「自分には向いていない」はどこから来るのか——ハビトゥスと志望の形成|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方

連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第12回です。学習の仕方の目次を見る

「理科は好きだけど、研究者になるのは自分じゃない」。小学生がこう言うとき、そこにあるのは能力の判断ではありません。どういう人がそれになるのかという、社会的なイメージの判断です。社会学はこの見えない物差しをハビトゥスと呼んできました。

そして重要なのは、この物差しが働き始める時期です。理科への志望に関する大規模な追跡研究は、それが10歳から14歳のあいだに大きく形づくられると報告しています。高校生になってから進路を考え始めるのでは、実は遅いということになります。

この記事では、志望がどう作られるのか、そして「向いていない」という感覚をどう扱えばよいのかを扱います。

要点(結論から)

  • 子どもは「好きかどうか」と「自分がそれになるか」を別々に判断している。前者が高くても後者が低いことは珍しくない。
  • 理科への志望は、10歳から14歳という比較的早い時期に形づくられる。
  • 家庭の持つ文化的な資源と、日常の振る舞いの型(ハビトゥス)が、この自己像に影響する。

結論——志望は能力ではなく、身近さと自己像で決まる

  • 子どもは「好きかどうか」と「自分がそれになるか」を別々に判断している。前者が高くても後者が低いことは珍しくない。
  • 理科への志望は、10歳から14歳という比較的早い時期に形づくられる。
  • 家庭の持つ文化的な資源と、日常の振る舞いの型(ハビトゥス)が、この自己像に影響する。
  • 志望と期待と成績の3つが揃っているときに、実際の進学行動が最も強く予測される。1つだけ高くても行動には届きにくい。
  • 家庭でできるのは、職業や学問を身近な人の姿として見せることである。抽象的な励ましは自己像を変えない。

理由——「好き」と「自分ごと」は別々に決まる

9,000人の小学生を追った研究

アーチャーらは、イングランドの小学生9,000人以上(10〜11歳)への調査と、160件の半構造化面接(子ども92人、保護者78人)を組み合わせ、理科への志望がどう形成されるかを検討しました。子どもを10歳から14歳まで追う縦断研究の一部です。

Archer L, DeWitt J, Osborne J, et al. Science Aspirations, Capital, and Family Habitus. American Educational Research Journal. 2012;49(5):881-908.

この研究で繰り返し現れたのは、理科そのものは好きだと答える子どもが多いのに、理科に関わる仕事に就きたいと答える子どもは少ない、という乖離でした。理由は能力の自己評価だけではありません。「科学者はどういう人か」というイメージと、自分の家庭や暮らしの感覚とのあいだに距離があることが、繰り返し語られていました。

この距離感を作っているものを、研究はブルデューの概念を用いて家族のハビトゥスと呼びます。何が普通で、何が自分たちらしいか、という日常的な感覚の束です。明示的な禁止はありません。誰も「お前には無理だ」とは言っていない。それでも選択肢から静かに外れていきます。

志望・期待・成績の3つが揃うかどうか

ハッタブ(Khattab)は、英国の若者を追跡した大規模調査(LSYPE)を用いて、志望・期待・成績の組み合わせが、17〜18歳での大学出願行動をどう左右するかを調べました。

Khattab N. Students’ aspirations, expectations and school achievement: what really matters? British Educational Research Journal. 2015;41(5):731-748.

結果として、志望か期待のどちらかが高い生徒は、両方とも低い生徒より成績が高くなっていました。そのうえで、実際の進学行動を最もよく予測したのは、志望・期待・成績の3つが完全に揃っている状態でした。

ここでの用語の区別が実務的に重要です。志望(aspiration)は「そうなりたい」という願い、期待(expectation)は「たぶんそうなるだろう」という見通しです。願いだけがあって見通しがない状態は、行動に結びつきにくい。逆に見通しだけがあって願いがない状態も続きません。

具体例——「向いていない」の中身を3つに分ける

子どもが「自分には向いていない」と言うとき、その中身は少なくとも3種類あります。どれなのかで、対処がまったく変わります。

中身 言い換えると 有効な手立て
能力の自己評価 「できる気がしない」 小さくできた経験を作る
自己像との距離 「そういう人じゃない」 身近な人の実例を見せる
見通しの欠如 「どうやってなるのか分からない」 経路を具体的に示す

多くの場合、励ましは1行目にしか効きません。ところが実際には、2行目と3行目が理由であることが多い。アーチャーらの研究が示したのも、能力ではなく自己像の問題でした。

今日からできること

  1. 職業を、人の姿として見せる。 「理系は就職に強い」ではなく、「この仕事をしている人が、どんな1日を過ごしているか」を見せます。動画でも、知人の話でも構いません。
  2. 経路を、段階で示す。 どの学部に入り、何を学び、どんな資格が要るのか。分からない部分は一緒に調べます。見通しは、調べれば作れる種類のものです。
  3. 10歳から14歳のあいだに、幅を見せておく。 この時期に接した世界の広さが、後の選択肢の幅になります。決めさせる必要はありません。
  4. 「向いていない」と言われたら、3つのどれかを聞く。 「できる気がしない? そういう人じゃない気がする? やり方が分からない?」と分けて聞くだけで、対処が決まります。
  5. 親自身の仕事の話をする。 何をしていて、何が面白く、何が大変か。最も身近な実例は家庭の中にあります。

学年で変えるところ

  • 小学生——形成の中心となる時期です。決めさせるのではなく、世界の広さに触れさせることが目的になります。
  • 中学生——文理や科目選択という、後戻りしにくい分岐が近づきます。この段階で「自分らしくない」という理由で外す選択肢がないかを確認します。
  • 高校生——志望と期待のずれが表面化します。「行きたいが無理だと思う」という状態は、見通しの欠如であることが多く、情報で埋められる場合があります。

ハビトゥスは変えられるのか

「家庭の感覚が志望を決める」と聞くと、変えようがないように響きます。しかし、この概念は固定された性質を指すものではありません。日常の経験の反復から作られるものであり、経験が変われば少しずつ動きます。動きにくいのは確かですが、動かないわけではありません。

変化が起きやすいのは、具体的な人物に接したときです。抽象的な情報は自己像に届きにくく、実在の人の話は届きやすい。大学生の話を聞く、卒業生の進路を知る、職場を見学する。いずれも、その選択肢を選んだ人が実在するという情報を渡しています。

もう一つ効くのは、小さな成功の蓄積です。定期テストで特定の単元だけ結果が出た、質問に答えられた、といった経験は、能力の自己評価を通じて自己像に作用します。ここは第1ブロックで扱った設計の話とつながります。続く形を作ることは、志望の形成にも間接的に効きます。

逆に、変化を妨げるのは、選択肢についての話題が家庭で出ないことです。話題に上らないものは、検討の対象になりません。進路の話を特別な行事にせず、日常の会話に少量ずつ混ぜておくほうが、結果として幅が残ります。

この回で覚えておいてほしいのは、一つだけです。子どもが選択肢を外すとき、多くの場合その理由は語られません。外れたことに気づけるのは、時々確認している大人だけです。

誰も禁止していないのに、選択肢が消える

ハビトゥスという概念のいちばん重要な点は、明示的な排除がなくても排除が起きると説明するところです。学校は誰にも「受験するな」とは言いません。家庭も「無理だ」とは言わない。それでも、進路の候補は静かに絞られていきます。

絞られ方には型があります。まず、身近に例がない選択肢が「自分ごと」になりません。次に、その選択肢について知っている情報が少ないので、具体的に考えられません。そして、考えられないものは、最終的に候補の一覧から落ちます。

この連鎖は、どの段階でも止められます。例を見せれば1段目が、情報を渡せば2段目が変わります。特別な資源は要りません。必要なのは、その選択肢がまだ候補に入っているかを、大人の側が確認することです。確認の仕方は難しくありません。半年に一度、思いつく進路を5つ挙げさせてみる。挙がらなくなったものがあれば、それが静かに落ちた選択肢です。

よくある失敗——期待だけを高くする

進路の話でよく起きるのは、大人の側が期待だけを上げてしまうことです。「あなたならできる」と繰り返すのは、志望と期待の一部には効きますが、見通しには効きません。

ハッタブの研究が示したのは、行動を予測するのは3つが揃った状態だということでした。期待だけを上げると、本人の中で「期待されているのに見通しが立たない」という状態が生まれます。この状態は、しばしば回避として現れます。話題そのものを避ける、模試の結果を見せない、といった形です。

順序としては、見通しを先に作るほうが安全です。経路が具体的に見えれば、期待は後からついてきます。逆は成立しにくい。

保護者ができること——「なりたい」を否定せずに、経路を一緒に調べる

子どもが現実離れした志望を口にしたとき、大人はつい現実を教えたくなります。しかしその場で否定すると、次から志望を言わなくなります。言われなくなった志望は、修正する機会も失います。

代わりに有効なのは、経路を一緒に調べることです。次の3点を、その場で否定せずに進めます。

  1. どういう人がその仕事をしているかを調べる。 学歴、資格、経路。事実として並べます。
  2. その経路の入口が、いまどこにあるかを確認する。 高校の科目選択、必要な試験。距離が数字で見えます。
  3. 距離が大きければ、近い代替案も一緒に並べる。 否定ではなく追加として出します。

この手順は、志望を現実的にする作業でありながら、本人の願いを否定しません。そして調べる過程そのものが、第11回で扱った文化資本の伝達にもなっています。

また、この3つの区別は、大人自身にも使えます。保護者が「うちの子には無理だろう」と感じるとき、その判断の中身も、能力の評価・自己像との距離・経路の見えなさのいずれかであることが多いからです。とりわけ経路の見えなさは、本人よりも大人の側で大きいことがあります。調べれば埋まる部分を、能力の問題として処理していないかを、一度だけ確認する価値があります。

教科の好き嫌いと進路の距離——自分には遠いという感覚

ハビトゥスの考え方は、職業の志望だけでなく、教科の好き嫌いにも当てはめて考えることができます。数学が好きでも「数学を使う仕事」が自分ごとにならない、英語が得意でも「英語で話す場面」が想像できない、という状態は起こりえます。ここで働いているのは、能力の評価ではなく、その先の場面が身近に見えるかどうかです。

たとえば、理科室や図書室で過ごした時間の長さ、家族が話題にする内容、テレビや動画で見た職業の描かれ方などが、教科と将来の距離を変えることがあります。同じ点数を取っていても、その先にどんな場面を思い描けるかは、子どもによって違うと考えられます。思い描けないことは、嫌いであることとは別の状態です。

この見方をすると、声のかけ方も変わってきます。「好きなら頑張れる」と励ますより、その教科が使われている具体的な場面を一緒に見に行くほうが、距離が縮まることがあります。教室の外の一場面、たとえば町の工場や図書館の仕事を見るだけでも、教科と自分の間の見え方が少し変わることがあります。

進路の想像が止まる——身近にその職業がいない

この考え方を実行に移すとき、最初につまずきやすいのは、経路を調べる作業を大人が一人で進めてしまうことです。調べた結果だけを渡されると、子どもは「決められた進路」として受け取り、自分ごとにする前に距離を置くことがあります。調べる過程に一緒にいる時間が必要です。

次に起きやすいのは、一度話した内容が、その後何度も確認されることです。確認のつもりでも、子どもには評価として届くことがあります。話した内容を記録しておき、次に触れるときは別の話題から入るほうが、構えが取れやすいと考えられます。時間帯で言えば、疲れている夜より、休日の昼のほうが話しやすいことがあります。

また、身近さを増やそうとして予定を詰め込みすぎると、子どもが自分のペースで考える時間が減ります。見学や調べ物は、間隔を空けて置くほうが、記憶に残りやすいことがあります。道具で言えば、ノートに書き留めるより、後で見返せる一枚のメモのほうが続くこともあります。小さく試すことが助けになります。

この記事で言えないこと

アーチャーらの研究は英国の理科教育を対象としたもので、対象の年齢帯と教科が限定されています。日本の中高生の進路形成に同じ時期・同じ経路が当てはまる保証はありません。特に、日本では高校受験という分岐が早い時期に入るため、形成のタイミングは異なる可能性があります。

また、志望や期待は測りにくい概念です。調査で「なりたい」と答えることと、実際に行動することの距離は大きく、そこには本人の言語化の癖も影響します。数値をそのまま個人に当てはめるのではなく、ここで示した3つの区別を、対話の道具として使ってください。

当塾の立場

身近な人の姿を見せる、経路を一緒に調べる、「向いていない」の中身を3つに分けて聞く。どれも家庭でできます。塾は必要ありません。

ただ、進路の経路に関する情報は、家庭ごとに手元にある量が大きく異なります。ここが第19回で扱う情報格差の問題につながります。武蔵野個別指導塾では、進路の相談を受けたときにその進路の入口と必要な要件を、推測ではなく一次情報で確認して示すことを手順にしています。可能性を語るより、経路を示すほうが、志望と期待の距離を縮めると考えています。

出典

  1. Archer L, DeWitt J, Osborne J, et al. Science Aspirations, Capital, and Family Habitus. American Educational Research Journal. 2012;49(5):881-908.
  2. Khattab N. Students’ aspirations, expectations and school achievement: what really matters? British Educational Research Journal. 2015;41(5):731-748.

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