
高校 倫理 単元解説
【倫理】質的功利主義と量的功利主義の違い—ミルとベンサムを図で比べる|武蔵野個別指導塾

量で測るベンサムと質を問うミル。快楽計算の棒グラフと制裁の図で並べ、共通テストの形の選択肢から人物の入れ替えを見抜く手順まで、例題で試せます。
よくあるのは、放課後の教室の窓際の席で、倫理のプリントを開いたまま手が止まるという場面です。西日でプリントの端が白く光り、グラウンドからは部活の声が上がってくる。目の前の選択肢には「ベンサムは、快楽には質の違いがあると考えた」と書いてあって、見覚えのある言葉ばかりなのに、丸をつけてよいのか決められません。「量のベンサム、質のミル」は昨日まで唱えられたはずなのに、文の中に入ると名前と中身がほどけてしまうのです。この単元を押さえると、2 人の違いを快楽の見方と制裁の置き場所という 2 本の軸で言い分けられるようになり、人物名を入れ替えただけの選択肢を文の途中で見破れるようになります。
答えを先に書きます。量的功利主義のベンサムは、快楽はどれも同じ種類のもので、強さや長さを量として計算して比べられると考えました。質的功利主義のミルは、同じ功利主義に立ちながら、快楽には質の差があり、精神的な快楽は感覚的な快楽より高いと考え、人を動かす力として内側の良心(内的制裁)を重く見ました。
この単元で押さえること
次の 6 点を自分の言葉で言えるかどうかが、この単元の境目です。
- 功利主義の出発点:行為の正しさを、動機ではなくその行為が生む結果、つまり幸福が増えるか減るかで判断します。
- 量的功利主義(ベンサム):快楽に種類の上下をつけず、強さや長さなどの量で比べます。この手続きを快楽計算と呼びます。
- 最大多数の最大幸福:社会全体の幸福を最も大きくすることを、政治と立法の目標に置く標語です。
- 4 つの制裁(ベンサム):物理的、政治的、道徳的、宗教的の 4 つで、どれも外から苦痛を与えて行為を方向づけます。
- 質的功利主義(ミル):快楽には質の差があり、両方を知る人が手放さない精神的な快楽のほうが高いと考えます。
- 内的制裁(ミル):義務に背いたときに自分の内側で感じる良心の痛みを、道徳を支える最後の力と見ます。
この 2 人は、西洋近代の思想の中で「何が行為を正しくするのか」を問う流れに置かれ、動機を問うカントと向かい合う位置にあります。
基本の考え方
功利主義の出発点は「結果で測る」こと
功利とは、幸福を増やす役に立つという意味です。功利主義は 18 世紀の後半から 19 世紀にかけてのイギリスで育った考え方で、行為や制度の善し悪しを、それが人々の幸福を増やすか減らすかで判断します。産業革命が進み、都市には貧しい人々があふれ、古い法律や身分の仕組みが現実に合わなくなっていた時代でした。そうした社会を「昔からそうだから」ではなく、数えられる物差しで批判するために育った、とても実践的な思想だと考えてください。
身近な例で考えてみます。友人が休んだ日のノートを、あなたが見返りを期待して貸したとします。動機だけを見る立場なら、下心のある行為の値打ちは低くなります。功利主義はまず、その結果として友人が助かり、困る人もいないのなら、その行為は幸福を増やしたと評価します。動機の立派さを問うカントの立場と並べると、この違いがはっきりします。
ベンサムの量的功利主義—快楽に上下をつけない
ベンサムは、人間は快楽と苦痛という 2 つの主人の支配のもとにあるという趣旨のことを述べ、快楽を求め苦痛を避けることを人間の事実として出発点に置きました。幸福とは快楽があり苦痛がないことであり、快楽の違いはすべて量の違いだと整理します。この量を比べる手続きが快楽計算です。基準は、強さ(強度)、長さ(持続性)、確実性、近さ(遠近性)、多産性(別の快楽を生みやすいか)、純粋性(苦痛が混ざらないか)、範囲(何人に及ぶか)の 7 つです。音楽を聴く楽しみでも好物を食べる楽しみでも同じ物差しに載せられるところが、この考え方の強みであり、批判を呼ぶ点でもあります。
範囲という基準があるため、計算は自分 1 人では終わりません。社会は個人の集まりなので、社会の幸福は一人ひとりの幸福を足したものになります。これを政治と立法の目標として掲げたのが「最大多数の最大幸福」です。足し算のときは一人を一人として数え、身分の高い人の幸福に余分な重みをかけません。貴族も労働者も同じ 1 人と数えるこの発想は、当時の身分社会への鋭い批判でもあり、ベンサムは法律や選挙の制度の改革を唱えました。
ただし、人は放っておけば自分の快楽を優先します。そこでベンサムは、自分の利益と社会の利益を結びつける外からの力として、4 つの制裁を挙げました。物理的制裁は、暴飲暴食をして体を壊すといった自然な結果としての苦痛です。政治的制裁は、法律による刑罰です。道徳的制裁は、世間の非難や評判の低下です。宗教的制裁は、神の罰への恐れです。ベンサムがとりわけ重く見たのは政治的制裁で、法律を整えれば人々の行為を社会全体の幸福へ導けると考えました。物理的制裁を自然的制裁、政治的制裁を法律的制裁、道徳的制裁を社会的制裁と書く本もあるので、呼び名が違っても慌てないでください。
ミルの質的功利主義—同じ量でも同じ値打ちではない
快楽を人生の目的に置く考え方には、「豚にふさわしい教えだ」という趣旨の批判が向けられていました。これに正面から答えたのが J.S.ミルです。ミルは父の代からベンサムの思想の近くで育ち、若いころに深い心の危機を味わい、詩に支えられて立ち直ったと自伝に書いています。計算の物差しだけでは測れないものを、自分の体で知っていた人と読むこともできます。そのミルは功利主義を捨てるのではなく内側から作り直しました。行為の正しさを幸福で測るという根本は受け継ぎつつ、快楽には量だけでなく質の差があると主張したのです。
質の高さを決めるのは誰か。ミルの答えは、両方の快楽を十分に経験した人です。感覚的な快楽と、知性や感情、想像力、道徳的な感情にかかわる精神的な快楽の両方を知る人は、たとえ不満が多くなるとわかっていても精神的な快楽を手放さない、とミルは考えました。有名な「満足した豚であるより不満足な人間であるほうがよい」という趣旨の言葉は、この主張を一言にしたものです。同じ文脈で、満足した愚か者より不満足なソクラテスであるほうがよいとも述べています。なお、ミルが基準に置くのも自分 1 人の幸福ではなく、関係する人全体の幸福です。
ミルのもう 1 つの柱が内的制裁です。ベンサムの 4 つの制裁は、どれも自分の外から来る苦痛への恐れでした。ミルは外からの制裁を認めたうえで、道徳を最後に支えるのは、義務に背いたときに自分の内側で感じる良心の痛みだと考えました。良心は、他の人々と結びついていたいという感情に支えられていて、教育や社会の中で育てられるものだとされます。自分がしてもらいたいことを人にもせよ、自分を愛するように隣人を愛せよというイエスの教えに、ミルは功利主義の理想を重ねています。
図1のように、2 人は「功利主義である」ことでは同じ列に立っています。違うのは快楽の見方と、人を動かす力の置き場所です。この 2 本の軸に目印の言葉を結びつけておくと、文の中に入っても名前と中身がほどけなくなります。

例題で解き方を確かめる
例題1 語を人物に分ける
次の a〜d を、ベンサムに関係する語とミルに関係する語に分けなさい。a 快楽計算、b 内的制裁、c 質的功利主義、d 物理的制裁。
- 語の中に「計算」や「量」があるかを見ます。快楽を量として扱うのはベンサムの特徴なので、a はベンサムです。
- 「質」や「内」があるかを見ます。快楽の上下と内面の力を語るのはミルなので、b と c はミルです。
- 制裁の語は外か内かで分けます。物理的制裁は外から来る 4 つの制裁の 1 つなので、d はベンサムです。
答え:ベンサムは a と d、ミルは b と c
例題2 快楽計算を表とグラフで読む
クラス 40 人で文化祭の出し物を決めます。次の表の数字は、それぞれの案で 1 人あたりどれだけ快楽または苦痛が増えるかを点数で表したものです。ベンサムの考え方に従うと、どちらの案を選ぶことになりますか。点数は考え方を見るために置いたもので、ベンサム自身が決めた値ではありません。
| 案 | 喜ぶ人 | 1 人の快楽 | 困る人 | 1 人の苦痛 |
|---|---|---|---|---|
| A案 | 30 人 | +4 | 10 人 | -2 |
| B案 | 15 人 | +8 | 25 人 | -3 |
- 案ごとに快楽の合計を出します。範囲という基準があるので、喜ぶ人の人数まで数えに入れる必要があるからです。A案は 30×4=120、B案は 15×8=120 で、ここまでは同じです。
- 案ごとに苦痛の合計を出します。快楽計算では苦痛も差し引くからです。A案は 10×2=20、B案は 25×3=75 です。
- 差を求めて比べます。社会全体の幸福は快楽から苦痛を引いた残りで見るからです。A案は 120-20=100、B案は 120-75=45 です。
図2のように、緑の棒の高さは 2 つの案でそろっているのに、赤の棒の長さが合計の差を生みます。B案は 1 人あたりの快楽が A案の 2 倍なのに、困る人が多いぶん全体では負けました。1 人の強い喜びより、全員分を足した結果で決めるのが、ベンサムの計算の特徴です。

答え:A案(合計は A案が +100、B案が +45)
例題3 同じ数字をミルならどう読むか
好物を食べる満足は強さ 9、長さ 2、難問を考え抜いて解けた満足は強さ 5、長さ 3 だとします。強さと長さを掛けたものを量とするとき、ベンサムとミルはそれぞれどちらを上に置くと考えられますか。ただし、両方を十分に経験した人は難問の満足を手放さないものとします。
- 量を計算します。ベンサムの立場では種類の違いを問わず量だけを比べるからです。好物は 9×2=18、難問は 5×3=15 で、量では好物が上です。
- 快楽の種類を確かめます。ミルの立場では量の前に質を問うからです。好物の満足は感覚的な快楽、難問の満足は知性にかかわる精神的な快楽です。
- 判定する人の選択を見ます。質の上下を決めるのは両方を経験した人だからです。条件より難問の満足が手放されないので、ミルの立場では量が少なくても難問の満足が上になります。
答え:ベンサムは好物を食べる満足、ミルは難問が解けた満足を上に置く
例題4 共通テストの形の選択肢を見分ける
ミルの思想の説明として最も適当なものを、次のア〜エから 1 つ選びなさい。
- ア 快楽はどれも同じ種類のものであり、強さや持続性などの基準で計算して比べることができる。
- イ 人の行為を方向づけるのは物理的、政治的、道徳的、宗教的の 4 つの制裁であり、なかでも法律による制裁が重要である。
- ウ 快楽には質の差があり、義務に背いたときの良心の痛みが道徳を支える内的制裁となる。
- エ 行為の善さはその結果によらず、義務に従おうとする動機の純粋さによって決まる。
見分けは図3の順に進めます。問いかけを上から 2 回通すだけで、4 つの文は持ち主のところへ分かれていきます。

- 結果を問う文か動機を問う文かを見ます。功利主義でない文を先に外せば、比べる相手が減るからです。エは動機を問う文でカントの立場なので外します。
- 残りの文で快楽の見方を見ます。質の差を認めるかどうかが 2 人を分ける第一の軸だからです。アは量の計算なのでベンサムです。
- 制裁の置き場所を見ます。4 つの制裁はベンサムの語で、良心はミルの語だからです。イはベンサム、ウはミルです。
- 選んだ文の全部の部分を読み直します。正しい語に誤った語を 1 つ混ぜるのがこの形の問いの作り方だからです。ウは前半の質の差も後半の内的制裁もミルの内容と合っています。
答え:ウ
まちがえやすいところと直し方
誤り1 ミルは功利主義を捨てたと書く
誤った書き方は「ミルは精神的な快楽だけを認め、感覚的な快楽と功利主義を否定した」です。
どこが違うかというと、ミルが行ったのはベンサムの修正であって否定ではありません。行為の正しさを幸福で測るという根本は保ったままです。感覚的な快楽も快楽として認めており、問題にしたのは質の順序です。選択肢に「否定した」「だけを認めた」という強い語が出てきたら、そこを疑ってください。
正しい書き方は「ミルは功利主義を受け継ぎながら、快楽には質の差があるとして、精神的な快楽を感覚的な快楽より高く位置づけた」です。
誤り2 道徳的制裁と良心を同じものと見る
誤った書き方は「ベンサムの道徳的制裁とは、良心の痛みのことである」です。
どこが違うかというと、「道徳的」という語に引かれた取り違えです。図4のように、ベンサムの 4 つはどれも自分の外から来ます。道徳的制裁は世間の非難や評判の低下で、周りの目が届かなければ働きません。それに対してミルの内的制裁は、誰も見ていない場所でも働きます。テストの最中、誰にも見られていないのに隣の答案から目をそらす場面を浮かべると、その力が外のものか内のものかが見えてきます。

正しい書き方は「ベンサムの道徳的制裁は世間の非難による外からの制裁であり、良心による内的制裁を重く見たのはミルである」です。
誤り3 「最大多数」を多数決と読む
誤った書き方は「最大多数の最大幸福とは、賛成する人が多い案を選ぶという意味である」です。
どこが違うかというと、ベンサムが足すのは賛成の票ではなく、一人ひとりの快楽と苦痛です。賛成する人が多くても、反対する人の苦痛が大きければ全体の合計は小さくなります。多数のために少数者を犠牲にしかねないという批判があるのは確かですが、それは標語に向けられた批判であって、標語の定義ではありません。
正しい書き方は「最大多数の最大幸福とは、一人を一人として数え、社会全体の幸福の合計を最も大きくすることを目標にする考え方である」です。
用語のまとめ
テスト前に見返すときは、「人物」の列を手で隠して、語から人物を言えるかどうかを試してください。
| 用語 | 人物 | 意味 |
|---|---|---|
| 功利主義 | ベンサム、ミル | 行為や制度の善し悪しを、幸福を増やすか減らすかという結果で判断する立場 |
| 量的功利主義 | ベンサム | 快楽の違いをすべて量の違いとみなす立場 |
| 快楽計算 | ベンサム | 強さ、長さ、確実性、近さ、多産性、純粋性、範囲の 7 つの基準で快楽を比べる手続き |
| 最大多数の最大幸福 | ベンサム | 一人を一人として数え、社会全体の幸福を最大にするという標語 |
| 物理的制裁 | ベンサム | 暴飲暴食で体を壊すなど、自然な結果としての苦痛。自然的制裁とも書く |
| 政治的制裁 | ベンサム | 法律による刑罰。法律的制裁とも書く |
| 道徳的制裁 | ベンサム | 世間の非難や評判の低下。社会的制裁とも書く |
| 宗教的制裁 | ベンサム | 神の罰への恐れ |
| 質的功利主義 | ミル | 快楽には質の差があり、精神的な快楽のほうが高いとする立場 |
| 精神的快楽 | ミル | 知性や感情、想像力、道徳的な感情にかかわる快楽 |
| 内的制裁 | ミル | 義務に背いたときに内側で感じる良心の痛み |
| 他者危害の原則 | ミル | 他人に危害を加えない限り、個人の自由は制限されないとする原則。『自由論』で説かれる |
| 主な著作 | ベンサム、ミル | ベンサムは『道徳および立法の諸原理序説』、ミルは『功利主義』『自由論』 |
練習問題
練習1 次の文の空欄に入る語を答えなさい。ベンサムは快楽の違いを(a)の違いとみなし、7 つの基準で比べる(b)を考えた。ミルは快楽に(c)の差があるとし、道徳を支える力として(d)の痛みによる内的制裁を重く見た。
練習2 100 人の町で次の 2 つの案を比べます。C案は 70 人に 1 人あたり +3 の快楽を与え、30 人に 1 人あたり -5 の苦痛を与えます。D案は 40 人に 1 人あたり +6 の快楽を与え、60 人に 1 人あたり -2 の苦痛を与えます。ベンサムの考え方に従うと、どちらの案を選びますか。
練習3 ベンサムの思想の説明として最も適当なものを、次のア〜エから 1 つ選びなさい。
- ア 快楽には質の差があり、満足した豚であるより不満足な人間であるほうがよい。
- イ 道徳的制裁とは、世間の非難を恐れることで行為が方向づけられることである。
- ウ 道徳を最後に支えるのは、義務に背いたときに感じる良心の痛みである。
- エ 個人の自由は、他人に危害を加えない限り制限されないとする原則を説いた。
練習4 次の文の正誤を答え、誤りならその理由を 1 文で書きなさい。「ミルは良心を重く見たので、行為の正しさを動機で決めるカントと同じ立場である。」
答えと解説
練習1 答えは a 量、b 快楽計算、c 質、d 良心です。a と b がベンサム、c と d がミルの組になっていることも確かめてください。
練習2 答えは D案です。C案は 70×3=210 から 30×5=150 を引いて +60、D案は 40×6=240 から 60×2=120 を引いて +120 です。喜ぶ人の数は C案のほうが多いのに合計は D案が上回るので、「最大多数」を多数決と読むと誤ります。
練習3 答えはイです。アは快楽の質、ウは内的制裁、エは他者危害の原則で、3 つともミルの内容です。イの「道徳的」が良心のことではなく世間の非難を指している点まで読めていれば十分です。
練習4 答えは誤りです。ミルにとって行為の正しさを決める基準はあくまで結果としての幸福であり、良心はその基準に人を従わせる力だからです。「良心」という語が出ただけで動機を問う立場と決めつけないようにしましょう。
次の単元へのつながりと確かめ方
この単元は、動機を問うカントの義務の倫理と並べて問われる場面で最もよく使われます。ミルの他者危害の原則は現代の自由をめぐる議論の土台になり、社会全体の幸福の合計を問う発想は、公正さの立場から功利主義を批判したロールズの正義論や、生命倫理の議論へつながっていきます。
確かめるのに要る時間は、家で 5 分ほどです。まず白い紙を 1 枚用意して図1の表を記憶だけで書き出すと、空欄が残った行がそのまま次に読み返す場所になります。続けて昨日の選択を 1 つ取り上げ、ベンサムならどう計算し、ミルならどこで質を問うかを 2 行で書いてみてください。保護者の方は、お子さまにこの 2 行を声に出して説明してもらうだけで、わかっているかどうかを聞き取れます。個別指導では、選択肢の読み違いが続くときはカントの動機説との区別まで戻り、結果を問う文か動機を問う文かを 1 文ずつ確かめます。
まとめ
放課後の窓際で止まったあの選択肢は、幸福に値札を付けられるかという問いそのものでした。ベンサムは付けられると言い切り、身分社会を揺さぶる物差しに変えました。ミルは同じ物差しを握ったまま、目盛りに載らない幸福があると言い返しました。足し算で測れる幸福と足し算からはみ出す幸福、その境目を自分の言葉で引けた人の答案で、2 人の名前が入れ替わることはありません。
読んで終わりにするか、ここから変えるか。
武蔵境駅徒歩30秒、講師1人に生徒1人の完全1対1。授業のあいだ、先生は隣を離れません。いまの詰まりを、無料相談でそのまま話してください。
本気になった日が、入塾の日。
お子様の教育、迷ったら「丸投げ」してください。必ず、期待以上の結果で返します。武蔵野で育む、武蔵境で学ぶ。
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