
武蔵野個別指導塾の特徴
【中学古典】古文の助動詞と敬語を図解で総まとめ—「む」「べし」「らむ」「けむ」と「給ふ」「侍り」の読み分け|武蔵野個別指導塾

「む」の意志と推量、「べし」の用法を自作例文で比べ、時間軸と敬意の図で読み分けを確かめます。会話の区切りや和歌の現代語訳も、根拠をたどって練習できます。
よくあるのは、合唱コンクールの練習の合間の音楽室で古文の課題を開き、「む」を全部「だろう」と訳したら、人物が自分の予定を人ごとのように語る文になってしまうという場面です。「給ふ」があれば偉い人を主語にしようとしても、会話の途中でだれが話しているのか、またわからなくなることがあります。
このつまずきは、覚えた訳を当てはめるだけでは、言葉を使った人物の立場まで捉えられないことから生まれます。同じ「む」でも、自分で決めた行動と、遠くにいる人の行動の予想とでは、訳し方が変わります。敬語も、動作をする人への敬意と、話を聞く相手への敬意を区別する必要があります。
助動詞の直前の形、出来事の時間、主語、話し手の4点を順に見ていくと、訳の候補を絞れます。ここでは中学の古文の基礎を足場に、発展的な読み分けまで進みます。短い自作の例文で根拠を確認してから、会話と和歌をひと続きの意味として読んでみましょう。
この単元で身につけること
- 助動詞の接続を確かめます。「接続」は直前の語が何形になっているかという決まりで、意味を考える前に語を正しく区切る手掛かりです。
- 「む」の推量・意志・勧誘などを読み分けます。だれの行動かに加え、その人が予想しているのか、決めているのか、誘っているのかを説明します。
- 「べし」の用法を場面と結びつけます。「当然」だけで覚えず、推量・意志・可能・命令・適当も、現代語訳の違いから確かめます。
- 「らむ」と「けむ」の時間を区別します。話し手にとっての現在と過去を見分け、事実の報告と推量を混同しないようにします。
- 敬語の種類から人物関係を整理します。「給ふ」「侍り」の活用や使われ方を調べ、主語と敬意の向かう相手を分けて読みます。
- 会話と和歌にも同じ手順を使います。かぎ括弧の範囲を説明し、省略された主語を補って、助動詞の意味を残した現代語訳を作ります。
現代語の助動詞と敬語、古文の歴史的仮名遣いと動詞の活用が土台です。古文の「思ふ」を現代の発音で読めても、語の区切りを調べるときは原文の表記に戻る、という使い分けも続けていきます。
基本の考え方
助動詞は「何形につくか」から確かめる
助動詞は、ほかの語に付いて意味を添え、自分自身も活用する付属語です。動詞が表す動作に、推量や意志などを加えます。たとえば自作の「我は明日行かむ。」は「私は明日行こう。」という意味です。「行く」という動作に、話し手がそうしようと決める気持ちが加わっています。
この文は「行か/む」と分けます。古文の四段活用の動詞「行く」は、未然形が「行か」、連用形が「行き」、終止形が「行く」です。「む」は未然形に付くので、「行か」という形と合っています。「未然形だから未来」と決めるのではありません。接続は文法上の形の決まり、意志や推量は文中での意味であり、別々に確かめます。
| 助動詞 | 基本となる接続 | 「行く」に付けた形と訳の一例 |
|---|---|---|
| む | 未然形 | 行かむ=行こう・行くだろう |
| べし | 終止形 | 行くべし=行くはずだ・行くべきだ |
| らむ | 終止形 | 行くらむ=今ごろ行っているだろう |
| けむ | 連用形 | 行きけむ=行ったのだろう |
「べし」「らむ」は、ラ行変格活用の語には連体形に付きます。たとえば「あり」は終止形ですが、そのまま付けず、「あるべし」「あるらむ」となります。訳の一例は、それぞれ「あるはずだ」「今ごろあるだろう」です。表の「終止形」という欄だけを見て、あらゆる語に同じ形で付けると考えないようにしましょう。
語尾が似ていても、「らむ」「けむ」を「ら+む」「け+む」と分けてはいけません。ここで扱う用法では、それぞれ全体で1語の助動詞です。後ろの「む」だけを囲むと、接続も時間の意味も見失います。また、「む」が「ん」と書かれることもあります。表記だけで別の意味と考えず、前後を見て判断します。
「む・べし」は行動への構えを読む
「む」の基本的な用法には、推量・意志・適当・勧誘・仮定・婉曲があります。推量は「〜だろう」、意志は「〜しよう」、適当は「〜するのがよい」、勧誘は「〜しませんか・〜しよう」と訳します。仮定は「もし〜ならば」、婉曲は「〜ような」と、断定を避けたり条件を置いたりする働きです。
「我は行かむ。」を、自分の予定を決めて言うなら「私は行こう。」で意志です。「友も行かむ。」を、別の場所にいる友の予定を予想して言うなら「友も行くだろう。」で推量です。「ともに行かむ。」と相手を誘うなら「一緒に行こう。」で勧誘です。主語が自分か他人かは有力な手掛かりですが、それだけで意味が自動的に決まるわけではありません。
名詞の前に「む」がある場合にも注意します。自作の「花を見む人は、この道を行け。」は、花を見ようと思う人に道を教える場面なら「花を見ようと思う人は、この道を行きなさい。」です。「む」が名詞「人」の前にあっても、この場面では意志と読めます。「名詞の前なら必ず婉曲」という決め方はできません。条件を置いているのか、人物の意志を述べているのかを前後から考えます。
「べし」の主な用法と訳は、次のように整理できます。自作例の横に、その読みになる場面を付けています。短い文だけを切り離すと別の意味にも読めるため、場面も合わせて確かめてください。
| 用法 | 訳し方 | 自作例と読みを支える場面 |
|---|---|---|
| 推量 | 〜だろう・〜はずだ | 雲を見て「雨降るべし。」=雨が降るだろう。 |
| 意志 | 〜するつもりだ | 自分で決意して「我は行くべし。」=私は行くつもりだ。 |
| 可能 | 〜できる | 浅い川を見て「この川は渡るべし。」=この川は渡ることができる。 |
| 当然 | 〜はずだ・〜べきだ | 約束した人について「約束は守るべし。」=約束は守るべきだ。 |
| 命令 | 〜せよ・〜しなさい | 退出を強く命じて「早く帰るべし。」=早く帰りなさい。 |
| 適当 | 〜するのがよい | 疲れた友への助言として「しばし休むべし。」=しばらく休むのがよい。 |
同じ訳語でも、文法上の意味が違う場合があります。「はずだ」には、根拠から予想する言い方も、本来そうなるものだと述べる言い方もあります。「べし」を見たら、訳語の一覧を順番に試すだけでなく、予想・決意・実現できる条件・義務・指示・助言のどれを述べているかを考えます。
推量の時間と敬意の向きを分ける
「らむ」は、基本的に話し手にとって現在のことを推量します。「友は今、何を読むらむ。」は「友は今、何を読んでいるだろうか。」です。「けむ」は過去のことを推量し、「友は昨日、何を読みけむ。」は「友は昨日、何を読んだのだろうか。」となります。どちらも、話し手がその内容を確かな事実として報告しているのではありません。
図1のように、推量する出来事の場所を時間軸に置くと、2つの違いが見えます。「む」はこれからの予想によく使われますが、単に未来を表すだけの助動詞ではないので、この図には「らむ」と「けむ」の基本的な対照を示しています。

「など」という「どうして」の意味の語などがあると、原因を推し量る読みになることがあります。「など泣くらむ。」は「どうして泣いているのだろうか。」、「など泣きけむ。」は「どうして泣いたのだろうか。」です。現在の原因推量と過去の原因推量を区別します。名詞を修飾する場合などには伝聞・婉曲の用法もあり、すべてを機械的に「今ごろ」と訳すのは避けます。まず現在か過去かを確かめ、次に文全体が何を尋ねたり伝えたりしているかを見ます。
敬語では、尊敬語は動作をする人を高め、謙譲語は自分側の動作を低く述べることで相手への敬意を表し、丁寧語は聞き手や読み手に丁寧に述べます。古文では、書き手が登場人物を敬う場合も、登場人物が会話の相手を敬う場合もあります。「だれが動くか」と「だれに敬意を示すか」を別の問いにすると整理できます。
四段活用の「給ふ」は、動詞の連用形などに付くと尊敬を表します。自作の「姫、文を読み給ふ。」は「姫が手紙をお読みになる。」で、読む主語は姫です。「給ふ」だけで使われ、「お与えになる」という意味を持つこともあります。前に動作を表す語があるかを見て、本来の動詞としての使い方か、敬意を添える補助動詞としての使い方かを区別します。
一方、下二段活用の「給ふ」もあり、会話や手紙で自分側の「思ふ」「聞く」などに添え、へりくだって述べる働きをします。学校文法では謙譲語として扱い、聞き手への敬意を表す使い方です。四段の連用形は「給ひ」、下二段の連用形は「給へ」です。ただし四段にも已然形・命令形の「給へ」があるので、見えた形だけで断定できません。
「侍り」は、「あります・おります」のように存在を丁寧に述べたり、ほかの語に付いて「〜ます」と丁寧さを添えたりします。また、身分の高い人のそばに控える、仕えるという意味では謙譲語になります。人物が出てきたという理由だけで「お仕えする」と訳すのではなく、存在なのか奉仕なのか、文が表す内容を確かめます。
例題で解き方を確かめる
例題1 同じ「む」の意味を比べる
次の2文の「む」の意味を答え、現代語訳をしてください。Aは話し手が自分で決めたことを述べる場面、Bは旅先にいる友の予定を予想する場面です。
A「我は明日帰らむ。」 B「友は明日帰らむ。」
- どちらも「帰ら/む」と区切ります。「帰ら」は四段活用「帰る」の未然形であり、「む」の接続に合うためです。
- Aの主語「我」と、Bの主語「友」を確認します。自分がする行動か、他人について予想する行動かが、意味を分ける手掛かりになるためです。
- 指定された場面に戻って、Aは意志、Bは推量と判断します。主語だけでなく、Aは決意、Bは予想であることまで確かめると根拠がそろいます。
Aは「私は明日帰ろう。」、Bは「友は明日帰るだろう。」と訳せます。Bを「友は明日帰ろう。」にすると、地の文なのに友の決意をそのまま口にしたような不自然さが残ります。現代語訳を読み返すことも、主語と意味の組み合わせを確認する助けになります。
答え:Aは意志「私は明日帰ろう。」、Bは推量「友は明日帰るだろう。」です。
例題2 場面から「べし」を選ぶ
疲れて歩けなくなりそうな友を見て、話し手が穏やかに休息を勧めています。「汝はしばし休むべし。」の「べし」の意味を答え、現代語訳をしてください。「汝」は相手を指す語です。
- 「休む/べし」と区切ります。「休む」の末尾の「む」は動詞の一部であり、助動詞「む」ではないため、まず単語の境目を確かめます。
- 「休む」は四段活用の動詞の終止形だと確認します。「べし」が付く形と一致するので、助動詞の前までを1つの動作として読めます。
- 発言の目的を確認します。友が休むという未来を予想するのではなく、休むのがよいと助言しているので、適当の用法を選びます。
図2のように、形・場面・意味の順に判断を進めます。この場面を、責任者が強く休むよう指示する場面に変えれば、命令の読みが候補になります。1つの短文にも複数の可能性があり、問題に添えられた説明も根拠の一部です。

現代語訳は「あなたはしばらく休むのがよい。」です。「休めるだろう」では、可能かどうかを述べる内容が入り、休息を勧める目的から離れます。訳した後は、話し手がこの言葉で相手に何を伝えたいのかを、もう一度確認しましょう。
答え:「べし」は適当で、「あなたはしばらく休むのがよい。」と訳します。
例題3 会話を区切り、敬語から主語を確かめる
従者が姫に自分の考えを述べ、姫がうなずく場面です。次の自作の文に、会話を表すかぎ括弧を1組補ってください。また「給へ」「侍り」「給ふ」の敬語の種類を答え、全体を現代語訳してください。
「従者、さと思ひ給へて侍りと申す。姫、うなづき給ふ。」
ここで文全体を囲んだかぎ括弧は、問題文の引用を示しています。補うのは登場人物が話した範囲のかぎ括弧です。「さ」は「そのように」、「申す」は「申し上げる」という意味です。
- 「と申す」を探し、その直前までが従者の発言だと確かめます。「と」は発言内容を受け、「申す」は発言する動作を表すので、会話の終わりを見つける手掛かりになります。
- 冒頭の「従者」は話す人物だと読み、その後の「さ」から会話が始まると考えます。発言の主語は場面の説明から従者自身だと補い、会話の外の人物名と区別します。
- 「給へ」の直後の「て」を確認します。ここは連用形が必要なので「給へ」は下二段の連用形であり、自分の考えをへりくだって述べる謙譲語です。「給へ」という見た目だけで尊敬と決めないために、直後の語まで調べます。
- 「侍り」は丁寧語、「うなづき給ふ」の「給ふ」は尊敬語だと確かめます。前者は従者が姫に丁寧に述べる働き、後者は語り手がうなずく姫を高める働きなので、同じ敬意としてまとめられません。
かぎ括弧を補うと、従者、「さと思ひ給へて侍り」と申す。姫、うなづき給ふ。となります。現代語訳は、従者が「私はそのように存じております」と申し上げる。姫がおうなずきになる。です。自分の考えを話しているのは従者、うなずいているのは姫であり、途中で主語が変わっています。
答え:会話は「さと思ひ給へて侍り」で、「給へ」は謙譲、「侍り」は丁寧、末尾の「給ふ」は尊敬です。全体は、従者が「私はそのように存じております」と申し上げ、姫がおうなずきになる、という意味です。
例題4 和歌でも接続と時間を確かめる
次の自作の短歌は、旅先の話し手が今夜、故郷の友を思い浮かべたものです。「らむ」の意味を答え、全体を現代語訳してください。
「山の端に/月のぼる夜は/ふるさとの/友もひとりで/空を見るらむ」
- 句の切れ目と単語の切れ目を分けて考えます。「ふるさとの」は次の「友」にかかるので、音数の区切りをそのまま意味の終わりにすると内容が途切れてしまいます。
- 結びを「見る/らむ」と区切ります。「見る」は上一段活用の動詞で、この接続では終止形として「らむ」に続きます。末尾の「む」だけを取り出さないことが必要です。
- 話し手が今夜の友を想像していることを確かめ、現在推量と判断します。「友も」の「も」から、自分と友が同じ空に目を向ける姿を重ねていると読めますが、友が実際にそうしていると断定はできません。
現代語訳は「山の端に月が昇る夜は、故郷の友もひとりで空を見ているだろう。」です。「見たのだろう」と過去にすると、今夜の月を通じて友を思う場面がずれます。また、推量の形があるからといって、友の悲しみまで決めつけることはできません。心情の説明も、助動詞が示す確かさの範囲に収めます。
答え:「らむ」は現在推量で、「山の端に月が昇る夜は、故郷の友もひとりで空を見ているだろう。」と訳します。
つまずきやすいところと直し方
誤り1 「けむ」を確かな過去にしてしまう
誤った書き方は、「友は昨日、何を読みけむ。」を「友は昨日、何を読んだか。」とする訳です。違う点は、過去の出来事を推し量る「けむ」の意味が落ちていることです。「読んだ」という過去の部分だけ残すと、話し手が知らないことを想像している距離が伝わりません。
正しい書き方は「友は昨日、何を読んだのだろうか。」です。「読み」は連用形、「けむ」は過去推量、と原文と訳を対応させます。反対に「読むらむ」なら「何を読んでいるだろうか」と現在に戻します。昔の物語の中にある「らむ」でも、その登場人物が話している時点での現在です。読者の今日を基準にして、古文だからすべて過去形にする必要はありません。
誤り2 敬語のある文は全部、主語を高める
誤った書き方は、従者の発言「ここに侍り。」を、単に「侍り」があるという理由で「ここにいらっしゃる。」とする訳です。自分の居場所を丁寧に答える場面なら、これは聞き手への丁寧さを、主語への尊敬に置き換えてしまっています。
正しい書き方は「私はここにおります。」です。主語が従者でも、丁寧に言う相手が姫であることは成り立ちます。一方、主人のそばに控えて仕える場面の「御前に侍り。」は「おそばにお仕えする。」という謙譲の意味になります。「侍り」という同じ単語でも、存在を丁寧に述べるか、仕える動作を述べるかを区別します。
図3のように、動作をする人、動作の相手、聞き手を置き分けると、敬語の種類の違いが見やすくなります。図の謙譲は「申す」などの基本的な関係です。例題3の下二段の「給ふ」は、思う動作の対象を高めるのではなく、自分の考えをへりくだって聞き手に述べる使い方なので、聞き手との関係を特に確かめます。

誤り3 「と」の直前だけを会話にする
誤った書き方は、例題3を、従者、さと思ひ給へて「侍り」と申す。と区切ることです。違う点は、発言の終わりだけを見て、話された内容のまとまりを確かめていないことです。従者が伝えているのは「そのように思っている」という考え全体で、「侍り」だけを言ったのではありません。
正しい書き方は、従者、「さと思ひ給へて侍り」と申す。です。「と」は引用を示す有力な手掛かりですが、「さと思ひ」の「と」のように、心に思った内容を受ける場合もあります。「と」を見つけるたびにかぎ括弧を付けず、その後が発言の動詞なのか、思考の動詞なのかを確認します。さらに、会話を閉じた後の「姫」は新たな主語なので、会話内の「私」をそのまま引き継がないようにします。
練習問題
助動詞の意味だけでなく、その判断に使った語や場面も短くメモしてから、答えを確かめてください。訳す際は、原文にない気持ちや行動を加えず、主語の補いと意味の付け足しを区別します。
練習1
話し手が友を誘って「ともに花を見む。」と言いました。「む」の意味を答え、現代語訳をしてください。また、直前の「見」は何形ですか。「見」は未然形と連用形が同じ形になる動詞なので、後ろに付く語を根拠に判断してください。
練習2
約束を守るのは人としてそうするべきことだと説く場面で、「約束は守るべし。」と言いました。「べし」の意味と接続を答え、現代語訳をしてください。強い口調で相手に直ちに何かをさせる命令の場面とは区別します。
練習3
A「友は今、里にあるらむ。」、B「友は昨日、里にありけむ。」について、助動詞の意味をそれぞれ答え、現代語訳をしてください。「ある」と「あり」の形が違う理由も説明してください。どちらも話し手が遠くの友の居場所を想像している場面です。
練習4
次は、従者が姫に自分の居場所を伝える自作の文です。会話のかぎ括弧を補い、「侍り」「給ふ」の敬語の種類と、それぞれだれへの敬意かを答えてください。全文の現代語訳も書いてください。
「従者、我はここに侍りと申す。姫、笑ひ給ふ。」
答えと解説
練習1の答えは、勧誘、「一緒に花を見よう。」、「見」は未然形です。友を誘うという場面が勧誘の根拠です。「見る」は上一段活用で、未然形と連用形はともに「見」ですが、「む」が未然形に付くため、この文では未然形と判断できます。形が同じ場合ほど接続の決まりが役に立ちます。
練習2の答えは、当然、終止形接続、「約束は守るべきだ。」です。ここでは当然果たすべきことを説いています。「べし」の前の「守る」は四段活用の動詞の終止形です。助言としての適当や、その場の命令に決めず、問題に示された発言の目的まで根拠に含めます。
練習3の答えは、Aが現在推量「友は今、里にいるだろう。」、Bが過去推量「友は昨日、里にいたのだろう。」です。「あり」はラ行変格活用なので、「らむ」の前は連体形「ある」になります。一方、「けむ」は連用形に付くため「あり」です。時間を表す「今」「昨日」と助動詞の接続の両方が、それぞれの読みを支えています。
練習4の答えは、従者、「我はここに侍り」と申す。姫、笑ひ給ふ。です。「侍り」は丁寧語で、話し手の従者から聞き手の姫への敬意です。「給ふ」は尊敬語で、語り手から笑う動作の主語である姫への敬意です。全文は、従者が「私はここにおります」と申し上げる。姫がお笑いになる。と訳します。主語は最初が従者、後が姫です。「我」は会話の話し手を指し、語り手自身を指すのではありません。
次の単元へのつながりと家庭での確かめ方
この読み方は、説話で人物の決意を捉えるときや、随筆で筆者の予想と事実を分けるときに使えます。和歌の鑑賞でも、「そうである」と言い切ったのか、「そうだろう」と思い描いたのかの違いは、心情の説明に関わります。さらに長い古文を読む段階では、接続を調べる習慣が、助動詞が重なった部分をほどく土台になります。
家庭での確かめ方の1つ目は、5分で例題1のAとBを音読し、主語・助動詞・現代語訳をノートの3行に対応させることです。訳を隠して「決意なのか、予想なのか」を言葉で説明し、原文のどこが根拠かに線を引きます。説明できなかったときは、意味の一覧を増やす前に、場面の条件を読み直します。
2つ目は、別の5分で練習4の従者と姫を紙に書き、「話す」「聞く」「笑う」をそれぞれの人物につなぐ方法です。その後、「侍り」と「給ふ」がだれへの敬意かを書き加えます。お子さまの学習を見守る保護者の方も、「だれの動作か」「だれに丁寧に言っているか」と別々に尋ねると、答えを先に教えずに確認できます。
個別指導では、訳がずれた場所から、単語の区切り、直前の活用形、会話の話し手の順に戻って確かめます。「見」が未然形か連用形かで止まるなら活用と接続に、敬語で主語を取り違えるなら人物と動作の対応に戻ると、直す箇所が具体的になります。
まとめ
古文の訳が2通り浮かんだときは、迷ったこと自体を誤りと考えなくてかまいません。直前の形、時間、主語、発言の目的をたどり、片方の読みを支える根拠と、もう片方では合わない箇所を説明してみてください。訳の候補を比べる過程で、短い助動詞が文全体に及ぼす働きが見えてきます。
「む」をどう訳すかは、その人が未来を予想しているのか、自分の行動を決めているのかを読み取ることです。敬語の向きを確かめることは、同じ場面にいる人々の立場を分けることでもあります。古文の人物の声は、語尾1つと敬意の向きを根拠に読んだとき、だれの言葉かまで定まります。
本気になった日が、入塾の日。
お子様の教育、迷ったら「丸投げ」してください。必ず、期待以上の結果で返します。武蔵野で育む、武蔵境で学ぶ。
電話は年中無休。365日、24時間、お電話可能。




