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【日本史探究】石油危機からバブルと平成を図解で総まとめ—安定成長 貿易摩擦 バブル 冷戦終結 政治の変化|武蔵野個別指導塾

【日本史探究】石油危機からバブルと平成を図解で総まとめ—安定成長 貿易摩擦 バブル 冷戦終結 政治の変化のアイキャッチ 武蔵野個別指導塾
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石油危機後の経済と平成の政治を3枚の図で整理します。円高の計算、バブルの因果関係、冷戦終結と55年体制の区別を、例題と練習問題で確かめられます。

よくあるのは、放課後の廊下の掲示板の前で、学習範囲に並ぶ「石油危機・プラザ合意・冷戦終結」を見て、どれも社会を変えた事件なのに、何を順番に説明すればよいのか迷う場面です。年号だけなら覚えられても、「円高なのにどうして不況なのか」「昭和から平成になると同時に政治も変わったのか」と問われると、言葉同士のつながりが見えにくくなります。

この時期には、経済成長の速さ、国際関係、政党の組み合わせが、それぞれ異なる理由と時期に変化しました。すべてを「平成になったから」とまとめると、出来事の順序と原因を取り違えます。まず経済・外交・政治の3本の線を引き、それぞれの線の中で変化を追い、必要なところで線を結びましょう。用語の意味を確かめたうえで資料を読めば、短い論述でも「何が、なぜ変わったのか」を自分の言葉で説明できるようになります。

この単元で身につけること

前の単元で学んだ高度経済成長による産業と生活の変化が、この単元で扱う資源依存や輸出の拡大の前提になります。成長を支えた条件が変わったときに、企業や政府がどう対応したのかを軸にすると、政策名の暗記にも意味が生まれます。

基本の考え方

石油危機は何を変えたのか

1973年、第4次中東戦争を背景に、産油国による原油価格の引き上げや供給制限が進み、第1次石油危機が起こりました。石油を海外からの輸入に大きく頼っていた日本では、燃料や原料の費用が上昇しました。石油は自動車を動かす燃料だけではなく、工場の動力や化学製品の原料にも関係するため、影響はさまざまな商品に及びます。

身近な例で考えるなら、商品を作るための材料費も、店へ運ぶ費用も同時に上がる状態です。企業が販売価格を上げれば家計の負担が増え、値上げを抑えれば企業の利益が圧迫されます。買いだめなども重なり、急激な物価上昇は「狂乱物価」と呼ばれました。政府や日本銀行は物価上昇を抑えるために総需要を抑制する政策を進め、景気は悪化しました。1974年には戦後初のマイナス成長となりました。

その後、日本経済は高度成長期より成長率が低い安定成長へ移りました。「安定」は好景気が途切れず続くという意味ではありません。企業は省エネルギー化や生産の合理化を進め、少ない資源で価値を生む技術や製品の比重を高めました。1979年にはイラン革命を背景とする第2次石油危機も起こり、資源を安定して確保することと、資源への依存を抑えることが引き続き課題になりました。

図1のように、石油危機、プラザ合意、バブル崩壊は同時の出来事ではありません。年表の横幅は経過した年数に対応しています。まず1970年代の資源価格の問題と、1980年代後半以降の資産価格の問題を離して捉えてください。

図1 石油危機からバブル崩壊までを等間隔の年目盛りで示す年表

図1のバブル崩壊を示す位置は1991年ごろです。ただし、株価と地価が同じ日に下落へ転じたわけではありません。株価は1989年末を頂点に下落し、地価の下落はその後に広がりました。年表の1点は複数年にわたる変化の目安であり、すべての市場が一斉に動いたという意味ではありません。

貿易摩擦からプラザ合意へ

日本の工業製品の輸出が伸びると、輸入する側の国では自国の産業や雇用への影響が問題になりました。貿易をめぐる国同士の対立や調整を、貿易摩擦といいます。日米間では繊維、鉄鋼、自動車、半導体などが問題となり、日本は輸出の自主規制や市場開放、海外での現地生産などで対応しました。対象となった製品や時期は異なるので、1回の交渉ですべてが解決したとは考えません。

1985年のプラザ合意では、日本・アメリカ・イギリス・フランス・西ドイツの5か国が、ドル高を是正するために協調して為替市場に介入する方針で合意しました。当時の国名は西ドイツです。目的はドル高の是正であり、日本の地価を上げることではありません。合意後は急速に円高・ドル安が進み、日本の輸出産業は厳しい調整を迫られました。

円高とは、円の対外的な価値が高まることです。1ドルを買うのに必要な円が少なくなるので、「1ドル=何円」という表示では数字が小さくなります。同じドル価格で輸出しても、円に換えた売上は減ります。一方、輸入品をドルで買うときの円の負担は軽くなります。円高を単に「よい」「悪い」と評価するのではなく、誰のどの支払いに注目しているかを示すことが必要です。

バブルと平成の長期的な課題

円高による景気への悪影響に対応するため、金融緩和などの内需拡大策がとられました。金融緩和とは、金利を引き下げるなどして資金を調達しやすくすることです。内需は国内の消費や投資による需要であり、輸出に対応する外需と区別します。資金が借りやすくなること自体は、生産設備への投資などにもつながります。

しかし1980年代後半には、資金が土地や株式の購入にも流れ、値上がりを期待した取引が広がりました。土地の担保価値の上昇を背景に借り入れが増え、その資金でさらに資産が買われる関係も生まれました。資産価格が収益などの裏づけから大きく離れて上昇した状態が、バブル経済です。「物価が上がること」とだけ覚えると、石油危機の物価上昇との違いが消えてしまいます。

金融引き締めや不動産融資への規制などを背景に資産価格が下落すると、借入金が資産の売却額を上回る場合が生じます。金融機関では回収が難しい貸付金である不良債権が増え、その処理が経済の重荷となりました。企業の借金の返済を優先する動き、投資や消費の低迷、金融機関の経営問題などが絡み合い、景気停滞は長期化しました。

平成は1989年から2019年までですが、元号の境目と経済の転換点は一致しません。少子高齢化、雇用形態の多様化、情報化やグローバル化も、それぞれ長い期間をかけて進みました。平成を「ずっと不況だった時代」の一言で片づけず、回復局面も含む経済の動きと、人口や社会の長期的な変化を分けて学びましょう。

例題で解き方を確かめる

例題1 出来事の順序と用語を結ぶ

次の3つを古い順に並べ、Aの後に日本経済が移った成長の段階を答えましょう。A「第1次石油危機」、B「プラザ合意」、C「バブル崩壊」です。ここでは細かな月日ではなく、教科書で扱う時期の前後関係を問います。

  1. それぞれを年代のまとまりに置きます。Aは1973年、Bは1985年、Cは1990年代初めなので、出来事を名前の印象ではなく時間で比べられます。
  2. AとBの間に起きた変化を補います。省エネルギー化や合理化を進めながら高度成長期より低い成長率になった、と書くと、空欄に必要なのが政策名ではなく成長の段階だとわかります。
  3. 「成長が完全に止まった」としていないか読み直します。安定成長とマイナス成長は同義ではないため、1974年のマイナス成長だけでその後の全期間を説明しないようにします。

答え:A → B → Cの順で、Aの後は安定成長へ移りました。

例題2 円高を円への換算で確かめる

為替の仕組みを考えるため、輸出企業が製品を100ドルで販売するとします。為替相場が1ドル=240円から1ドル=160円へ変わったとき、円に換算した売上はどう変わりますか。売る数量とドル価格は一定とし、手数料は考えません。この数値は計算の条件であり、特定の日の実際の相場を示すものではありません。

  1. ドル表示の売上を円に直します。円で受け取る金額を比べる問題なので、変化前は100 × 240=24,000円、変化後は100 × 160=16,000円と計算します。
  2. 差を同じ単位で求めます。24,000 − 16,000=8,000円なので、円への換算額は8,000円減少します。ドルの売上が同じでも円では同じにならない点が、円高による影響です。
  3. 「売上」と「利益」を区別します。利益には生産費なども関わるため、この条件だけから利益が8,000円減ったとは結論づけられません。資料にある情報の範囲で答えるための確認です。

答え:円高によって円換算の売上は24,000円から16,000円となり、8,000円減少します。

輸入する場合は向きが逆です。同じ100ドルの原料を買うなら、必要な円は24,000円から16,000円へ減ります。輸出企業でも輸入原料を使っていれば費用面で恩恵を受けることがあり、「円高ならすべての企業が同じ影響を受ける」という説明はできません。

例題3 バブルの因果関係を図から読む

図2は、バブル拡大の仕組みの一部を示したものです。「低金利」「融資」「担保」の3語を使って、資産価格の上昇が新たな資金の流入につながる理由を説明しましょう。図2の矢印は因果関係を表し、金額の大きさや経過年数を表すものではありません。

図2 低金利と融資の拡大が資産価格と担保評価に結びつく模式図
  1. 図の入口を確認します。低金利になると資金を借りる費用が軽くなり、借り入れや融資が増えやすくなります。最初に資金調達の条件を書くと、単に「値上がりしたから買った」という説明を超えられます。
  2. 融資された資金の行き先を示します。土地や株式の購入に資金が向かうと資産価格を押し上げるため、「融資拡大 → 資産価格上昇」を言葉にします。ただし、すべての融資が資産購入に使われたわけではありません。
  3. 図が戻る部分を読みます。土地などの担保評価が上がると、それをもとにさらに借り入れが行われやすくなります。担保とは返済ができない場合に備えて差し出す財産などのことで、矢印が戻る部分が拡大の循環を表しています。
  4. 図が示さないことを確認します。低金利だけで必ずバブルが発生するとはいえず、値上がり期待や金融機関の融資行動も関わります。模式図の一部分を唯一の原因として扱わないための手順です。

答え:低金利のもとで融資が拡大し、資産購入による価格上昇が担保評価を高め、さらに借り入れを促しました。

例題4 冷戦終結後の日本を短く論述する

次の学習用の要約を読んで、冷戦終結後に日本が国際貢献のあり方を問われた背景と、その対応を説明しましょう。「1991年の湾岸戦争では、日本は多額の資金を拠出した。国際協力における人的貢献も課題となり、1992年にPKO協力法が成立した。」

  1. 時期と問題の種類を確認します。冷戦の終結後も地域紛争は起きており、東西対立が終わればすべての戦争がなくなるわけではないからです。国際社会の変化と日本が求められた役割をつなぎます。
  2. 資金面の貢献と人員の派遣を分けます。要約にあるのは「日本が何もしなかった」という話ではなく、資金拠出に加えてどのような協力を担うかという課題なので、異なる手段を混同しないようにします。
  3. 対応としてPKO協力法を書きます。同法に基づいて自衛隊などがカンボジアの国連平和維持活動に参加しましたが、湾岸戦争の戦闘に参加したという意味ではありません。活動の目的と派遣先を対応させる必要があります。

答え:地域紛争への対応で資金面に加え人的貢献が課題となり、PKO協力法を整備してカンボジアの国連平和維持活動に参加しました。

つまずきやすいところと直し方

誤り1 冷戦終結と55年体制の終わりを一緒にする

誤った書き方は、「1989年に冷戦が終わったため、その年に55年体制も終わった」です。どこが違うかというと、冷戦は国際的な東西対立、55年体制は日本国内の政党政治の枠組みを指し、変化の時期も異なります。1989年にはベルリンの壁が開かれ、マルタ会談で冷戦終結が確認されました。1991年にはソ連が解体しました。

正しい書き方は、「冷戦の終結とソ連解体が進む一方、日本では1993年に自民党が衆議院で過半数を失い、細川護熙を首相とする非自民の連立内閣が成立して55年体制が終わった」です。55年体制は自民党と社会党を主要な勢力とし、自民党政権が長く続いた体制で、両党が交互に政権を担当した体制ではありません。

図3のように、外交と国内政治を上下の段に分け、共通の年の目盛りに置くと前後関係が見えます。上下に近い位置にあるからといって、一方が他方の直接の原因だと決めつけないようにします。

図3 冷戦終結と国内の政権交代や政治改革を共通の時間軸で比較

国内では、リクルート事件など政治と資金をめぐる問題を背景に、政治改革が課題となりました。1994年には政治改革関連法が成立し、衆議院選挙への小選挙区比例代表並立制の導入などが決まりました。この制度による最初の衆議院選挙は1996年です。法の成立年と初めて使われた年を分けると、図3の最後の2点を取り違えにくくなります。

小選挙区制は1選挙区から1人を選び、比例代表制は政党の得票に応じて議席を配分する仕組みです。並立制はこれらを組み合わせます。1994年には自民党・社会党・新党さきがけの連立で村山富市内閣が成立し、自民党は政権に復帰しました。55年体制の終わりを、自民党が以後ずっと政権を失ったという意味にしないことも重要です。

誤り2 石油危機もバブルも同じ値上がりとする

誤った書き方は、「石油危機では株や土地が買われ、バブルでは原油の値上がりで物価が急上昇した」です。どこが違うかというと、上昇した価格と、その仕組みが入れ替わっています。石油危機では原油価格の高騰が生産費や生活物資の価格を押し上げました。バブルでは土地や株式といった資産への資金流入や値上がり期待が問題です。

正しい書き方は、「石油危機は原油価格の高騰などによる経済への打撃で、バブル経済は土地や株式などの資産価格が収益の裏づけから大きく離れて上昇した状態です」となります。図2に戻り、「価格」の直前に何の価格かを書き足すと区別できます。物価、株価、地価を1つの単語として処理しないことが、資料問題でも役立ちます。

誤り3 平成の課題をすべてバブル崩壊の結果とする

誤った書き方は、「バブル崩壊が起こったため、少子高齢化も大震災も発生した」です。どこが違うかというと、同じ時代に表面化した課題を、すべて1本の因果関係でつないでいます。少子高齢化には出生の動向や平均寿命の伸びなどが関係します。災害は自然現象をきっかけとして発生し、その被害や復旧には住宅、産業、行政などの社会的条件が関わります。

正しい書き方は、「平成にはバブル崩壊後の経済停滞に加え、少子高齢化や雇用の変化、災害への対応が課題となった」です。非正規雇用の拡大や格差への関心は、企業の雇用行動や制度の変化とあわせて捉えます。1997年のアジア通貨危機と国内の金融機関の破綻、2008年の世界金融危機は、海外の動向と国内経済の結びつきを考える手がかりです。

1995年の阪神・淡路大震災では、都市の防災とともにボランティア活動が注目されました。2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故は、復興、防災、エネルギー政策などに長期的な課題を残しました。出来事を列挙するだけでなく、金融、人口、雇用、防災という問いに分けると、平成の社会を具体的に説明できます。

練習問題

練習1 転換点を並べる

A「ソ連の解体」、B「第1次石油危機」、C「非自民の細川内閣の成立」、D「プラザ合意」を古い順に並べましょう。さらに、経済に直接関わる出来事をBとDから1つ選び、その意味を1文で説明してください。年号だけではなく用語の説明も求めることで、順番の暗記を内容の理解につなげます。

練習2 輸入費用を計算する

ある企業が200ドルの原料を輸入します。1ドル=150円から1ドル=120円へ変化すると、必要な円は何円減りますか。ドル価格と購入量は一定とし、手数料は考えません。また、この変化が円高か円安かを答えましょう。問題の数値を実際の歴史上の相場と結びつける必要はありません。

練習3 崩壊後の仕組みを説明する

「土地の価格が下がったのだから、以前に借りたお金も同じ割合で自動的に減る」とする説明を直してください。「担保」と「不良債権」を用い、資産価格の下落が金融機関に及ぼす影響まで説明しましょう。借りた側だけでなく貸した側からも考えることが、経済停滞の仕組みを理解する手がかりになります。

練習4 政治改革の時期を見分ける

「1993年に小選挙区比例代表並立制による最初の衆議院選挙が行われ、その結果、細川内閣が成立した」という文の誤りを直してください。1993年・1994年・1996年に起きたことをそれぞれ示します。図3を一度隠し、成立した法律と制度が使われた選挙を分けて書きましょう。

答えと解説

練習1の答えは、B → D → A → Cです。1973年、1985年、1991年、1993年の順になります。説明例は、「プラザ合意はドル高を是正するために5か国が協調介入の方針で合意したもので、その後、急速に円高が進みました」です。第1次石油危機を選んだ場合は、第4次中東戦争を背景とする原油価格の高騰や供給制限による経済への打撃、と説明できます。

練習2の答えは、6,000円減り、円高です。変化前は200 × 150=30,000円、変化後は200 × 120=24,000円で、その差は6,000円です。必要な円が少なくなるのは、ドルに対する円の価値が高まったからです。例題2の輸出の売上と、今回の輸入の費用を並べると、同じ円高でも影響の向きが異なることを確認できます。

練習3の答えは、「土地の担保価値が下がっても借入金は自動的には減らず、返済が難しくなると金融機関の不良債権が増えることがあります」です。土地を売っても借入金を返しきれない場合があり、担保の値下がりは金融機関の回収見込みにも影響します。ただし、土地が値下がりしただけで必ず返済不能になるわけではなく、借り手の収入や他の資産も関わります。

練習4の答えは、「1993年に細川内閣が成立し、1994年に政治改革関連法が成立して新制度の導入が決まり、1996年にその制度による最初の衆議院選挙が行われた」です。1993年の選挙は従来の中選挙区制で行われました。改革を進めた内閣の成立と、改革後の制度が初めて使われた選挙を逆転させないようにします。

次の単元へのつながりと家庭での確かめ方

次に文化史を時代ごとに整理するときには、経済や社会の変化が暮らしや表現の背景になることを思い出してください。平成の情報化は、情報の発信や受け取り方を変えました。ただし、ある文化や作品を経済の動きだけで説明することはできません。政治・経済の年表を背景として持ちつつ、文化には文化の問いを立てる姿勢が役立ちます。

家庭での確かめ方の1つ目は、5分間で紙を「経済」「外交」「国内政治」の3列に分け、石油危機、プラザ合意、冷戦終結、細川内閣を配置することです。最後に1組だけ矢印を引き、その矢印が時間の順序なのか、原因と結果なのかを言葉で添えます。関係を説明できない矢印は、いったん外して構いません。

2つ目は、別の5分間で1ドル=150円と1ドル=120円を使い、同じドル額の輸出売上と輸入費用を計算することです。お子さまと一緒に確認する場合も、正解の年号を先に教えるより、「この円は受け取るお金か、払うお金か」と問いかけると、混乱した場所が見えます。個別指導で確かめる際には、必要に応じて高度経済成長期の輸出や資源輸入まで戻り、円への換算と年表の分類を一つずつ整理します。

まとめ

短い説明を書くときほど、主語を具体的にする必要があります。「日本が変わった」を「企業の資金調達が変わった」「国際的な対立の構図が変わった」「政権を担う組み合わせが変わった」と置き直すと、確かめるべき資料も定まります。昭和後期から平成を学ぶ力は、知っている事件を増やすだけでなく、出来事の関係を根拠に沿って選ぶ力です。

同じ年表に並ぶ出来事でも、前後関係だけでは因果関係の証明になりません。

本気になった日が、入塾の日。

お子様の教育、迷ったら「丸投げ」してください。必ず、期待以上の結果で返します。武蔵野で育む、武蔵境で学ぶ。

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