連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第47回です。学習の仕方の目次を見る
心臓が速くなる。手が汗ばむ。試験の前にこうした変化が起きると、たいていの人は「まずい状態だ」と受け取ります。ところが同じ身体の変化を「体が準備している合図だ」と受け取ると、結果が変わるという研究があります。
前回は、頭の中の言葉を外に出す方法を扱いました。今回は、身体の変化の解釈を変えるという別の経路です。どちらも、緊張そのものを消そうとはしていません。
要点(結論から)
- ほぼすべての学生が試験場面をストレスとして経験し、動悸などの兆候は否定的に受け取られる。
- ストレスの認知的評価に働きかける介入が、実際の教室の試験で検証された。
- 対象は、コミュニティカレッジの数学基礎科目に在籍する93名(5学期にわたる)だった。
結論——「緊張は妨げ」ではなく「準備の合図」と受け取る
- ほぼすべての学生が試験場面をストレスとして経験し、動悸などの兆候は否定的に受け取られる。
- ストレスの認知的評価に働きかける介入が、実際の教室の試験で検証された。
- 対象は、コミュニティカレッジの数学基礎科目に在籍する93名(5学期にわたる)だった。
- 身体の変化は、対処すべき症状ではなく、課題に取り組むための資源としても解釈できる。
- 実務的には、この解釈を事前に1度だけ伝えておくという運用になる。
理由——解釈が変わると何が変わるか
評価の高い試験での検証
ジェイミソンらは、重要度の高い試験の場面で、覚醒の再評価が遂行に与える影響を検討しました。
Jamieson JP, Mendes WB, Blackstock E, Schmader T. Turning the knots in your stomach into bows: Reappraising arousal improves performance on the GRE. Journal of Experimental Social Psychology. 2010;46(1):208-212.
論文の題名が、介入の内容を表しています。胃のあたりの締めつけを、リボンの結び目に変える。同じ身体の感覚を、別の意味で受け取り直すということです。
教室での実施
その後、同じ枠組みが実際の授業の場面で検証されました。
Jamieson JP, Peters BJ, Greenwood EJ, Altose AJ. Reappraising Stress Arousal Improves Performance and Reduces Evaluation Anxiety in Classroom Exam Situations. Social Psychological and Personality Science. 2016;7(6):579-587.
この研究では、コミュニティカレッジの数学基礎科目に在籍する93名を対象に、5学期にわたって検証が行われました。ストレスの認知的評価に働きかける介入が、教室での試験の遂行と、評価不安に与える影響を扱っています。
対象の選び方にも意味があります。数学の基礎科目は、不安が生じやすい科目であり、しかも受講者の多くが過去につまずいた経験を持ちます。介入が効くとすれば、こうした場面でこそ価値があります。
具体例——同じ感覚を、別の言葉で
| 身体の変化 | 否定的な解釈 | 再評価 |
|---|---|---|
| 心拍が速い | 緊張しすぎている | 血流が増えて、頭が働く準備をしている |
| 手が汗ばむ | 落ち着いていない | 体が活性化している |
| 呼吸が浅い | おかしくなっている | 酸素を取り込もうとしている |
| そわそわする | 集中できていない | 取りかかる準備ができている |
右列は、身体の変化を否定していません。解釈だけを変えています。事実は同じで、意味づけが異なります。第5回で扱ったフレーミングと同じ構造です。
今日からできること
- 試験前に、一度だけ説明を読む。 身体の変化は準備の合図であるという理解を、事前に持っておきます。
- 感覚に気づいたら、言葉を当てる。 「体が準備している」と心の中で言うだけです。
- 変化を消そうとしない。 落ち着こうとする作業自体が容量を使います。
- 模試で試す。 本番で初めて使うより、慣れておくほうが働きます。
- 前回の方法と併用する。 書き出すのは頭の中、再評価は身体の感覚。対象が違います。
学年で変えるところ
- 小学生——身体の変化を言葉にできないことが多いので、「ドキドキは、がんばる準備」と短く伝えます。
- 中学生——定期テストのたびに試せます。効果を自分で確かめやすい時期です。
- 高校生——入試の本番は一度きりなので、模試での練習が重要になります。
誰に効きやすいか
教室での検証が数学の基礎科目で行われたことには、示唆があります。この科目の受講者には、過去に数学でつまずいた経験を持つ人が多く含まれます。つまり、不安が生じやすい条件が揃っています。
この観点からすると、再評価が効きやすいのは、次のような場合だと考えられます。試験そのものへの不安が強い。特定の科目に苦手意識がある。身体の変化を強く自覚する。
逆に、もともと試験で緊張しない人には、変える対象がありません。効果の余地が小さくなります。
自分がどちらかは、試験後の振り返りで判定できます。試験中に自分の心拍や手の感覚が気になったか。気になったなら、この方法を試す価値があります。気にならなかったなら、別の要因——準備、時間配分、形式への慣れ——を探すほうが早くなります。
2つの方法の使い分け
前回の書き出しと、今回の再評価は、どちらも試験不安への対処ですが、働く対象が違います。整理しておきます。
書き出しは、頭の中を走る言葉——心配、予測、後悔——を外に出します。試験の直前に、まとまった時間を取って行います。対象は言語的な思考です。
再評価は、身体の感覚の解釈を変えます。事前に知識として持っておき、試験中に感覚が生じた瞬間に使います。対象は生理的な変化です。
両者は競合しません。直前に書き出し、試験中に感覚が来たら再評価する。この順で併用できます。
そして、どちらも緊張を消そうとしていない点が共通しています。消す方向の対処は、実行に注意を要し、緊張下では働きにくい。この連載で繰り返してきた設計の原則が、ここでも当てはまります。
なぜ解釈で結果が変わるのか
身体の変化そのものは、どちらの解釈でも起きています。では、何が変わるのでしょうか。
一つは、注意の向き先です。「まずい」と解釈すると、自分の状態の監視が始まります。心拍を確認し、落ち着こうとし、うまくいかないことを確認する。この一連の処理が、第21回で述べた容量を占めます。
もう一つは、二次的な不安です。緊張していること自体を問題視すると、緊張についての不安が加わります。元の緊張に、不安が上乗せされる形です。再評価は、この上乗せを防ぎます。
いずれの経路も、身体の変化を減らすものではありません。変化があっても、それに注意と容量を取られない状態を作っています。この連載の立場——状態は制御せず、影響を減らす——と一致しています。
前向き思考とは違う
この方法は、「大丈夫だと思い込む」こととは異なります。違いは2点あります。
第一に、事実を否定していないこと。心拍が速いことは事実であり、再評価はそれを認めたうえで意味を変えます。一方、前向き思考は「緊張していない」と事実に反する主張をする場合があります。事実に反する主張は、維持に労力を要します。
第二に、対象が身体の感覚に限定されていること。結果の予測や自分の能力についての評価には触れません。「合格できる」と思い込む必要はありません。
この限定が、実行のしやすさにつながります。信じ込む必要がなく、生理学的な事実——覚醒時には血流が増える——を知っていればよいからです。
試験以外の場面へ
身体の変化の解釈を変えるという方法は、試験に限らず使えます。面接、発表、部活の試合。いずれも、評価される場面であり、同じ身体の変化が生じます。
とりわけ、総合型選抜の面接やプレゼンテーションでは、この方法の価値が大きくなります。声が震える、手が汗ばむといった変化を「失敗している証拠」と受け取ると、そこに注意が向きます。発表の内容に使える容量が減ります。
準備としては、事前に一度だけ次のことを確認しておきます。評価される場面で身体が反応するのは正常である。反応が出ていることは、失敗の予兆ではない。 それだけです。
加えて、こうした場面でも第41回で述べた手順の設計が効きます。最初の30秒に何を言うかを決めておく、資料の置き方を決めておく。状態が揺れても実行できる部分を増やしておけば、身体の変化の影響は小さくなります。
繰り返し経験することの効果
もう一つ、地味ですが確実な要素があります。同じ種類の場面を何度も経験することです。
初めての形式、初めての会場、初めての緊張度。これらはすべて、第24回で述べた文脈の不一致にあたります。練習した状況と本番の状況が離れているほど、力は出にくくなります。
模試を受ける意味の一つは、ここにあります。得点や判定を知ることだけが目的ではありません。本番に近い状態を、事前に経験しておくことが目的です。身体の変化がどう出るか、時間配分がどう崩れるかを、事前に知っておけます。
この観点からすると、模試の後に確認すべきことが増えます。点数だけでなく、試験中に何を考えていたか、どの時点で焦ったか、時間配分はどう崩れたか。これらは本番で同じように起きる可能性が高く、しかも事前に対処を用意できる部分です。
よくある失敗——効かないと判断するのが早すぎる
この種の介入は、劇的な変化を生むものではありません。1回試して「変わらなかった」と結論するのは早すぎます。
効果を確かめるには、複数回の試験で比べる必要があります。しかも、試験ごとに難度も範囲も違うため、点数だけでは判定できません。判定に使えるのは、試験中に自分の状態を気にしていた時間のほうです。
もう一つの失敗は、この方法を万能の対処として期待することです。準備不足による不安には効きません。実力に対して試験が難しすぎる場合にも、解釈だけでは埋まりません。あくまで、力を出し切れていない状態に対する方法です。
保護者ができること——「緊張して当たり前」と伝える
家庭でできるのは、事前の一言です。長い説明は要りません。
- 「ドキドキするのは、体が準備してる合図だよ」——再評価の内容そのものです。
- 「緊張しない人はいないよ」——二次的な不安を減らします。
- 「落ち着け」とは言わない。 実行できない指示であり、緊張を問題として扱うことになります。
3つ目が要点です。周囲が緊張を問題として扱うほど、本人も問題として扱います。第14回で述べたラベルと同じ構造で、周囲の言葉が解釈の枠組みを作ります。
別の場面で同じ受け取り方を使う——発表と試合の前
身体の変化を準備の合図として受け取る考え方は、試験の会場だけでなく、他の場面にも当てはめられます。たとえば、授業中に指名されて発言するときや、初めて会う人と話すときにも、心臓の鼓動が速くなることがあります。その感覚を「失敗の前触れ」と読むか、「これから話すための準備」と読むかで、その後の動き方が変わることがあります。
勉強の場面では、難しい問題に取りかかる直前が分かりやすい例です。手が止まり、呼吸が浅くなる感覚がしたとき、それを「解けない証拠」と決めつけず、「頭が働き始めている」と捉え直します。ペンを握り直し、問題文を声に出さずに読み返す、といった小さな動作を添えると、切り替えがしやすくなります。
時間帯でいえば、朝一番の学習や、苦手科目を始める直前も同様です。始める前の落ち着かなさを、その科目に向き合うための合図として扱うことができます。場所を変える必要はなく、いつもの机でそのまま続けて構いません。
体の変化を前向きに読めない——動悸が恐怖に戻る
この受け取り方を試すとき、最初の数回で効果を判断してしまうことがあります。一度や二度では変化を感じにくく、合わないと結論づけてしまうのは早すぎる場合があります。回数を重ねるうちに、同じ感覚への反応が少しずつ変わっていくと考えられます。
また、感覚そのものを消そうとしてしまうこともあります。緊張をなくすことが目的ではなく、その感覚の意味を置き換えることが目的です。消そうと力を入れると、かえって意識がそちらに向いてしまいます。
言葉を選びすぎるのも、つまずきの一つです。決まった言い回しを暗記しようとすると、かえって不自然になり、その場で使えなくなります。自分にとって無理のない短い言葉で足りると考えられます。たとえば「今、準備中」といった程度の表現でも構いません。
この記事で言えないこと
ここで挙げた研究は、米国の大学・短大の学生を対象としています。日本の中高生に同じ大きさの効果が出るかは検証されていません。また、短時間の心理学的介入については、効果の条件依存性が議論されている領域でもあります。
加えて、再評価は一時的な試験不安への対処です。日常的に強い不安がある場合、この方法では不十分です。その場合は、学習法の枠を超えた支援が必要になります。
当塾の立場
「ドキドキは準備の合図」と知っておく。費用も道具も要りません。伝えるのに1分かかりません。
武蔵野個別指導塾では、試験前の生徒に対して緊張を問題として扱わないことを原則にしています。落ち着かせようとせず、身体の変化は普通のことだと伝える。そのうえで、第41回で述べたとおり、緊張していても実行できる手順——解く順番、条件の書き出し——を確認します。状態ではなく手順の話に戻すのが、指導としてできることだと考えています。
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出典
- Jamieson JP, Mendes WB, Blackstock E, Schmader T. Turning the knots in your stomach into bows: Reappraising arousal improves performance on the GRE. Journal of Experimental Social Psychology. 2010;46(1):208-212.
- Jamieson JP, Peters BJ, Greenwood EJ, Altose AJ. Reappraising Stress Arousal Improves Performance and Reduces Evaluation Anxiety in Classroom Exam Situations. Social Psychological and Personality Science. 2016;7(6):579-587.

