられます。個別指導では、生徒の読み方を聞くだけで、その子が式をどう捉えているかが分かります。読み方が記号の並びのままなら、構造の理解がまだ始まっていないと判断できます。
また、音読には自己修正の機能もあります。声に出して読んでみて、自分で「あれ、おかしいな」と気づくことがあります。黙読では通り過ぎてしまう違和感を、音読は引き止めてくれます。この自己修正の経験を積むことが、記号を使えるようになるための土台です。
誤答の例——式の読み方に現れるつまずき
| よくある誤答 | その子が考えていること | 確かめる問いかけ |
|---|---|---|
| 「a(b+c)」を「エーかっこビープラスシーかっことじ」と読む | 記号を順番に音にしているだけで、式のまとまりを意識していない | 「この式を、『aと何との積』という形で読める?」 |
| 「x²」を「エックスツー」と読む | 右上の数字を、掛け算の相手ではなく、記号の一部として扱っている | 「x²は、xを何回掛けたもの? 声に出して言ってみて」 |
| 「3分の2x」を「3分の2、エックス」と読む | 分数と文字の関係を、並びとして捉えている | 「この式は、何を何で割っているの? 一つの文で読んでみて」 |
| 「(a+b)²」を「a²+b²」と変形する | 二乗の記号を、かっこの中身それぞれに配る操作だと思っている | 「(a+b)²は、何と何の積? 声に出して読んでから展開して」 |
| 「√9」を「ルート9」と読むが、意味を問うと「9を半分にする」と答える | 記号の読み方は知っているが、記号が指す操作を誤って覚えている | 「√9は、何を2回掛けたら9になる数? その数を言ってみて」 |
机の前で1対1で確かめるときは、次の手順が有効です。
- まず、問題の式を生徒に声に出して読ませます。読み方に詰まったら、そこでつまずきの位置が分かります。
- 次に、その式を「別の言い方」で言い換えさせます。たとえば「a(b+c)」を「aと、bとcの和との積」と言えるかどうかを確かめます。
- 言い換えができたら、その言い換えに沿って計算や変形をさせます。読み方と操作が一致しているかを確認します。
- 言い換えができなければ、式のどの部分が「まとまり」なのかを、指で囲ませながら一緒に読みます。
- 最後に、もう一度式全体を声に出して読ませ、最初の読み方と比べます。
小学生では、記号そのものの導入期にあたります。等号を「は」と読むか「イコール」と読むかで、等式の意味の捉え方が変わります。「3+2=5」を「3たす2は5」と読める子は、左辺と右辺の関係を理解しやすくなります。逆に「3たす2イコール5」としか読めない子は、等号を「答えを出す合図」としてしか捉えていないことがあります。
中学生では、文字式や方程式の記号が増えます。係数や項、指数などの読み方を曖昧にしたまま進むと、式の変形で誤りが増えます。特に「2x」を「にエックス」と読むか「2かけるx」と読むかで、項としてのまとまりを意識できるかが変わります。音読の練習を、毎回の授業の最初に短く入れるだけでも、式の見え方が整ってきます。
高校生では、記号の意味がさらに抽象化します。数列の和の記号や、極限の記号などは、読み方を知らないとそもそも何を表しているのかが分かりません。しかし、記号の読み方を一度確認するだけで、それまで暗記で済ませていた操作の意味が見えてくることがあります。高校生ほど、音読を「小学生のやり方」と軽く見ずに、式の構造を確認する手段として使う価値があります。
よくある誤読——研究結果をどう使うべきか
「音読させれば必ず理解する」という誤用
式を声に出して読ませることは有効ですが、それだけで理解が保証されるわけではありません。音読は、式の構造を意識に上げるための手段であって、目的ではありません。読み方を教えて終わりにすると、生徒は「正しい読み方」を暗記するだけで、意味の理解には至らないことがあります。
大切なのは、音読のあとに「その読み方で、式の何が分かったか」を自分の言葉で説明させることです。読み方の暗記と、読み方を通した意味の把握は別の段階です。個別指導では、この段階を飛ばさずに、生徒の説明を聞く時間を確保する必要があります。
また、音読の効果は、生徒が自分の読み方の違和感に気づくことで生まれます。教師が正しい読み方を一方的に与えるだけでは、自己修正の機会が失われます。生徒自身に読ませ、詰まったところで問いかけ、言い換えを促すという往復が欠かせません。
「形式的な操作は意味と切り離して教えてよい」という誤読
形式的な数学の体系が内部的に整合していれば、操作としては正しく進められます。しかし、このことを「意味を教えなくてもよい」と読むのは誤りです。形式的な操作が有効なのは、その操作が何を表しているかを理解したうえで使うときです。意味を切り離した操作の練習は、生徒から「なぜそうなるのか」を考える機会を奪います。
研究が指摘しているのは、形式的な整合性と現実への適用の妥当性は別だということです。これは、数学教育において、形式的な操作の練習と意味づけの活動を切り離してはいけないという教訓として読むべきです。記号の音読は、この二つをつなぐ具体的な活動の一つです。
ただし、音読だけが意味づけのすべてではありません。式を図や具体的な場面と結びつける活動、式の変形を自分の言葉で説明する活動など、複数の経路を組み合わせることが必要です。音読はその入口として、もっとも手軽で、もっとも見落とされがちな方法だという位置づけです。
今週やること——式を声に出す習慣を作る
- 今週の授業で扱う式を、最初に生徒に声に出して読ませます。読み方に詰まった式を記録しておきます。
- 詰まった式について、「別の言い方」を一緒に考えます。たとえば「a(b+c)」を「aと、bとcの和との積」と言い換えます。
- 言い換えた読み方で、式の変形や計算をもう一度させます。読み方と操作が一致したかを、生徒自身に確認させます。
この記事で言えないこと
この記事で述べたことは、数学記号の読み方と理解の関係についての一般的な整理です。個々の生徒がどの記号で、どのような理由でつまずくかは、実際に式を読ませてみなければ分かりません。音読の有効性は、生徒の言語能力や、それまでの学習経験によって大きく左右されます。
また、音読の練習をすれば、すべての生徒の数学の成績が上がるとは言えません。記号の読み方は、数学の理解を支える要素の一つにすぎません。計算の正確さ、文章題の読解、図形の把握など、他の要素との関係の中で考える必要があります。音読だけを取り出して、過大な効果を期待することはできません。
さらに、この記事で扱った研究は、数学的概念の性質や形式的な数学と意味づけの関係についての理論的な考察です。特定の指導法の効果を、数値で示したものではありません。したがって、音読の指導がどの程度の期間で、どのような生徒に、どのくらいの効果をもたらすかについては、この記事からは言えません。実践の中で、生徒ごとに確かめていく必要があります。
当塾の立場
式を声に出して読む練習は、家庭でもできます。教科書や問題集の式を、お子さんに読ませてみて、詰まったところを一緒に言い換えるだけでも、記号への意識は変わります。特別な教材は要りません。まずは、お子さんが式をどう読んでいるかに耳を傾けることから始められます。
そのうえで、塾が担えるのは、読み方のつまずきを記録し、その子の誤答パターンと結びつけて整理することです。たとえば、式を「記号の並び」としてしか読めない生徒には、式のまとまりを指で囲ませながら読む練習を、毎回の授業の最初に五分間だけ組み込みます。このように、音読のつまずきを次の指導に生かす仕組みを作ることが、個別指導の役割だと考えています。
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出典
- Sfard A. On the dual nature of mathematical conceptions: Reflections on processes and objects as different sides of the same coin. Educational Studies in Mathematics. 1991;22(1):1-36.
- On Mathematics as Sense-Making: An Informal Attack on the Unfortunate Divorce of Formal and Informal Mathematics. Informal Reasoning and Education. 2012:329-362.

