「明日からやる」はなぜ明日も来ないのか——現在バイアスと勉強の先延ばし|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方

連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第1回です。学習の仕方の目次を見る

「明日から本気を出す」と言った翌日、また同じことを言っている。机の前に座るまでに1時間かかる。テスト前になって初めて焦る。これは意志の弱さの話ではなく、人間の時間の測り方が、遠い未来と目の前とで別の物差しになっているという、経済学と心理学が半世紀かけて記述してきた現象です。

この記事は、その現象に名前をつけるところから始めます。名前がつくと、責める対象が「性格」から「設計」に移ります。責める先が変われば、打てる手も変わります。

要点(結論から)

  • 人は遠い未来の損得はほぼ公平に比べられるのに、「いま」が選択肢に入った瞬間だけ、目の前を極端に重く見る。これを現在バイアスと呼ぶ。
  • だから「来週の自分は勉強する」という予測は、嘘ではなく本気の誤りである。来週になれば、そのときの「いま」がまた重くなる。
  • 先延ばしを最も強く予測するのは、意志力ではなく課題が嫌であることと締切が遠いことだった。つまり、課題の見た目と締切の置き方を変えれば動く。

結論——先延ばしは性格ではなく、選択肢の並び方の問題である

  • 人は遠い未来の損得はほぼ公平に比べられるのに、「いま」が選択肢に入った瞬間だけ、目の前を極端に重く見る。これを現在バイアスと呼ぶ。
  • だから「来週の自分は勉強する」という予測は、嘘ではなく本気の誤りである。来週になれば、そのときの「いま」がまた重くなる。
  • 先延ばしを最も強く予測するのは、意志力ではなく課題が嫌であること締切が遠いことだった。つまり、課題の見た目と締切の置き方を変えれば動く。
  • 有効な対策は「やる気を出す」ではなく、自分が弱いことを前提に、弱くなる前の時点で状況を決めてしまうことである。
  • 今日やることは3つ。締切を細かく前へ動かす、最初の一手を2分に縮める、誘惑を物理的に遠ざける。

理由——なぜ「明日の自分」は当てにならないのか

遠い未来では公平、目の前では不公平

1か月後の月曜と、その翌日の火曜。どちらに30分の面倒な作業を置くかと聞かれると、たいていの人はどちらでもよいと答えます。ところが「今日か明日か」になると、ほぼ全員が明日を選びます。同じ1日の差なのに、判断が変わる。経済学はこの形を双曲割引と呼び、ライブソンが定式化しました。

Laibson D. Golden Eggs and Hyperbolic Discounting. The Quarterly Journal of Economics. 1997;112(2):443-478.

この論文の要点は、割引の形がゆがんでいること自体ではありません。ゆがんでいるせいで「将来の自分の選択を、いまのうちに縛りたい」という動機が生まれると示した点にあります。人は自分が明日裏切ることを、どこかで知っている。だから縛る道具を欲しがる。

「素朴な人」と「分かっている人」で失敗の形が違う

オドノヒューとレイビンは、現在バイアスのある人を2種類に分けました。自分の弱さに気づいていない素朴な人と、気づいている洗練された人です。

O’Donoghue T, Rabin M. Doing It Now or Later. American Economic Review. 1999;89(1):103-124.

この整理が面白いのは、洗練されていれば万事うまくいく、とは言っていないところです。先に苦痛があり後で報われる課題(勉強がまさにこれです)では、素朴な人が先延ばしします。ところが先に快楽があり後で報いが来る課題では、洗練された人のほうが前倒ししすぎるという失敗をします。「自分は誘惑に弱いと分かっている」ことは、正しく使わなければ別の失敗を生みます。

先延ばしを予測したのは、意志力ではなかった

スティールは、先延ばしの原因と結果に関する691の相関を集めてメタ分析しました。

Steel P. The nature of procrastination: A meta-analytic and theoretical review of quintessential self-regulatory failure. Psychological Bulletin. 2007;133(1):65-94.

結果は直感を裏切ります。神経症傾向や反抗的な性格との関連は弱いものにとどまりました。強く一貫して効いていたのは、課題が嫌であること報酬や締切が遠いこと自己効力感が低いこと衝動的であることでした。前の2つは性格ではなく課題の設計です。ここは家庭でも本人でも動かせます。

なぜ嫌な課題ほど後回しになるのか。シロワ(Sirois)とパイチル(Pychyl)は、先延ばしを「短期の気分の修復」として説明しました。数学のプリントを見ると気分が下がる。閉じると気分が戻る。その瞬間だけを見れば、先延ばしは合理的な気分対策です。代償は、そのとき机にいない未来の自分が払います。

具体例——同じ生徒の1日を、設計だけ変えて追う

中学2年の生徒が、金曜に「来週の月曜から毎日ワークを進める」と決めたとします。設計を変えない場合と変えた場合を並べます。

場面 設計なし 設計あり
金曜の宣言 「来週から毎日やる」 「月曜の21時に、p.42の1番だけ解く」
月曜21時 スマホが手元。まず動画を1本 スマホは玄関の充電器。机にはワークだけ
取りかかりの負荷 「今日の分」を決めるところから 開く場所が決まっているので、座れば始まる
失敗したとき 計画全体が崩れる その日の1番だけが飛ぶ

違いは意志ではありません。決める時点が違うだけです。金曜の自分は冷静で、月曜21時の自分は疲れています。冷静なうちに、疲れた自分がとる行動の選択肢を減らしておく。ダックワースらはこれを状況的な自己統制と呼び、意志で我慢する方法より負担が小さいと整理しました。

Duckworth AL, Gendler TS, Gross JJ. Situational Strategies for Self-Control. Perspectives on Psychological Science. 2016;11(1):35-55.

この論文が挙げる例の一つが、まさに「携帯電話を持たずに図書館へ行く学生」です。誘惑に勝つのではなく、誘惑が視界に入らない場所を先に選ぶ。

今日からできる3つの手順

  1. 締切を前へ、細かく置き直す。 「テストまでに仕上げる」は締切が遠すぎて効きません。単元ごと、ページごとに自分の締切を作り、日付を書き込みます。遠い締切ほど先延ばしを呼ぶ、というのがスティールの結論の実務的な使い方です。
  2. 最初の一手を、2分で終わる大きさまで割る。 「数学をやる」ではなく「昨日の間違いを1問だけ書き写す」。嫌悪感は課題の全体像に対して起きるので、視界に入れる単位を小さくします。
  3. 誘惑は意志ではなく距離で処理する。 スマホは別の部屋、机の上は今日使う1冊だけ。手を伸ばせば届く場所にあるものは、遅かれ早かれ手に取られます。

学年で変えるところ

  • 小学生——締切の感覚がまだ育っていないので、時計ではなく順番で決めます。「おやつの前に音読」のように、既にある習慣の直後に置く。
  • 中学生——定期テストという強い締切があるぶん、それ以外の期間が空白になりがちです。週に一度、自分で作った小さな締切(提出のない確認テスト)を置くと、空白が埋まります。
  • 高校生——受験は締切が遠く、現在バイアスが最も効く時期です。模試の日程を自分の締切として使い、「模試までにこの範囲を1周」と逆算して置き直します。

「やる気が出たらやる」という順序の誤り

先延ばしの相談で最も多い言い方が「やる気が出ないから始められない」です。ところが現在バイアスの枠組みで見ると、この文の因果は逆向きに置かれています。やる気という感情は、遠い報酬(テストの点、合格)を目の前に引き寄せる働きをしますが、その引き寄せは長く続きません。感情の強さを待つのは、もっとも不安定な入力を待つことです。

スティールのメタ分析が示したように、動くかどうかを決めていたのは課題の嫌悪感と締切までの距離でした。どちらも感情ではなく、机の上に見える形で存在しています。だから順序はこうなります。まず環境と締切を動かす。行動が起きる。行動が起きたあとで、やる気は追いついてくる。

この順序を実感しやすいのが、いわゆる「5分だけやる」です。5分で終えるつもりで座ると、多くの場合そのまま続きます。続くのは根性がついたからではなく、取りかかりの負荷が最大の障壁で、それを越えた後は負荷が下がるからです。課題全体の嫌悪感は、実際に手を動かしている最中には縮みます。

「宣言」だけでは足りない理由

年始の目標や、テスト前の決意表明が続かないのは、それが遠い未来の自分への指示だからです。指示を受け取る来週の自分は、いまの自分とは別の状況にいます。指示に効き目を持たせたいなら、指示と一緒に状況そのものを送っておく必要があります。教材を開いたまま机に置く、翌日の1問だけ付箋を貼る、通学かばんに単語帳を入れておく。これらは意志を強くする工夫ではなく、未来の状況をいま決めてしまう工夫です。

保護者ができること——声かけを設計に変える

「勉強しなさい」という声かけが効きにくいのは、それが子どもの意志に働きかけているからです。現在バイアスは意志の問題ではないので、狙う場所がずれています。同じ手間をかけるなら、次の3つに振り向けるほうが結果につながります。

  1. 時間ではなく場所と順番を整える。 「何時から勉強するか」より「どこで、何の直後にやるか」を一緒に決めます。夕食の直後、食卓で、という形のほうが守られやすくなります。
  2. 締切を家庭の側に一つ置く。 「金曜の夜に、今週やった分を見せて」と決めておくと、遠い締切しかなかった週に、近い締切が1つ生まれます。内容の良し悪しを採点する必要はありません。見せるという約束だけで機能します。
  3. やった量を、感想ではなく数で確認する。 「頑張ってる?」ではなく「何ページまで進んだ?」と聞く。前者は気分を、後者は行動を問う質問です。先延ばしは気分の調整として起きているので、気分を話題にすると、話すこと自体が気分の修復になってしまいます。

逆に、避けたほうがよいのは、達成できなかった計画を並べて責めることです。自己効力感の低さは先延ばしの予測因子の一つでした。「自分はどうせ守れない」という見立てが強まるほど、次の計画も守られにくくなります。崩れた計画は、責める材料ではなく、締切の刻みが粗すぎたという設計上の情報として扱ってください。

朝練の支度と夕飯の手伝い——先延ばしの癖が顔を出す場所

この記事で扱った考え方は、勉強の机の前だけのものではありません。たとえば朝練のある部活を想像します。前夜に用意を済ませておけば朝は迷わず家を出られますが、その用意を後回しにすると、朝の時間帯に「まだ眠い」「あと少しだけ」という選択肢が並び、結局は走って向かうことになります。遠い未来の自分と、いまの自分のあいだで物差しが変わるという構図は、ここでも同じように働いていると考えられます。

家の手伝いでも似たことが起きます。食器を下げる、風呂を洗う、ごみをまとめる。どれも数分で終わる作業ですが、いま手をつけない理由は「あとでやる」という一言に集約されます。ところが、あとでやる予定だった時間帯には、別の誘いが必ず現れます。誘いの数は夜になるほど増えるため、先延ばしにした作業ほど実行されにくくなる、という見方もできます。

ここで有効なのは、気持ちを強くしようとすることではなく、選択肢の並び方を変えることです。朝練の用意は玄関のそばに置く、手伝いは食器を下げた流れのまま済ませる。勉強でも、教科書を閉じる前に翌日の最初の一問だけ開いておく。こうした小さな配置の変更は、意志の量を増やさずに、行動の順番だけを変える工夫だと言えます。

机に向かう時刻を決めた直後——宣言だけが先に立つ

この記事の内容を実際に試すとき、つまずきやすいのは、始める時刻を決めた直後の時間帯です。たとえば「夜の決まった時刻に机に向かう」と決めたとします。決めた瞬間はうまく回る気がしますが、その時刻が近づくと、机の上に置かれた道具の位置や、開いたままの端末の画面が、別の行動へ誘います。決めたこと自体は正しくても、周囲の物がその決定を打ち消してしまうことがあります。

もう一つのつまずきは、最初の一日がうまくいった後に起きます。初日は意識が向いているため実行でき、翌日も同じ調子でいけると考えます。しかし、うまくいった記録を残していないと、三日目に予定が崩れたとき、何が原因だったのかを確かめる材料がありません。結果として「自分は続かない」という結論だけが残り、設計の見直しに進めなくなります。

避けたいのは、うまくいかなかった日に、その日の気分を理由にしてしまうことです。気分は毎日変わりますが、道具の位置や時間帯の選び方は、変えれば翌日に持ち越せます。うまくいかなかった場面を、教科や時間帯、使った道具という具体的な条件で振り返る習慣があると、同じつまずきを繰り返しにくくなると考えられます。

この記事で言えないこと

現在バイアスは先延ばしの一因であって、すべてではありません。スティールのメタ分析でも、衝動性や自己効力感といった個人差が同時に効いていました。睡眠不足、うつ状態、注意の特性など、設計の工夫では届かない原因もあります。数週間試して行動がまったく変わらないなら、原因を勉強法の外側で探すほうが早いことがあります。

また、ここで紹介した実験の多くは欧米の大学生や成人を対象としています。日本の中高生にそのまま同じ大きさで当てはまる保証はありません。数値は「方向」として読み、自分の記録で確かめてください。行動が変わったかどうかは、気分ではなく、やった日数で測るのが確実です。

当塾の立場

ここに書いた3つの手順は、塾に来なくても今日からできます。締切を前へ動かすのも、机の上を1冊にするのも、道具は要りません。まずは自分で試してください。

それでも変わらない場合、多くは「決める時点」を一人では確保できないことが原因です。武蔵野個別指導塾では、授業の最後の数分を使って次に何をどこまでやるかを、疲れていない時点で確定させることを標準の手順にしています。担当が次回その場で確認するので、締切が自動的に近くなります。現在バイアスに対しては、励ますことよりこの構造のほうが効きます。

出典

  1. Laibson D. Golden Eggs and Hyperbolic Discounting. The Quarterly Journal of Economics. 1997;112(2):443-478.
  2. O’Donoghue T, Rabin M. Doing It Now or Later. American Economic Review. 1999;89(1):103-124.
  3. Steel P. The nature of procrastination: A meta-analytic and theoretical review of quintessential self-regulatory failure. Psychological Bulletin. 2007;133(1):65-94.
  4. Duckworth AL, Gendler TS, Gross JJ. Situational Strategies for Self-Control. Perspectives on Psychological Science. 2016;11(1):35-55.
  5. Sirois F, Pychyl T. Procrastination and the Priority of Short-Term Mood Regulation: Consequences for Future Self. Social and Personality Psychology Compass. 2013;7(2):115-127.

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