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【中学音楽】西洋音楽の作曲家を図解で総まとめ—バロックから近代まで|武蔵野個別指導塾

「モーツァルトはドイツ」と書いてしまう人へ。8 人の生没年を同じ目盛りに並べた年表と国別の図で、時代・国・作品のつながりを定期テストの形の例題から結び直してみてください。
よくあるのは、塾の面談の席で、返ってきた音楽の答案を机に広げたまま話が止まるという場面です。「モーツァルト ドイツ」「ベートーヴェン オーストリア」と書いたところに赤い線が入っていて、お子さまは「名前は全部知っているのに」とつぶやき、保護者の方は「暗記なら簡単なはずでは」と首をかしげます。知らないのではありません。8 人の名前が、頭の中で 1 本の年表に並んでいないだけです。
作曲家の問題は、時代・国・作品の 3 つを 1 本の線でつなぐと、どこから聞かれても答えられるようになります。4 つの時代の順番を土台にして 8 人を置き、生まれた国と代表作を結びつけていけば、穴埋めも並べ替えも説明の問題も同じ手順で解けます。
この単元で押さえること
- 時代は 4 つ:バロック、古典派、ロマン派、近代の順で、この順番がすべての土台になります。
- バロックの 2 人:バッハとヘンデル。どちらも 1685 年にドイツで生まれましたが、ヘンデルはイギリスで活躍しました。
- 古典派の 3 人:ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン。ウィーンを中心に活躍し、交響曲の形を育てました。
- ロマン派の 2 人:シューベルトとショパン。「歌曲の王」と「ピアノの詩人」で、呼び名の取り違えが起きやすい組です。
- 近代の 1 人:ドビュッシー。フランスの作曲家で、音の色合いで光や水の揺らぎを描きました。
- 問われ方は 3 通り:作品から人、人から国、人から時代。どの問い方でも、先に時代と人を決めれば答えが絞れます。
音楽の記号の単元で覚えた強弱や速度の指示は、作曲家が演奏する人へ書き残した言葉です。次の鑑賞の単元では、ここで置いた人物の曲を 1 曲ずつ聞き分けていきます。
基本の考え方
人名より先に時代の順番を置く
作曲家の覚え方でいちばん遠回りなのは、名前を 1 人ずつばらばらに覚えることです。クラスの名簿だけを眺めても席の場所は覚えられませんが、座席表を先に見れば「窓側の後ろの人」と位置で言えます。音楽史の座席表にあたるのが、バロック、古典派、ロマン派、近代という 4 つの時代です。図1のように、まず 4 つの列を書き、そこへ 8 人を座らせます。

年代のめやすは、バロックが 1600 年ごろから 1750 年ごろ、古典派が 1750 年ごろから 1820 年ごろです。ロマン派は 1820 年ごろから 1900 年ごろ、近代は 19 世紀の終わりごろから 20 世紀の初めごろとされます。区切り方には幅があり、教科書によって少し違うことがありますから、細かな年よりも順番と代表の人物を確実にしてください。
4 つの時代は、音楽の手ざわりで区別できます。
- バロックは、いくつもの旋律を重ねて織り上げる音楽です。主題を別の声部が次々に追いかけるフーガは、輪唱を思い浮かべると入口がつかめます。低音の旋律に和音を加えて全体を支える通奏低音もこの時代の特徴で、チェンバロやパイプオルガンがよく使われ、活躍の場は主に教会と宮廷でした。
- 古典派は、形の整った音楽です。提示部・展開部・再現部からなるソナタ形式が育ち、交響曲や弦楽四重奏曲が中心になりました。筋の通った作文に似て、出だしの主題がいったん姿を変え、最後に戻ってきます。
- ロマン派は、個人の感情や物語を前に出す音楽です。詩と結びついた歌曲、短いピアノ曲、物語や情景を描く交響詩が広がり、後半には自分の国の民謡や歴史を取り入れる国民楽派も現れました。
- 近代は、長調と短調の枠にとらわれない響きを探った時代です。ドビュッシーの音楽は、はっきりした形より音の色合いで光や水の揺らぎを感じさせるので、印象主義の音楽と呼ばれます。
8 人を時代の席に座らせる
バロックの席には 2 人が座ります。バッハはドイツの作曲家で、教会のオルガン奏者や宮廷の音楽家として働きながら「フーガ ト短調」「マタイ受難曲」「ブランデンブルク協奏曲」などを残し、日本では「音楽の父」と呼ばれます。ヘンデルは同じ 1685 年にドイツで生まれ、イギリスに渡って活躍しました。合唱の「ハレルヤ」で知られるオラトリオ「メサイア」や、管弦楽の「水上の音楽」が代表作で、「音楽の母」と呼ばれることがあります。
古典派の席には 3 人です。ハイドンはオーストリアの作曲家で、100 曲を超える交響曲を書いて「交響曲の父」と呼ばれ、交響曲「驚愕(きょうがく)」がよく知られています。モーツァルトはオーストリアのザルツブルクに生まれ、幼いころから各地で演奏して「神童」と呼ばれました。歌劇「フィガロの結婚」「魔笛」、「アイネ クライネ ナハトムジーク」を残し、35 歳で亡くなっています。ベートーヴェンはドイツのボンに生まれ、若いころウィーンに移ってハイドンにも学びました。耳の病気に苦しみながら、交響曲第 5 番「運命」、第 6 番「田園」、合唱を加えた第 9 番、ピアノソナタ「月光」などを書き、古典派とロマン派をつなぐ人物とされています。
ロマン派の席には 2 人です。シューベルトはオーストリアのウィーンに生まれ、600 曲を超える歌曲を書いて「歌曲の王」と呼ばれました。ゲーテの詩による「魔王」「野ばら」、歌曲集「冬の旅」が代表で、31 歳で亡くなっています。ショパンはポーランドに生まれ、フランスのパリで活躍した「ピアノの詩人」です。作品の中心はピアノ曲で、「子犬のワルツ」「英雄ポロネーズ」「別れの曲」などがあり、ポロネーズはポーランドの舞曲の名前です。
近代の席には 1 人、フランスのドビュッシーが座ります。ピアノ曲「月の光」、管弦楽の「海」「牧神の午後への前奏曲」が代表です。絵画の印象派と並べて語られることも多いので、美術の単元と結びつけると忘れにくくなります。
8 人のほかに、テストで一緒に出やすい人物が 2 人います。イタリアのヴィヴァルディはバロックの作曲家で、「四季」の中の「春」で知られます。チェコのスメタナはロマン派の国民楽派の作曲家で、連作交響詩「我が祖国」の中の「ブルタバ」で知られます。
例題で解き方を確かめる
例題1 古い順に並べる
次の 4 人を、活躍した時代の古い順に並べなさい。ショパン、バッハ、ドビュッシー、モーツァルト
- 1 人ずつ時代を書き出します。ショパンはロマン派、バッハはバロック、ドビュッシーは近代、モーツァルトは古典派です。名前のまま比べると印象に引っ張られるので、いったん時代という共通の物差しに置きかえます。
- 4 つの時代の順に並べかえます。バロック、古典派、ロマン派、近代の順は 1 通りしかないので、ここで迷いがなくなります。
- 生まれた年で確かめます。1685 年、1756 年、1810 年、1862 年と増えていれば順序は正しいと言えます。時代と年という別の道で同じ結論に着けば、書き間違いに気づけるからです。
答え:バッハ → モーツァルト → ショパン → ドビュッシー
例題2 年表を読む
図2は、8 人の生まれた年から亡くなった年までを、同じ目盛りの棒で示したものです。棒の色は図1の時代の色にそろえてあります。これを使って答えなさい。(1) 1800 年に生きていた作曲家をすべて挙げなさい。(2) 生まれた年から亡くなった年までが最も短い作曲家を答えなさい。

- 1800 の目盛りから真上に線をのばします。「だいたい同じころ」という感覚をやめて、目盛りで判断するためです。
- 線が棒を横切っている人だけを拾います。ハイドン、ベートーヴェン、シューベルトの 3 人です。モーツァルトは古典派ですが、棒は 1791 年で終わっているので 1800 年には届きません。同じ時代の人なら同じ年に生きていたと思い込みやすいので、棒の右端まで見ます。
- (2) は棒の長さを比べます。図2の棒の長さは年数に比例して描いてあるからです。短いのはシューベルトの 31 年(1797 年から 1828 年)とモーツァルトの 35 年(1756 年から 1791 年)で、シューベルトのほうが短くなります。
答え:(1) ハイドン、ベートーヴェン、シューベルト (2) シューベルト
例題3 説明から人物・時代・国を答える
次の説明に当てはまる作曲家の名前、時代、生まれた国を答えなさい。
- ア ゲーテの詩による「魔王」など、数多くの歌曲を書いた。
- イ オラトリオ「メサイア」を作曲し、イギリスで活躍した。
- ウ 交響曲第 5 番「運命」を作曲し、ウィーンで活躍した。
- 説明の中の作品名に線を引きます。教科書に出る作品名はふつう 1 人の作曲家に結びつくので、最も確かな手がかりになります。アのゲーテは詩の作者なので、作曲家の答えにはなりません。
- 作品から人、人から時代の順に書きます。「魔王」はシューベルトでロマン派、「メサイア」はヘンデルでバロック、「運命」はベートーヴェンで古典派です。人が決まれば時代も決まるので、この順なら迷う場所が残りません。
- 問いの「生まれた国」に印をつけてから国を書きます。説明文のイギリスやウィーンは活躍した場所で、聞かれている国とは別です。文中の地名をそのまま写す失敗を防ぐための一手間です。
答え:ア シューベルト・ロマン派・オーストリア イ ヘンデル・バロック・ドイツ ウ ベートーヴェン・古典派・ドイツ
例題4 理由を説明する
ベートーヴェンが古典派とロマン派をつなぐ人物とされるのはなぜですか。交響曲を例に説明しなさい。
- 古典派の側の材料を選びます。ハイドンやモーツァルトが育てた交響曲とソナタ形式を受け継いだ点です。「つなぐ」と聞かれているので、両岸の片方が抜けると答えになりません。
- ロマン派の側へ向かう材料を選びます。「運命」では短い動機を曲全体に押し広げ、第 6 番「田園」では情景を題に掲げ、第 9 番では交響曲に合唱を加えました。形を受け継ぐだけでなく、形を広げて感情や思想を強く語った点がロマン派につながるからです。
- 「〜を受け継ぎながら、〜した」の 1 文にまとめます。1 文に両方を入れると、つながりそのものを説明した答案になるからです。
答え:交響曲やソナタ形式という古典派の形を受け継ぎながら、第 9 番に合唱を加えるなど形を広げ、強い感情や思想を表したからです。
まちがえやすいところと直し方
誤り1 ベートーヴェンの国をオーストリアと書く
- 誤った書き方:「ベートーヴェンはオーストリアの作曲家である。」
- どこが違うか:ウィーンで活躍したのは正しいのですが、生まれたのはドイツのボンです。古典派の 3 人をまとめて「ウィーンの人」と覚えると、ここで外します。
- 正しい書き方:「ベートーヴェンはドイツに生まれ、ウィーンで活躍した作曲家である。」
図3は 8 人を生まれた国で分けたもので、オレンジ色の 3 人が生まれた国を離れて活躍した人です。ヘンデルはイギリスへ、ベートーヴェンはウィーンへ、ショパンはパリへ移りました。問いが生まれた国を聞いているのか、活躍した場所を聞いているのかを確かめてから書けば、この 3 人で外さなくなります。

誤り2 「魔王」をゲーテの作曲と書く
- 誤った書き方:「「魔王」はゲーテが作曲した歌曲である。」
- どこが違うか:ゲーテはドイツの詩人で、書いたのは詩です。その詩に、登場人物を 1 人の声で歌い分ける旋律と、緊張の続くピアノの伴奏をつけたのがシューベルトです。詩の作者と曲の作者を分けて覚える必要があり、日本の歌の単元でも同じ区別が問われます。
- 正しい書き方:「「魔王」はゲーテの詩にシューベルトが曲をつけた歌曲である。」
誤り3 「歌曲の王」と「ピアノの詩人」を入れ替える
- 誤った書き方:「ピアノの詩人はシューベルト、歌曲の王はショパンである。」
- どこが違うか:同じロマン派の 2 人なので混ざりやすく、さらに「詩人」という語が歌を連想させるため、シューベルトに結びつけてしまいます。ショパンの「詩人」はたとえで、ピアノで詩のように語るという意味です。作品の中心は、シューベルトが歌曲、ショパンがピアノ曲です。
- 正しい書き方:「歌曲の王はシューベルト、ピアノの詩人はショパンである。」
「音楽の父」バッハと「音楽の母」ヘンデルにも同じ型の取り違えが起きます。呼び名だけで覚えず、「フーガ ト短調」のバッハ、「メサイア」のヘンデルと、代表作と一緒に確かめておいてください。
用語のまとめ
| 時代 | 作曲家 | 生まれた国 | 生没年 | 呼び名・特徴 | 代表作 |
|---|---|---|---|---|---|
| バロック | ヴィヴァルディ | イタリア | 1678〜1741 | 協奏曲 | 「四季」 |
| バロック | バッハ | ドイツ | 1685〜1750 | 音楽の父 | 「フーガ ト短調」「マタイ受難曲」 |
| バロック | ヘンデル | ドイツ(イギリスで活躍) | 1685〜1759 | 音楽の母 | 「メサイア」「水上の音楽」 |
| 古典派 | ハイドン | オーストリア | 1732〜1809 | 交響曲の父 | 交響曲「驚愕」 |
| 古典派 | モーツァルト | オーストリア | 1756〜1791 | 神童 | 「フィガロの結婚」「魔笛」 |
| 古典派 | ベートーヴェン | ドイツ(ウィーンで活躍) | 1770〜1827 | 楽聖 | 「運命」「田園」 |
| ロマン派 | シューベルト | オーストリア | 1797〜1828 | 歌曲の王 | 「魔王」「冬の旅」 |
| ロマン派 | ショパン | ポーランド(パリで活躍) | 1810〜1849 | ピアノの詩人 | 「子犬のワルツ」「英雄ポロネーズ」 |
| ロマン派 | スメタナ | チェコ | 1824〜1884 | 国民楽派 | 「我が祖国」 |
| 近代 | ドビュッシー | フランス | 1862〜1918 | 印象主義 | 「月の光」「海」 |
国は、教科書で使われる今の国名で示しています。カタカナの表記は「ベートーベン」のように教科書によって少し違うことがあるので、答案は授業で使う教科書の書き方にそろえてください。
- フーガ:主題を別の声部が追いかけて重ねていく形。
- 通奏低音:低音の旋律に和音を加えて曲を支える伴奏。
- 協奏曲:独奏楽器とオーケストラが掛け合う曲。
- オラトリオ:宗教的な題材を、演技なしで独唱・合唱・管弦楽で聞かせる大きな声楽曲。
- ソナタ形式:提示部・展開部・再現部で組み立てる曲の形。
- 交響曲:オーケストラのための、いくつかの楽章からなる大きな曲。
- 歌劇:歌を中心に物語を進める舞台の作品。オペラともいいます。
- 歌曲:詩と旋律とピアノの伴奏が一体になった歌。
- 交響詩:物語や情景をオーケストラで描く曲。
- 国民楽派:自分の国の民謡や歴史を作品に取り入れた作曲家たち。
- 印象主義:音の色合いで光や空気の感じを表す音楽の傾向。
練習問題
練習1 次の作曲家が活躍した時代を、バロック、古典派、ロマン派、近代から選びなさい。(1) ヘンデル (2) シューベルト (3) ハイドン (4) ドビュッシー
練習2 次の説明に当てはまる作曲家を答えなさい。(1) ポーランドに生まれてパリで活躍し、ポロネーズやワルツなどのピアノ曲で知られる。(2) オーストリアのザルツブルクに生まれ、歌劇「魔笛」を作曲した。(3) 教会のオルガン奏者としても働き、「フーガ ト短調」を作曲した。
練習3 図2を見て答えなさい。ベートーヴェンが亡くなった 1827 年に生きていた作曲家を、次からすべて選びなさい。ア シューベルト イ ショパン ウ モーツァルト エ ハイドン
練習4 次の文には誤りが 1 か所あります。誤りを直し、正しい文にしなさい。「ドビュッシーはドイツの作曲家で、音の色合いで光や水の揺らぎを表す印象主義の音楽を切りひらいた。」
答えと解説
練習1 (1) バロック (2) ロマン派 (3) 古典派 (4) 近代。図1の 4 列に置いて確かめます。ヘンデルはバッハと同じ年に生まれた人、シューベルトはベートーヴェンの次の世代の人と、隣の人物とセットで覚えると崩れません。
練習2 (1) ショパン (2) モーツァルト (3) バッハ。(1) はポロネーズがポーランドの舞曲であることも手がかりです。(2) は「魔笛」という作品名で 1 人に決まります。(3) はフーガという形がバロックの目印になります。
練習3 ア、イ。シューベルトは 1828 年、ショパンは 1849 年まで生きていました。モーツァルトは 1791 年、ハイドンは 1809 年に亡くなっているので、図2の棒は 1827 年まで届きません。図2でベートーヴェンとシューベルトの棒の右端がほぼそろっているのは、1 年違いで亡くなったためです。
練習4 「ドイツ」を「フランス」に直します。ドビュッシーはフランスの作曲家です。印象主義という語が絵画の印象派と結びついていて、その中心がフランスだったことを思い出すと、国も一緒に思い出せます。
次の単元へのつながりと確かめ方
ここで置いた時代と人物は、次の鑑賞の単元でそのまま使います。「春」「魔王」「運命」「ブルタバ」「フーガ ト短調」を聞くときに作曲家の席がわかっていれば、曲の説明が頭に入りやすくなります。美術で印象派を学ぶときにも、ドビュッシーの名前が絵と並んで役に立ちます。
家で 5 分あればできる確かめ方は 2 つです。1 つ目は、白い紙に 4 つの時代の列を書き、何も見ずに 8 人を入れて図1と見比べること。2 つ目は、家の人に作品名を 1 つ言ってもらい、人・時代・国を続けて声に出して答えることです。
個別指導で確かめるときは、人名の暗記に入る前の「4 つの時代の順番」まで戻り、1 人につき時代・国・作品の 3 つを順に答えられるかを見ていきます。
まとめ
バッハが世を去った 6 年後にモーツァルトが生まれ、ベートーヴェンの死の翌年にシューベルトが世を去りました。10 人の表は暗記用の一覧に見えて、実際は前の人の音を聞いて育った人たちの連なりです。時代を置き、人を置き、国と作品をつなぐ。4 つの列に 8 人を座らせた紙が 1 枚あれば、答案の「ドイツ」も「オーストリア」も、もう勘では書かれません。
読んで終わりにするか、ここから変えるか。
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本気になった日が、入塾の日。
お子様の教育、迷ったら「丸投げ」してください。必ず、期待以上の結果で返します。武蔵野で育む、武蔵境で学ぶ。
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