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歴史のノートのまとめ方—中学生が年表の線と矢印で、出来事をつなぐページの作り方|武蔵野個別指導塾

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板書を写したら鎌倉時代が3ページに散った中学生へ。罫線1行を5年にした年表の線と言葉つきの矢印で、壇ノ浦から幕府の滅亡までを見開き1枚につなぐ手順を、テスト前の見返し方まで順に追います。

歴史のノートのまとめ方で中学生がまず変えたいのは、板書を写すページとは別に、1つの時代を見開き1枚に収める「つなぐページ」を持つことです。左ページには罫線の1行を何年と決めた年表の線を縦に引き、右ページには原因と結果を言葉つきの矢印で結び、その下に人物の欄を置きます。教科書の太字を写して終わるノートは用語の一覧にとどまりますが、線と矢印のあるページは「なぜそうなったのか」を自分の口で話すための台本になります。作るのは授業のあったその週のうち。仕上がりを測る物差しは、矢印の言葉を隠しても説明が続くかどうか、ただそれだけです。

よくあるのは、中学2年の生徒が歴史の授業の板書をていねいに写したのに、鎌倉時代が3ページに分かれてしまい、流れが見えなくなったという場面です。1ページ目の上には壇ノ浦の戦い、2ページ目の真ん中には承久の乱、3ページ目のいちばん下に元寇。どれも板書のとおりで、字もそろっています。それでも「幕府はどうして弱っていったの」と聞かれると、ページを行ったり来たりするばかりで答えが出てきません。写した量は足りているのに、出来事と出来事を結ぶ線が、ノートのどこにも引かれていないのです。

なぜそうなるのか

板書をそのまま写したノートで流れが切れるのには、はっきりした理由があります。教室でよく見るのは次の4つです。

1つ目は、板書が「授業の回」の順に並ぶことです。先生は1回の授業で話せるところまで進み、続きは次の時間に回します。鎌倉時代を3回の授業で習えば、3日分の板書が3ページに分かれるのは当たり前の成り行きです。けれど授業の区切りは、時代の区切りでも話の区切りでもありません。承久の乱の説明がちょうどページの終わりで切れ、乱の後に京都へ六波羅探題が置かれた話が次のページの頭に来ると、原因と結果が紙をまたいで離れてしまいます。

2つ目は、太字の用語がどれも名詞だということです。「守護・地頭」「執権」「御成敗式目」「元寇」「徳政令」。大切な語ばかりですが、太字だけを拾って写すと、ノートは名詞の行列になります。語と語のあいだにあった「だから」「それに対して」「その結果」という言葉は太字になっていないので、写す手からこぼれ落ちます。定期テストの記述の問いや入試で問われるのは、まさにそのこぼれた部分です。

3つ目は、年号が文の中に埋もれて、時間の長さが見えないことです。板書のノートでは、源頼朝が征夷大将軍になった1192年の2行下に、1221年の承久の乱が書かれていることがあります。そのあいだは29年、親から子へ代が替わるほどの時間です。反対に、元軍が攻めてきた1274年と1281年は7年しか離れていません。行の間がどちらも同じだと、29年と7年が同じ距離に見えてしまいます。

4つ目は、人物が出てくるたびに別のページにいることです。鎌倉時代には、同じ北条の名字を持つ人物が何人も登場します。どの人が何をしたのかが混ざりやすく、ページが分かれるとなおさら追えなくなります。

図1のように、板書のままのノートでは出来事が3枚の紙に散らばり、1枚ずつ見ても前後のつながりが目に入りません。つなぐページでは同じ出来事が1本の線の上に並び、右側の矢印でその理由まで読めます。板書のノートが悪いのではありません。授業の記録としては正確です。足りないのは、記録とは別の、流れを見るための1枚です。

図1 板書のままのノートと、見開き1枚のつなぐページの比べ

今夜からの手順

つなぐページは、1つの時代につき見開き1枚です。鎌倉時代なら30〜40分あれば形になります。授業のノートは写し直さず、横に開いたまま材料として使います。

1. 見開きの左と右に役を決める

授業ノートの続きのページでも、別のノートでもかまいません。見開きの左ページは「年表の線」、右ページの上半分は「原因と結果の矢印」、右ページの下半分は「人物の欄」と決めます。役が先に決まっていると、書きながら置き場所に迷う時間が消えます。ページのいちばん上には、時代の名前と、自分の教科書でその時代が載っているページの範囲を書いておきます。あとで教科書に戻るとき、探す手間が省けます。

2. 1行を何年にするかを決めて、縦の線を引く

左ページの左の端から2〜3センチのところに、鉛筆で縦の線を1本引きます。次に、罫線の1行を何年にするかを決めます。鎌倉時代は、壇ノ浦の戦いで平氏が滅んだ1185年から幕府が倒れた1333年まで、およそ150年です。1行を5年にすると30行ほどになり、たいていのノートで1ページに収まります。鎌倉幕府の始まりを何年と書くかは教科書によって違うので、線の始まりは自分の教科書の書き方に合わせてください。

目盛りは2行ごと、つまり10年ごとに短い横線を入れ、年号は線の左側に書きます。こうすると、1192年と1221年のあいだには6行ほどのすき間があき、1274年と1281年は1行半ほどしか離れません。図2のように、線の上で間のあいた所と詰まった所の差が、そのまま時間の長さの差として目に入るようになります。間のあいた所は、自分が線に置いた出来事どうしのあいだに長い時間が流れていた印です。そこで何が起きていたのかを教科書で探すと、板書を写したときには素通りしていた出来事が見つかることもあります。

図2 見開きの割り方。左に1行5年の年表の線、右に矢印と人物の欄

3. 線の上に置く出来事を、6〜8個に絞る

線の右側に出来事を書き込みます。教科書の年表を丸ごと写す必要はありません。その時代の向きを変えた出来事だけを選びます。鎌倉時代なら、次の7つで骨組みが立ちます。

書き方のこつは、用語だけで済ませず「誰が、どうした」の短い文にすることです。「承久の乱」とだけ書くと、それは名前の札にすぎません。「上皇が兵を挙げ、幕府が勝つ」と書けば、誰と誰がぶつかり、どちらが勝ったのかが一行で残ります。用語はかっこに入れて後ろに添えれば十分です。主語と動詞のある文は、次の手順で矢印をつなぐときの足場にもなります。

4. 右ページの上半分に、言葉つきの矢印で原因と結果を結ぶ

ここがつなぐページの心臓です。まず、鎌倉時代の土台にある関係を描きます。将軍と御家人を上下に置き、向きの違う2本の矢印で結びます。上向きの矢印には「奉公(戦いに出る)」、下向きの矢印には「御恩(領地を守り、新しく与える)」と書きます。

その下に、幕府が弱っていく流れを矢印でつなぎます。元寇は外から攻めてきた敵を防いだ戦いだったので、勝っても新しい領地は手に入りません。すると、御家人に与える恩賞の土地が足りなくなります。そこへ、領地を子どもたちで分けて受け継ぐやり方が重なり、一人ひとりの土地はだんだん小さくなっていきます。暮らしが苦しくなって借金のために土地を手放す御家人が出ると、幕府はそれを救おうとして1297年に徳政令を出します。それでも立て直しはかなわず、幕府への不満が強まり、1333年の滅亡へ向かいます。

矢印は「元寇 → 恩賞が足りない → 御家人の暮らしが苦しくなる → 徳政令 → 不満が強まる → 滅亡」と5本です。決まりは1つだけ、矢印を引いたら、その上に必ずつなぎの言葉を書くことです。「勝っても土地が増えない」「それを救おうとして」「それでも立て直せず」。言葉が書けない矢印は、まだ自分の中でつながっていない矢印なので、引かずに教科書へ戻ります。図2の右上には、このうち元寇から徳政令までを箱3つに縮めて描いています。先に描いた御恩と奉公の2本の矢印と見比べると、元寇の後に起きたのは「奉公はしたのに御恩が来ない」というずれだったことが、矢印の向きで読み取れます。

5. 右ページの下半分に、人物の欄を4項目でつくる

人物は1人につき小さな枠を1つ使い、「名前」「立場」「したこと」「つながる出来事」の4つだけを書きます。たとえば北条泰時なら「執権/御成敗式目を定めた/承久の乱の後の政治」、北条時宗なら「執権/元軍の襲来に立ち向かった/元寇」です。同じ名字でも、立場としたことが並ぶと取り違えなくなります。1つの時代で4〜6人が目安です。人物の生い立ちや逸話は書きません。枠の横に、その人が関わった年を左ページの線と同じ色で小さく書いておくと、線と人物が行き来できます。

6. 最後の10分は、教科書を閉じて矢印を声に出してたどる

仕上げに、教科書も授業ノートも閉じ、右ページだけを見ながら「元寇から滅亡まで」を声に出して説明します。1〜2分で話し終えられれば、そのページは使える状態です。途中で言葉が止まった所が、そのページのいちばん弱い矢印です。止まった矢印に関わる教科書のページだけを開き、矢印の上の言葉を書き直します。つなぐページの完成は、見た目が整ったときではなく、説明が最後まで途切れなかったときです。

学年と時期で変わるところ

1行を何年にするかは、時代の長さで変えてかまいません。どの時代を何年生で習うかは学校と教科書によって違いますが、だいたい次のような違いが出ます。

中1のころによく扱う古代は、1つの時代がとても長いのが特徴です。平安時代は、794年に都が平安京へ移ってからおよそ400年あります。1行5年で引くと80行、3ページ近くになって、見開きに収まりません。1行を20年にすれば20行ほどで済みます。中1のうちは、線の引き方そのものと、「時代ごとに1行の年数を決め直してよい」ことを手に覚えさせるのが先です。

中2で多い中世から近世は、鎌倉のように1行5年がちょうどよい時代と、もっと長い時代が混ざります。江戸時代は1603年に幕府が開かれてから1867年の大政奉還まで260年あまりあるので、1行10年で27行ほどになります。

中3で扱う近代は、反対に出来事が詰まってきます。明治時代の約45年を1行2年で引くと22行ほどで、1889年の大日本帝国憲法の発布、1894年の日清戦争、1904年の日露戦争が、15年ほどのあいだに並びます。中3は、新しい見開きを増やすより、全部の時代を1本につなぐ「通しの1枚」を夏休みに作る方が入試の役に立ちます。645年の大化の改新から今までの1400年近くを、1行50年で引くと30行足らずに収まります。都立の一般入試で学力検査が行われる2027年2月21日(日)から逆にたどると、1月はこの通しの1枚と各時代の見開きを見返す時期に当たります。

高校の日本史や世界史でも、同じ型がそのまま使えます。世界史では、ヨーロッパとアジアのように2本の線を左右に並べ、同じ高さに同じ年が来るようにすると、遠く離れた地域で同じころに何が起きていたかが横に読めます。

時期による違いもあります。ふだんは、授業のあった週の週末に、その週の分だけ線に出来事を足し、矢印を1〜2本伸ばします。15〜20分で足ります。長期休みには、時代と時代のつなぎ目に1枚を使います。鎌倉幕府が倒れたあとの短い政治から室町幕府へ、のように、前の時代の終わりの原因と次の時代の始まりを同じページに置くと、時代の名前で切れていた流れがつながります。

テスト前は、図3のように4段で見返します。2週間前に、範囲に入る時代の見開きをそろえ、足りない右ページを埋めます。1週間前からは、矢印の上の言葉を付箋で隠し、隠した言葉を声に出してから付箋をめくります。3日前には年号を隠して、出来事を古い順に言えるかを確かめます。前日は白紙を1枚用意し、縦の線から引き直して、出来事と矢印だけを10〜15分で書き出します。

図3 テスト前の見返しの4段。2週間前から前日まで

よくある失敗と直し方

1つ目の失敗は、矢印が増えすぎて、ページがくもの巣になることです。関係がありそうなものを片っ端から結ぶので、どの矢印が大事なのかが自分でもわからなくなります。鎌倉のページでいえば、承久の乱から元寇へも1本引きたくなりますが、二つのあいだを「だから」で結ぶ言葉は出てきません。直し方は、矢印の上に言葉が書けない矢印を消すことです。1ページの矢印は5〜8本までと決めておくと、本当に説明できる矢印だけが残ります。迷う矢印は鉛筆で薄く引いておき、テスト前に言葉が書けたものだけをペンでなぞれば、消す手間もかかりません。

2つ目は、年表の線が教科書の年表の写しになってしまうことです。全部の年号を拾おうとするので、線の横が細かい字で埋まり、せっかくの間の長さが見えなくなります。線に置くのは6〜8個と決め、細かい年号は授業ノートの側に残しておきます。線の横の書き込みが2行にまたがり始めたら、詰め込みすぎの合図です。線は思い出すための骨で、全部をしまう引き出しではありません。

3つ目は、色や飾りに凝って、作った日で終わってしまうことです。完成すること自体が目当てになり、見返す時間が残りません。ペンを持ち替えるたびに手が止まり、見開き1枚に1時間を超えることもあります。色は年号と矢印の言葉の2色で足ります。見開き1枚にかける時間は40分までと決め、作った翌日に一度だけ、矢印をたどって声に出します。きれいさは、説明が通った後に足せば間に合います。

よくある質問

社会のノートは、歴史と地理で分けた方がいいですか

分けられるなら分けた方が使いやすくなります。歴史は時代の順に、地理は地域ごとに並べたいので、1冊に交互に書くと、つなぐページの前後が別の話になってしまいます。ただ、ノートの冊数や提出のしかたを先生が決めている場合もあるので、まず学校の決まりを確かめてください。1冊しか使えないときは、つなぐページだけを薄いノートに分ける手があります。元軍が攻めてきた九州の北部の海岸のように、場所が話の鍵になる出来事は、右ページの余白に小さな地図を描き足すと、地理で習ったことと歴史がその場で結びつきます。

年表は教科書の巻末にあるのに、自分で書く意味はありますか

巻末の年表は調べるための表で、自分で引く線は思い出すための道具です。1行を何年にするかを自分で決めて引くと、どこが詰まりどこが空いているかが、手の感覚として残ります。ただし、全部の時代を細かく自分の年表にする必要はありません。中3の秋を過ぎたら新しい線は増やさず、通しの1枚と、すでにある見開きの見返しに時間を回す方が得るものは大きくなります。

まとめノートは、授業のノートとは別に作るべきですか

授業ノートを丸ごと作り直すのは、時間がかかりすぎます。別に作るのは、1つの時代につき見開き1枚で足ります。授業ノートに余裕があるなら、新しい時代に入る前に見開きを1つ空けておき、そこをつなぐページにする方法もあります。高校生は授業の進みが速いので、まとめて作ろうとすると追いつきません。授業が1回終わるごとに、線に出来事を1つ、矢印を2〜3本足すくらいの小さな足し方なら、学期の終わりまで続けられます。

保護者が手を貸すなら

手を貸すなら、聞き役が向いています。テスト前の週に一度、「鎌倉幕府って、どうして終わったの」と1つだけ聞き、お子さまにページの矢印をたどって話してもらってください。途中で止まっても、答えを先に言わずに「そこから先はどうつながるの」と待ちます。止まった所は、本人が教科書で確かめる場所として残しておけば十分です。ノートの色の数や字のきれいさは、ほめる材料にも注意する材料にもしないでください。見るのは説明が通ったかどうかだけで、2〜3分で切り上げるくらいがちょうどよい長さです。最後まで話せたときは、「矢印5本で滅亡まで言えたね」のように、できたことをそのまま言葉にして返してください。

個別指導で確かめること

矢印の上の言葉が書けないときは、その矢印の手前の出来事を説明できるかまで戻って確かめます。鎌倉の終わりでつまずく生徒には、先に御恩と奉公の関係を自分の言葉で言えるかを聞き、そこが言えてから元寇の後の不満へ進みます。年号の並びは合っているのに矢印が書けない生徒と、年号そのものがあやふやな生徒とでは戻る場所が違うので、はじめに白紙へ線を引いてもらい、どちらなのかを見分けます。

まとめ

板書のノートは、授業で何を聞いたかを残す記録です。そこへ線と矢印の見開きを1枚足すと、3ページに散っていた鎌倉時代が、壇ノ浦から幕府の滅亡まで止まらずに話せる一続きの物語に変わります。ページをめくって迷っていた指は、今夜から、左の端に引いた1本の縦の線を上から下へたどる指になります。

読んで終わりにするか、ここから変えるか。

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